第2話 幼馴染たちと
礼拝堂から少し移動した先に、聖女専用の建物がある。
そこは、限られたものしか出入りが許されない。
もし侵入しようとすれば結界魔法で方向感覚が狂い、真っ直ぐ進んでいるつもりが同じところをグルグル周り続ける。
おまけに施設全てで警報が鳴り響き、騎士団員がわんさかと押し寄せてボコボコだ。
まあそんなわけでこの建物に入ることを許されているのは、俺を含めても両手の指で足りる程度である。
「リィン、これ」
神託が下って三日。
ソファーにぐったりとしていたところ、テーブルに何かが置かれた。
不格好ながらもおいしそうなクッキーがあり……俺の目が腐っていた。
何故か色が赤く、苦痛に苛まれる罪人の顔がオーラとして現れている。
手を伸ばす前に禍々しいものを作った、幼馴染で付き人のエレン・バーネットに尋ねた。
「食べる前に聞くが、何を入れた」
「ん、唐辛子」
無言で皿を真横にどかした。
「待って、今日はおいしい」
「アホか! 今日は、とかないんだよ。何でクッキーに唐辛子なんて入れるんだよ!」
「大丈夫、ちゃんと砂糖も入れて作ってる。きっと中和されてる」
「色を見ろ! 唐辛子に全部持っていかれてるだろうがッ!」
エレンの水色のポニーテールを引っ張り、赤色のクッキーを口に放り込んでやる。
相当量の唐辛子が含まれているクッキーを食べても、もさもさと口を動かして眠たげに目を細めているだけ。
感情を表に出さずにモグモグ食べるエレンに、若干引いてしまった。
「今日も食べてくれなかった。明日は……」
アイラス教に所属する修道女に配布される専用の法衣のポケットから、何やらメモ帳を取り出して熱心に書いている。
何を書いているのか……いや、考えるのはよそう。
「だから言ったろうが。普通に作れってよ?」
対面に座る大柄の男が肩をすくめる。
装備している鎧がガチャガチャうるさいこの男は、幼馴染で俺の護衛役のアルバート・シェルフェ。
アイラス教ラーナ大教会聖堂騎士団所属の騎士で、卓越した剣技と大型の盾を使う。
言葉遣いが荒く、粗野な印象を与えるも俺にとって、エレン同様かけ替えのない家族だ。
「アルは何で止めなかったんだよ」
「ハッ! 止めたって別の『何か』が出されるだけだろ?」
茶髪のツンツン頭を一本一本、むしってやろうかと考えつつ、自分でお菓子を用意するためソファーから立ち上がる。
「はい、これ」
エレンがテーブルに置いたのは、さっきとは別のおいしそうな普通の色のクッキー。
初めからこっちを出してほしい……。
クッキーをポリポリ齧りつつ、二人には三日前に起きた礼拝堂での出来事を話した。
「……ギルド?」
俺やアルとは違い、教会の敷地から出たことがないエレンには、ギルドがどういうものなのかわからないようだ。
「ギルドっつうのは簡単な話、便利屋だ。誰かから依頼されたものを達成して、報酬を得る」
「アル、ざっくりしすぎだろ。まあ、間違ってはいないが」
「リィンはまた危ないことをするの?」
エレンが俺の袖を摘み、不安げに上目遣いで見つめてくる。
その蒼い目は初めて会った時から昔から変わらないな。
俺たちは幼い頃にラーナ大教会で出会った。
聖女になってからは、《聖伐》で負傷して帰ってくることはしょっちゅうだった。
俺の力になりたいと教会で魔法を学んでいるエレンだが、《聖伐》に参加出来るほど実力はない。
彼女の不安を完全に取り除くことは出来ないだろう。
俺が聖女の立場を辞めて、もう戦わない限りは。
「……今回の神託が《聖伐》に認定されるかまだわからないけど、ギルド員になってだらだら宿で過ごすから大丈夫だろ」
「いや、ギルドに所属したら確かノルマとかあったはずだぞ?」
お前、ホント余計なことを。
エレンの瞳を見つめ返す。
蒼色の瞳に浮かんでいた不安の色は、少しだけ薄れた。
「しっかし、リィンだけギルド員になるわけじゃないだろうな? お前、魔法は一つしか使えない上に気軽には行使できないし、剣術はまあまあぐらいだし」
「護衛は無理を言ってでも、お前に頼むつもりだ」
聖女の正体が男であることを知り、幼い頃から一緒に過ごしていて気心が知れ、実力は騎士団の中でも一目置かれているアルは俺の護衛として最適だ。
ロイドなら間違いなくアルを選ぶはず。
「……私も行きたい」
エレンの呟きが聞こえ、俺とアルは顔を見合わせる。
何て言おうかもごもごと口を動かしていたら、コンコンと誰かがノックした。
エレンが扉を開けると、何と教会最高権力者であるロイドが立っていた。
アルは立ちあがろうとしたが、必要ないと言ってロイドが中へ入る。
「早速だが、神託についての議論が終わった。リィン、二日後フィリス王国の南東に位置するハイバール地方にあるギルド《天の杯》に所属してもらう。護衛には聖堂騎士団所属騎士アルバート・シェルフェ、身の回りの世話としてエレン・バーネットをつける」
「!」
まさか自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、口に両手を当ててエレンは目を見開いた。
「エレンが? まさかと思いますが、教皇猊下の判断ですか?」
口調こそ敬語で話すアルだが、語気は非難めいたものが含んでいる。
俺としても、エレンを連れて行くのは否定的だ。
「そうだ、私の判断だ。今回リィンは聖女としてギルド員になるのではなく、とある貴族令嬢という立場を演じてもらう。エレンはメイドという立ち位置だ。護衛をこの二人に選んだ理由は、当然わかるだろう?」
「俺と仲がよく秘密を知っていて且つ、教会に不利益を与えない人物ってところか?」
エレンは教会の前に捨てられた孤児で、俺とアルは別の場所で孤児だった。
幸か不幸か、偶然通りかかったロイドに拾われて今に至る。
男なのに女として振る舞うように強制して生きるのは、一部の人間を除いて不幸に分類するはずだ……たぶん。
「それと、もう一人護衛役として抜擢した者がいる。フィリス王国所属の騎士、クーデリア・フォン・プリムヴェールという貴族の娘だ。四名で一ヵ月過ごしてもらう」
「……俺の秘密をなるべくバレないようにするために二人を採用したのに、外部の人間も加えるのか?」
「教会内の政治的なパワーバランスを保つために採用せざるおえなかった。この人物を推しているのは、ユリウス枢機卿だ」
政治にそこまで詳しくない俺には、パワーバランスなぞわからないし知りたくもないから、置いておくとする。
勝手にロイドのほうで調べるはずだ。
護衛となれば、それなりに近しい関係になる。
外部の人間を入れるというのはデメリットしか生まない。
それはアルもわかっているし、知らない人間に必要以上関わりを持ちたくないエレンは拒絶感が強いはずだ。
とはいえ、上がデメリットも込みで決めたのなら、従うほかないのが実情である。
四人でパーティーを組み、様々な依頼を受ける……んー不安しかないな。
「大丈夫。リィンは私が守る」
「……期待してるよ」
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