第4話 天の杯
「ところでお聞きしたいのですが、リーナはどうしてギルド員になりたいのですか?」
《天の杯》まで向かう道すがら、世間話をしている最中にクーデリアが言った。
「私は、何にも縛られずに生きていく生活に憧れていたのです。クーデリアも貴族なのですからわかるでしょう? 貴族ゆえのしがらみが。父は見合いをして、子供を作れとうるさいですし」
「……そう、ですね」
俺から視線を逸らし、小さな溜め息を吐く。
ギルド員だってギルドという組織に属し、組織ゆえのしがらみがある。
教会の調べでクーデリアの実家プリムヴェール家は、かなりの負債を抱えていてほぼ没落しているらしい。
家の事情で大変な目に遭っているクーデリアから見て、苦労知らずのお嬢様が何を言うのかと呆れているのだろう。
俺なら間違いなく張り倒しているな。
「私のことなんて、政治の道具ぐらいにしか思ってないのです」
「そのようなことはないのでは? 国から騎士を派遣しています。さらには、ラーナ大教会所属のアルバート・シェルフェまで護衛をしているのです。あなたのことをとても心配していると思いますよ」
「俺のこと知ってるのか?」
さっきまで適当に街並みを眺めていたアルが、自分の名前を聞いて会話に入ってきた。
「あなたの名前を知らない騎士はいないでしょう。様々な名のあるモンスターを討伐し、聖堂騎士団の若手の中で、団長に近い人間と国内では噂されていますよ」
「……俺はそんな大したヤツじゃねえよ。スゲー存在ってのは別にいるのさ」
「それはどういう?」
「あ、あれですよね?」
二本の剣に一つの盾を描いた、ギルドの看板を掲げている建物が見えた。
白で着色した杯の看板もある。
「あれが《天の杯》です」
「んじゃ、俺が一番乗りだぜ」
そう言って、アルは勢いよく扉を開けた。
体のいたるところに傷のある者や、武器の手入れをしている者など、実に様々な人間がいて賑わっている。
俺たちが入るとチラ見する者が大半で、中には不躾に視線を体のあちこち這わせる不届き者が。
クーデリアが身を盾にして歩き、俺はエレンを背に隠すようにしてギルドの受付を探す。
「リーナ、ありました。こちらです」
と、俺より早くクーデリアが受付を見つけてた時、
「………………」
クーデリアの進路を妨害するように、額に傷がある大男が足を出した。
大男は薄笑いを浮かべており、椅子に座って下からクーデリアを見上げている。
明らかに因縁をつけようとしているのが見てわかる。
「ここは騎士様が来る場所じゃねぇぜ? 帰んな」
クーデリアの装備は王国騎士の標準装備だ。
騎士とわかって喧嘩を売ってきている。
わざわざ相手にする必要もないので、迂回しようとしたが……。
「ふん」
クーデリアがわざとらしく、大男の足を蹴り払った。
何してくれるんですかね? この護衛は。
まさか自分の足を本当に蹴ってくるとは思っていなかったのか、大男は一瞬、目を見開くもすぐにニヤけて立ち上がった。
女性としては大きいクーデリアを軽く上回る上背。
服の上からもわかる筋肉の盛り上がりは、一般人には威圧感を与える。
「いてぇなぁ、嬢ちゃんよ?」
ドスの利いた声で威圧して、にじり寄りながら拳の関節を鳴らしていた。
クーデリアは威圧を軽く受け流して腕を組む。
アルに大男の相手をさせよう。
しかし教会騎士は、後ろで控えてニヤニヤと気持ち悪い笑みで事の成り行きを見守っていた。
エレンは……無表情だ。
「何か私に用か?」
「人様の足を蹴っておいて、何か用かはないだろ。ああ?」
「足……? ほう、あれは人間の足だったのか。てっきり、カウコウの足かと思ったぞ」
見物していた人々の中から、吹き出す者がいた。
カウコウとは、フィリス王国の一般的な畜産動物で足は短く、陸上生物でありながら水かきがついている。
昔の王国人は醜い動物と思っていたそうで『カウコウの足』と言えば、見るに堪えない等という意味になる。
要するに、かなり侮蔑の意味がこもった言葉だ。
クーデリアは、ただ彼の短足をそのまま揶揄しただけかもしれない。
大男は顔を真っ赤にしていて、それはもう大変にお怒りだった。
「何だと……っ! ちっとばかし顔がいいからって調子に乗るなよッ! てめえみたいな、大柄な女を抱きたいなんて言うヤツがいるなら見てみたいぜ。男には好かれないが、女には好かれそうだな? 騎士なんて辞めて、王都の歌劇団に入団したらどうだ?」
大男の言葉の何が気に障ったのか、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
確かにクーデリアは、歌劇団で男性役をしていてもおかしくない。
女装している俺が言うのも何だが、男装は似合いそうだ。
「てめえの連れみたいに、可愛らしくなってから出直してこい。全く、てめえみたいな女、誰が引き取ってくれるんだ?」
ちなみに、大男が指を差した先にいるのは、俺とエレンである。
残念、俺は男だ。
「その喧嘩、買おう」
「はぁ?」
言うや否や、クーデリアは後ろ回し蹴りで大男の頭を薙ぎ払う。
凄まじい勢いで大男は隣のテーブルに突っ込み、テーブルは使い物にならなくなった。
「よし」
「く、クーデリア?」
何も良くねえよ。
軽装鎧とはいえ、大男の頭を蹴るのは凄い。
技を披露するのは、モンスターだけにして欲しい。
「うちの連れに何しやがる、このアマ!」
どうやら先程、隣の席にいたのは大男の仲間だったようで、かなりいきり立っている。
大男は立ち上がってこない。
…………気絶しているようだ。
「あだダダダダッ⁉」
別の場所で悲鳴が上がった。
見ると、何ということでしょう。
アルがマントを羽織る男に関節技をキメている。
お前たち、何なの?
俺の護衛じゃないの?
お前たちが厄介ごと起こしてどうするの?
「エレン……行きましょうか」
二人は放っておき、俺たち二人だけでも登録しようと受付に向かう。
「うん、でもいいの?」
「二人は大丈夫でしょう。ほら」
クーデリアは五人を相手に大立ち回りしており、素手でなお圧倒している。
「力はあっても、護衛として不適切」
修道女であるエレンの意見は、至極真っ当だ。
「まあ、エレンの言う通りね。後で言い含めましょう」
カウンターには受付嬢が何人か常駐しており、目についた一人に話しかける。
「あの、私たちギルドに登録したいのですが」
「わかりました。それでは用紙に名前を記入の上、一人につき登録料1000ラーナを頂きます。それと、お連れ様が破壊してしまったテーブル、食器等々……後ほど請求させて頂きます」
荒事は手慣れている様子で、喧嘩には見向きもせず淡々と説明。
後ろでまだ暴れている音を聞きながら、この生活に早くも不安を感じることとなった。
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