第5話 依頼は何に?

 騒動が一通り鎮まった後、全員登録が完了した。

 空いている席に座り、飲み物を注文した。

 酒場も兼ねている《天の杯》は、酒類が豊富で下戸のためにアルコール抜きの飲み物も提供している。



 ちなみに、俺は全く酒が飲めない。

 今後の指針を定める前に、先ほどの件にについて話し合う必要がある。



 護衛として雇われているのに、大男から突っかかってきたとはいえ、喧嘩して六人を隣接する治療院送りにした。

 荒事が得意な男たちを素手で倒した彼女の力量は、本物と言わざる負えない。



「申し訳ありません!」



 このまま土下座しかねない勢いで謝罪するクーデリア。



「護衛が問題を持ち込むのはいけないのは当然として、あなたに何かあると困ります」

「……はい」

「真面目そうな見た目なのに、いきなりおっぱじめるからビックリしたぜ。何で蹴り飛ばしたんだ?」



 別のヤツを治療院送りにしたお前が言うか。



「それ、気になる」



 俺も気になって、ジッとクーデリアを見つめる。

 やがて、ぽつぽつと話し始めた。



「フィリス王国はここ数年で女性騎士が増えています。ですが、まだ女性に騎士は務まらないという考えが男性方に根付いていまして……。私の先輩に当たる女性騎士から、男性に喧嘩を吹っ掛けられた時は、買うように教育されました。女性が勝ち続けられれば、必ず認められる……と」



 何だ、その脳筋思考は。

 クーデリアは、先輩騎士に騙されていないか?



 他の席のギルド員は、俺たちのことを遠巻きに眺めている。

 目を向けると、サッと視線を彼方にやった。



「その考えは、後々無用なトラブルを招きかねないので、今後は控えてください。それでアル、あなたも何かトラブルを発生させていましたね?」



 クーデリアの次はアルだ。

 こいつも、俺とエレンが登録する前から他の連中といざこざがあった。



「言っとくが、俺は被害者だぞ」

「と、犯人は供述しており……」



「うるせぇぞ、エレン。あのマント野郎、俺の財布を盗もうとしてやがったから、手を掴んだだけだ」

「窃盗ですか」



 アルが手加減したおかげで、幸い腕を痛めただけ。

 問題を起こして街の治安を守る警察に捕まるようなことがあれば、教会でいい笑い者だ。



 笑われるのがアルだけならともかく、俺やエレンまで巻き込まれかねない。

 それだけは勘弁願いたい。



「やりすぎて警察のご厄介にならないでくださいね?」

「大丈夫だって。骨折したら、治療院に行かせないでエレンが治す」



「やだ」

「証拠隠滅にエレンを使わないでください。さて、皆さんこれをキチンと貰いましたね?」



 俺がテーブルの上に置いたのは、青銅のプレートに自分の名前と所属ギルド名が刻まれた二枚の認識票。



 認識票は一番下から青銅、銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコンと八クラスの実力基準がある。

