聖女(男)は正体を知られたくない

まお

聖女、ギルド員になる

第1話 神託

 その日、イグニス大陸の人口数六割を信徒に抱える巨大な宗教アイラス教にて。

 総本山ラーナ大教会の礼拝堂で神託が下った。



 厳かな雰囲気の中、著名な芸術家が造ったステンドグラスから射しこむ光が後光となり、教皇猊下ロイド・パウエルを照らす。

 ロイドは長くゆったりとした法衣を翻した。



「聖女リィンよ。これより我らが神、アイラス様からのお言葉を告げる。心して聞くがよい」



 祈るフリだけのポーズを崩さず、ロイドの言葉を一応聞く。



「……はい」



 聖女と呼ばれた私は、内心またかと嘆く。

 一週間前にも神託があり、罪もない人々を魔法の実験材料にしかけていた異端者と戦ってきたばかりだ。



 神託の頻度は約半年に一度で、私を含め枢機卿たちは神託が下ったと連絡を受けた時、辺りは騒然となった。

 たまっていた本を読み漁れると思っていただけに、ため息を吐きそうになる。



「うむ。……ああ、そのだ……な」



 言葉を伝えるだけだというのに、歯切れの悪いロイド。

 かなりの面倒ごとか。

 誰かの喉がゴクリと鳴り、礼拝堂内の緊張感がピークに達する。



「アイラス様は聖女リィンに西の王国でギルド員となり、そこで過ごすようにおっしゃった」



 ………………はぁ?

 ラーナ大教会があるエーベル霊峰から西といえば、フィリス王国しかない。

 あの国の王族は熱心な信者で、良好な関係が続いている。



 一昨年、アイラス教を快く思っていない国家内で活動していた時、宿泊費は法外な額を請求するわ、道は舗装してない場所を通らされ、様々な嫌がらせをされた。

 フィリス王国ならば個人的に大歓迎であるが、神託の内容がギルド員となって過ごす?



 理解できない。

 神託は、世界や人間を危機から救うために、アイラスがわざわざ枢機卿に伝えているもの。



 枢機卿たちも私と同じよう、疑問に感じている。

 ロイドは齢八十を超えているにも関わらず、瞳には力強い光がある。

 神の声を聞き過ぎて、正気を失ったというわけではなさそうだ。



「きょ、教皇猊下ッ! それではリィン様にしか為せないこと、《聖伐》がおこなえなくなりますぞ!」



 ガタッと椅子から勢いよく立ち上がった一人の枢機卿。

 私が記憶する限り、以前あった教皇猊下を決める選挙で敗北した男だ。

 名前はユリウス・テラーだったか。



 聖女である私にしかできないこと。

 誰にもバレないように顔を伏せて隠し、皮肉交じりに笑う。

 《聖伐》とは、聖女を頂点とした軍事行動だ。



 『教会側が認定した』異端者や、敵対国家の悉くを攻め滅ぼした過去がある。

 教会内で《聖伐》は尊い戦争という認識だ。

 利益を得ている側面を無視して。



「ユリウス枢機卿、あなたの懸念は理解できる。今はアイラス様のお言葉を理解し、解釈せねばならない」



 神託が下っても、直接的な表現ではないことが多く、解釈が必要になる。

 今回の神託はかなり直接的だが、どれほどの期間を過ごすかによって、教会の運営に支障をきたす可能性があった。



「教皇猊下のおっしゃる通りです。今回の事案が《聖伐》になるか含めて、議論が必要になりましょう」



 無理やり《聖伐》に持ち込んで、自分の手柄にする気か?

 暗い欲望の断片がチラつき、心の中で舌打ちした。

 だから選挙落選するんだよ。



 戦闘以外はお飾りな私がその手のことに参加しても、聖女の後ろ盾を得た得てないの話になり、冗談抜きで血を見ることになるので口を挟まない。



「アイラス様のお言葉、確かに承りました。私はただ、アイラス様のお言葉に従うのみです」

「うむ。些事は全て私と枢機卿たちに任せなさい」



 要するに、余計なことはせず呼ばれるまでは本でも読んでろということだ。

 あんたに言われなくても、やることが決まるまで部屋に籠って本を読む予定である。



 枢機卿たちが神託についてどうすべきか話しつつ、礼拝堂から出ていく。

 ロイドが傍に寄ってきた。



「リィン。わかっているとは思うが、お前の『秘密』は絶対に世間にバレてはならんものだ」

「わかってるさ。バレたら色んな意味で死ねる」



 口調を普段のものに変え、着ている女性用の法衣を指で摘み上げ、忌々しげにヒラヒラ揺らす。



「法衣をそう扱うな。誰かが見たらどうするつもりだ?」

「礼拝堂にはもう『俺』とあんたしかいないだろ?」

「全く。アイラス様は何故このような神託を……。リィンの『秘密』が知られれば、アイラス教の信用は地の底だ」



 部屋に戻ることをロイドに言い、礼拝堂から出た。

 空に昇る太陽が燦々(さんさん)と目の前に広がるエーベル霊峰を照らす。

 山頂の残雪が光を反射し、美しい光景が広がっていた。



 元気に輝く太陽とは反対に、私……いや、俺の表情は曇る。

 ロイドとの話で出た『秘密』。



 『あいつ』との約束がなければ、聖女の肩書なんてとっくの昔に放り投げている。

 俺は、聖『女』なのに男なんだ。

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