第3話 王国の騎士

 二日経ち、いよいよ出発の時。

 俺は貴族のしがらみが嫌で、家から逃げ出してギルド員になるという設定だ。

 それに相応しい恰好を教会から用意された。



 臙脂色を基調としたシャツにスカート。

 マントを羽織って、胸当てやグリーブを装備している。

 一見、普通の軽装に見えるが、『伯爵家』が買えるぐらいの装備だ。



「ん、きちんと効果が出てるな」



 装備の付与魔法のおかげで、体が羽毛のように軽い。

 付与魔法とは、ミスリルという希少金属に特別な刻印処理を施すことで自動的に発動する。



 種類は俺が装備している『軽量化』から、伝説の鎧の『無敵化』と千差万別だ。

 聖女とバレないように、特徴的な銀髪を魔法で黒に染めてエレンに手伝ってもらい、ウェーブをかけている。



 瞳の色は翠玉色とそのままだ。

 変えることはできる。

 ただし、髪とは違い、目は負荷がかかってしまうため、今回はやらない。



「ここを出たらずっと女口調か。気が滅入る」

「おっ、ずいぶんと可愛らしくなったじゃねえか? ええ、リィンよ」

「うん、可愛い」



 建物から出てきた二人は、普段とは違う服装をしていた。

 アルは教会製のフルプレートアーマーから別の物に変わっている。

 ランクは下がるものの、貴族の護衛が持つ装備としては上等な物。



 俺としては、身分を変えずに護衛につくから本来の装備でもよかったのだが。

 《聖伐》でもないのに街をうろついては信徒を不安がらせると、枢機卿たちから反対の声があがった。



 エレンは法衣から膝下まである赤茶色のローブを纏い、手には身の丈ほどあるスタッフを握っている。

 いつも掃除に洗濯に料理など、主婦みたいな生活をしていたエレンが装備している姿はかなり新鮮に感じた。



「……エレンも可愛いわよ。けれどもう少し着飾ったらどうかしら? とっても似合うと思うわ。アルは馬子にも衣裳よ。それと、私はどこぞの貴族令嬢、リーナ・ウェンディ・セイルズよ」



 セイルズ家は、フィリス王国に実在する貴族で爵位は侯爵。

 彼の家には話は通している。



 姓だけ借りている形だ。

 問題を起こせば迷惑がかかるのに、豪胆な家である。



「リーナ、ねえ。大丈夫か、その名前?」

「リィン……ラーナ様…………リーナ。安直」



 アイラス教初代聖女ラーナの名前は不可侵だが、同じ聖女だし大丈夫だろう。

 偽名を使ったり髪の色を変えるのは、聖女が一地方にいるとお偉いさんや信徒が押し寄せてくる可能性があるためだ。



「ラーナ様ならお許しくださるわ。アルも名前を変えたらどう? たとえば……アイラちゃんとか」

「うるせえよ。ていうか、俺たちしかいないのに、その話し方やめろよ」

「あら、ヒドイ言い方。エレン、どう思うかしら?」

「さすがツンツン頭。鬼畜野郎」



 俺の悪ふざけに乗ってくれたエレンに飴をあげた。



「……さて、今日の予定を話すぞ。まず教会から転移門で直接ハイヴァール地方にある街、マイルズに行って件の騎士と合流する。詳しい《天の杯》までの道筋は、プリムヴェール嬢が知っている」



 転移門は記録している地点どうしを結び、空間を繋げることで人や物を行き交わせることができる魔法。

 高価な道具や触媒を必要とし、使えるのはそれを用意できる一部の金持ちだけ。



 転移門を使わずにラーナ大教会から《天の杯》まで行くとなると、標高が高いエーベル霊峰から下山して大森林を踏破……と非常に面倒だ。

 ありがとう転移門、楽ができるよ。



「確か、クーデリア・フォン・プリムヴェールとかいう騎士だったか? 信用できんのかよ?」

「うん、アルの言う通り」

「会って話してみないとわからない。我らの教皇猊下が調査してくださる……きっとな」



 転移門は既に準備が出来ているはずなので、専用の建物に向かう。



「ったく、見送りが一人もいないなんて寂しいことだぜ」

「《聖伐》認定されなかったからな。一応、ロイドから言葉を預かっている」

「へぇ、何て言ったんだ?」

「『死ぬな』、だとよ」



 床には規則的な形を描いた幾何学模様──魔法陣の上に立ち、術者が唱えれば街まで五秒と掛からない。

 待機していた術者に発動するように言った。



 魔法陣が淡く輝き、目の前が真っ白になる。

 光が消えればそこはもうラーナ大教会ではなく、フィリス王国の一地方にある街だ。

 建物を出ると、太陽の日差しが目を眩ませる。



「…………おおっ」



 いつも眠たげに目を細めているのに、限界まで見開いて街を眺めるエレン。

 初めて見る教会以外の風景に驚いているんだろう。



「おい、リーナ。騎士様はどこだ?」



 周囲を見渡しつつ、努めて聖女の時の口調を意識する。



「護衛の騎士如きが貴族である私にその態度は何……ちょっと、拳を振り上げないで。時

間通りに来ているから、そろそろ……」



 と、俺たちに向かって歩いてくる鎧姿の女性が見えた。

 何の迷いもない足取り。



 ロイドから聞いた姿の特徴と一致する。

 肩口で切り揃えた金髪が風で揺れ動き、紅玉色の瞳が俺たちを映している。



「あなたがリーナ・ウェンディ・セイルズ様ですね? 私はフィリス王国所属騎士、クーデリア・フォン・プリムヴェールと申します。今日からよろしくお願いします」



 右手を握り、胸元に当てて王国式の敬礼をおこなった。

 にこりと笑う姿は絵になる。

 ツリ目でクールな印象を受けるクーデリアは、俺を上から見下ろしていた。



 俺の身長が156だから、170に届くか届かないといったところか。

 身長高くて羨ましいなぁ。



「その通りです。初めまして、プリムヴェールさん。こちらのツンツン頭が護衛のアルバート・シェルフェ、そして付き人のエレン・バーネットです。仲良くしてあげてください。あと、私に様づけはいりません。リーナと呼んでください」

「しかし、あなたは侯爵家の……」



「もう、プリムヴェールさん。私は貴族の生活が嫌でここにいるのですよ? 私の家が国を通じてあなたを護衛として雇っていてもできることなら、しがらみ抜きで接したいですし、接してほしいのです」



「……できる限り、あなたの意向に添いましょう。それでは、私のこともクーデリアとお呼びください。お二方も是非」

「そうか? 堅苦しくなくていいぜ。よろしくな」

「…………よろしくお願い、します」



 小さく会釈して、エレンは俺の後ろにそさくさと隠れた。



「よろしくお願いします。リーナ、これからの予定は?」

「今日はギルドで登録だけにします。終わったら、パーティー結成を祝してお食事でもどうですか?」



 神託はギルド員として過ごすというよくわからないもの。

 上層部は一ヵ月と期間を定めたが、もっと伸びることを覚悟しておこう。

 ……アイラス様は一体何のために俺をここへ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る