第6話 貴族は何かと苦労している

 依頼は明日決めてから、食料等、必要な物を購入しようと考えていたが、クーデリアに止められた。

 曰く。



「場所によって、何が必要なのか変わってきます。依頼を受けてから買おうとしても、物があるかわかりません。事前に内容を把握した上で、店に行って物品を纏めてもらい、当日に受け取るほうがいいです」



 クーデリアがいてくれてよかった。

 受付へ行き、採取の中でも、街から比較的に近い場所で採れる毒消し草に決める。



「同じ騎士なのに、アルは役立たず」

「おい。俺とアイツじゃあ、騎士っていう肩書は同じでも、地位も役割も異なるんだからな? そこんとこ間違えんなよ?」



 エレンの軽口にアルが即座に反応して喧嘩をするせいで、買い物を終えるころには、星空が広がっていた。

 《天の杯》に戻り、酒場で懇親会を開く。



 街には、貴族が利用する高級料理店もあるが、格式ばったところで食事をあまりしたくなかった。

 クーデリアも酒場のほうがいいと言う。



 エレンはジュース、他は葡萄酒で祝杯を上げた。

 頼んだ料理は、アルが次々に胃の中へ入れていく。



「うぅ……。本当に代金はよろしいのですか?」



 宿代と同様に、食事代も気にしている素振りを見せている。

 金の心配なんてしなくていいのに。

 全部経費で落ちる……たぶん。



「体に染みます。最近は釣った魚と雑草ばかりでしたので」



 騎士が路頭にいる、物乞いみたいな生活を送ってるな。



「はあ? 騎士なんだから、国からそれなりの給金もらってるだろ?」

「恥ずかしい話だが、ほとんど我が家の借金返済に充てている。食費も削っているから、肉なんて半年ぶりだ」



 俺は食べようとしていたステーキを半分に切り、そっとクーデリアの皿に移す。



「リーナ、もし依頼の道中で食べ物に困れば私に聞いてください。食べられる雑草とそうでないものの見分けは大丈夫です。体で試しましたから!」



 眩い笑顔。

 エレンとアルは、自分の皿から料理を少し分けて、そっとクーデリアの皿に移した。

 ……この人、貴族なのに不憫すぎる。



「そういえば、エレンが付き人ということはわかりましたが、リーナとアルバートはどんな関係なのですか?」



 貴族のお嬢様と聖堂騎士団の人間の接点なんて普通は皆無だから、疑問に思っても無理はない。



「関係? ……ああ、幼馴染ですよ。昔、アルは孤児で物乞いをしていました。よく屋敷を抜け出しては、食べ物で釣って一緒に遊んだものですよ。その後はお父様の計らいで、教会に拾われました。五年ぶりの再開が、このような形になるとは思いませんでした」

「俺は魚じゃねえぞ」



 あらかじめ決めていた、設定をクーデリアに披露した。

 この話は、多分に嘘を含んでいる。

 本当のことはアルが孤児だったこと、俺と幼馴染であること、五年前に教会に拾われたこと。



 五年と言葉にすれば、長いようで短い時間である。

 俺も孤児で、ゴミを漁って生き長らえていた。

 あのころに比べれば、今はなんと天国なのだろうか。

 今と昔。

 どちらの生活がよかったのかと聞かれれば、俺は──。



「……どうしたの?」



 食事の手が止まっていた俺を心配してか、エレンが声をかけてきた。

 何でもないと伝え、小さく切った肉を口に運ぶ。



「明日は期待してるぜ? 六人の男を治療院送りにした手腕をよ」

「手よりも先に足だった」



 エレンの的確なツッコミに、思わず吹き出してしまった。



「わ、忘れてくれ」

「そいつは無理だろ」

「そうね。でも、私もあなたの実力に期待していますよ?」

「何だか、褒められているはずなのに、嬉しくありません」



 半分は褒めてないからな。

 ささやかな懇親会はすぐに終わりを告げ、就寝の時間が迫った。

 明日は依頼もあるためここで切り上げ、予約した宿へ向かう。



 用意したのは教会の人間だったので、俺たちは詳しい道のりがわからず、クーデリアがわかっていなければ路頭に迷っていたところだった。

 《銀亭》で予約した部屋は三つ。



 部屋割りは俺とエレンで一部屋、両脇にアルとクーデリア。

 予定通りなら、教会の人間で埋められているはずだ。

 エレンは幼馴染とはいえ異性、なにかと気を使う。



 同性同士のほうがよかった。

 建前として、俺とアルは異性だから一緒の部屋で過ごすのは世間体がある。

 クーデリアから、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。



 利用者層に貴族がいることもあり、部屋の家具は品のいい調度品で纏めている。

 クーデリアがベッドに触れ、ふかふか……ふかふか……と、うわ言の様に呟く光景は、ちょっとおもしろかった。



 鍵をかけてドアノブに手を置く。

 部屋に設置されている防音魔法を起動するには、魔力を流す必要があった。

 まともに魔法が使えない俺でも、魔力を流すこと自体はできるので問題なかった。



「ふぅ。やっぱり、女の話し方は疲れる。誰か変わってほしいな」

「……お疲れ様」



 服を脱ぎ捨てて下着姿になり、事前に送っていた荷物からパジャマを取り出す。



「男が女物の下着を身につける……罰ゲームだったら、どんなにいいか」

「……でも、似合ってるよ?」

「エレン、男はな? 嬉しくないんだよ、そんなことを言われても」



 さすがにここで下着を脱ぐわけにもいかず、備えつけの浴室で着替える。

 部屋に戻ると、エレンも着替えを終えていた。



 彼女のパジャマは髪色と同じ水色で、ワンポイント花の刺繍を施され、可愛さが強調されている。

 ……花の名前は何だったかな?



「……どう?」



 その場でクルっと周り、自分の姿を俺に見せつける。



「どこで買ったんだ?」

「…………バカ」



 俺の答えはお気に召さなかったようだ。



「どうだ、仲良くできそうか?」



 二つあるベッドの内の一つに腰をかける。

 俺が言っているのは、クーデリアについてだ。



「……わかんない」

「そっか。この機会に、俺とアル以外の友達を作れよ?」



 もしできることなら、クーデリアがエレンの『本当の友達』一号になってくれるのを切に願うばかりだ。

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