 才能があり、実力があろうと必ず最初のクラスは青銅からだ。



「ポケットに入れておくのも、首から下げておくのも自由です。無くすと再発行に手数料がかかりますから気をつけてください」

「手数料……困りますね。後で、服に縫いつけておかなければ」



「縫うのはやりすぎじゃねえか?」

「私たちは剣士が三人に、魔法使いが一人という構成ですね。アルは簡単な魔法なら使えますが、クーデリアは?」



「騎士として標準的な魔法を会得しています。どちらかと言えば、攻撃魔法が得意です」

「そりゃいい。このお嬢様、魔法は一切使えないし、エレンは攻撃よりも補助魔法のほうが得意だ。構成としちゃ、バランスがいいんじゃねえか?」



 ……正確には、『一つの魔法』しか使えないだけだ。

 人のことを使えない呼ばわりしたアルは、後で痛い目に会ってもらおう。



「本当ですか? そのような話を私にしてもよろしいのですか?」

「私は気にしていません。魔法の代わりに、こっちにはちょっと自信があるのですよ?」



 腰に下げている剣をポンポンと手で叩いた。

 クーデリアが驚く理由は、魔法という才能は遺伝が強く関係している。

 古来から、魔法が使える者の血を権力者が取り込み続けた結果、現代において貴族の多くが魔法の才を持って生まれた。



 平民で確率が低いながら、魔法を習得したアルとエレンは才能がある。

 貴族の生まれで魔法が使えないのは、後継者問題もそうだが家の見栄もあって実にデリケートな話だ。

 俺のように、開けっ広げに魔法が使えないことを話す貴族は稀である。



「…………となると、私とシェルフェ殿が」

「アルバートでいいぜ? これから一緒に色々やるんだからな。敬語もいらねえよ」

「そうか、わかった。では、私とアルバートが前衛、エレンが後衛という形を基本としてリーナは…………」



 そこで、クーデリアが言い淀む。

 クーデリアの立場としては、俺を安全な場所に置いておきたいのが本音だろう。

 教会から依頼を適度にこなすよう指示されている以上、やらないわけにはいかない。



「私は、リーナがどれほどの力を持っているのか知りません。アルバート、彼女の最適なポジションは?」

「リーナは別に弱いわけじゃねえし、前衛でいいと思うぜ。何かあれば、俺らでサポートすればいい」



 こうして話を続け、明日の依頼に話題は移る。



「明日から早速、依頼を受けようと思います。受付の方から、いくつか紹介されたのですけど……採取と討伐、どちらがやりたいですか?」



 ギルドの依頼は大別すると、三つの依頼がある。

 一つ目が採取。

 傷の治りを早める薬草や、毒消しの植物を採ってきてギルドに納品するというものだ。



 ギルドの依頼の中で最も簡単だが、人によっては難しい依頼になる。

 何せ、傷に効く薬といっても種類が多い。

 間違った物を納品してしまえば、もう一度採り直しになってしまう。



 二つ目は討伐。

 主に街道に出没するモンスターを倒し、死体の一部を持って帰ってくることで完了となる。



 依頼数が最も多く、危険が伴う仕事だ。

 最後は、迷宮探索。

 人気が最も高く、稼ぎも多い。



 そして、最も死亡者を出す依頼だ。

 迷宮探索は危険度が高いことから、銅以下のギルド員は依頼を受けることはできない。



「採取にしましょう」

「決まってるだろ? 討伐だ」

「……迷宮に行ってみたい」



 三者三様、実に纏まりのない答えが返ってきた。



「エレン、迷宮探索は私たちでは受けられないわ」

「むぅ。受付のお姉さんの話を聞いて、行ってみたかったのに」



「採取なんてみみっちいことができるかよ」

「だが、いきなり討伐というのもどうかと思うぞ? まずは採取の依頼をおこなうことで、空気感をだな……」



 俺は正直、楽なほうがいい。

 危険なことを避けたいクーデリアの立場を考えて、ここは採取にしよう。



「明日は採取にしましょう。……やることも決まったことですし、食事を注文しますか」

「よっしゃ、酒だ酒!」



「飲みすぎて、依頼に支障をきたさないようにしてくださいね? アル」

「リーナたちは、宿泊場所を確保しているのですか?」



「登録時に、期間限定で無料の宿に泊まれると説明されましたが、大部屋に所狭しとギルド員が詰めて寝るそうですね? 私はそんなところに寝たくありません。すでに予約していますよ」



 性別がバレないようにしなければならないのに、大部屋で生活するなんてリスクでしかない。

 聖女とバレることはないだろう。



 ラーナ大教会から外に出る時は、常にベールで顔を隠していた。

 しかし、貴族のご令嬢様が実は女装した男でしたなんてことがバレれば、いろんな意味で一巻の終わりである。



「あ? そういや、どこだったっけか?」

「《銀亭》というところよ」



 宿は俺ではなく、教会が決めた。

 《銀亭》は、ギルドを引退したものたちで経営している。

 高い宿代に見合う魔法により防音性に優れ、身元が確かな人間しか宿泊することができない。



 《銀亭》の人間は、俺のことは知らされていない。

 俺たちが泊まる階は、クーデリアも含め、教会の関係者で埋めたそうだ。



「ぎ、《銀亭》ですか……。あそこは貴族も重宝している大変素晴らしい場所と聞いています。では、私は無料の宿に……」

「お前、何言ってんだ? 護衛が別の場所に泊まってどうすんだよ」



 まさか、アルからまともな言葉が出てくるとは思わなかった。

 没落しかけている貴族の娘に、宿代の工面は難しいらしい。

 クーデリアの部屋は、すでに予約していることを告げる。



 費用も俺持ち……教会が負担する。

 申し訳ないと言うクーデリア。

 護衛対象から離れるほうが問題だと説得して、何とか納得してもらった。



「ああ、久々に温かなベッドで眠ることができる……」



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