第16話 家族
イーターと名乗るドラゴンの精霊は話を続けた。
国民へ両族の結婚を公表すると、歓迎と祝福のムードだった…その一部の者達を除いては。
3年の月日が経った頃、ちょうどその姫、リゼッタが妊娠し、1人の女の子を出産した。
とても可愛い子だった。
今後もいまのような平和な世が続く、皆そう思っていた矢先…人間の反乱軍が竜族の城を襲撃した。
竜族用の巨大な城だとはいえ、人間達が作った城だ。城の見取り図や構造は全て筒抜けだった。
そして、奴らはこんなことの為に、秘密裏に強力な武器を製造していた。
それは、竜の堅い皮膚を切り裂く剣や刀、全てを焼き尽くし破壊する火炎瓶や爆弾だった。
奴らは、スキル保持者も何名か引き連れていた。
重力を操作する『グラビティ』
強い洗脳ができる『マインド』
相手を完全に真似できる『コピー』
この3つのスキル保持者だった。
これがまた厄介で、重力操作の攻撃を受けたドラゴンは空を飛べなくなり、地上戦を強いられた。
その重力操作の効力が強く、地面に叩きつけられたまま身動きが取れない者もいた。
そこを洗脳により統率の取れた動きをする、通常より格段に強くなった反乱市民により、なす術もなく斬りつけられ命を散らしていった。
自慢の尻尾と剛力で、必死に抵抗するものもいたが、人間の武器が強すぎた。
爆発で四肢をもがれたり、尻尾を切り落とされたり、それは惨いさまだった。
また、コピーの能力により、同じ姿になりすまし、我々の中に紛れて背後から闇討ちする卑怯な人間もいた。
たちまち竜族の王城は炎の海に包まれた。
人間達の侵攻が早く、我が城を捨て逃げることを余儀なくされた。
近衛隊達には、感謝しかなかった。
反乱軍と同じ種族、人間である妻のリゼッタに刃を向けることなどせず、「我々が残り敵を食い止めます。時間稼ぎにしかなりませんが、王はリゼッタ王妃を連れて早く空からお逃げください。貴方がいれば、いつでも我々の国は再建できます。」と。
最期に彼ら、ドラゴン達は我に言った。
「貴方の配下になれて光栄でした。
もし、来世があるなら、また貴方の元へ必ず。」
そう、彼らは死を悟っていた。
皆、我のために玉砕の覚悟だった。
「お前達…必ず助けに戻る!」
そう言い残して、我とリゼッタ王妃、そして我が子を抱いて、燃え上がる城から脱出し、遠く離れた山の洞窟へ避難した。
その後、我はリゼッタ王妃と我が子を洞窟へ残し、城へ配下を助けに戻った。
そこで、力の限り奮闘し、配下を何体か戦場から逃すことが出来た。
リゼッタ王妃と我が子のことを思い、闘い抜き洞窟へ戻ろうとしたが…
人間に制圧され、焼け野原となった城内で力尽き、我はそのまま殺された。
そして、生き残ったドラゴン達に祀られ、崇められて精霊となった。
リゼッタ王妃と別れた洞窟で、我はもう二度と戻らないかもしれないと悟っていた。
だから、別れ際の最後にリゼッタと我が子に声をかけた。」
リゼットは、ハッとして同じ言葉を口ずさんだ。
「「強く生きるんだぞ…」」と。
「まさか、貴方は…」
「あぁ、我はお前の産みの父親。そして、お前は人間と竜族との間に産まれた竜人だ。
いままで、寂しい思いをさせて悪かったな…」
「そんな、あなたが…父親だったなんて。
なら、母親は? まだ生きてるはずだよね?」
「いや、お前の生みの親であるリゼッタ王妃は、もう死んでいる…」
「どうして? 洞窟で小さな頃の私と一緒に居たんじゃ…」
「いや、お前の母親、リゼッタ王妃は反乱軍からすれば同じ人間であっても、敵の存在…リゼッタ王妃の王族の城も竜族の城と同じく反乱軍により焼け落ちた。
リゼッタ王妃は反乱軍が仕向けた残党狩りにより、自分が我が子と一緒に殺されることを恐れた。
だから、洞窟に我が子を隠し、我が子へ捜索の目が行かぬよう逃れようとしたのだろう。
おかげで、お前は生き延びた。
心優しい村の男に拾われてな。」
リゼットは、再び目に涙を浮かべ泣いていた。
「私は両親に捨てられたとばかり思って生きてきた…
なのに、本当は違った。
まさか、そんな事情があったなんて。」
「すまなかった。我もお前の成長を最後まで見届けたかった。だが、国王である以上は、国王としての責務も果たさなければならなかったのだ。
許せとは言わない…父親として失格だ。」
「なら…今度は『最期』まで見届けてよ!
私の中で、私が死ぬ最期のその時まで…」
「あぁ、もちろんだ。
それから、もう気づいていると思うが、お前の名…『リゼット』は、母親の名前である「リゼッタ」から取っている。
仮にもし離れ離れになったとしても、あなたは1人じゃない。私たちがついていると。
お前の母親は名付ける時にそう言った。」
「私、最初から1人じゃなかったんだ…母親は常に側で見守ろうとしてくれてたんだね。」
「あぁ、我とリゼッタはいつもどこでも、我が子であるお前のことを見守っているぞ。」
リゼットは、心の中に渦巻いていたわだかまりが、スーッと消えていった気がした。
ちょうどその時、真っ暗な世界に天から光が差し込んだ。
「さぁ、もうそろそろ目覚める時間だ。スキルの能力は教えた。あとはいろいろ試して学べ。」
「わかった。頑張ってみるよ。」
リゼットは頷いた。
「あぁ、それと最後に1つ…くれぐれも固定観念に縛られるな。自分でわざわざ重い足枷をつける必要はない。
自由に生きよ、我が娘。
お前を止められる者はいない。元気でな。」
「また、会って話せるかな?父さん。」
「あぁ、きっとな。いつでもお前と共にいるぞ。」
「ありがとう。じゃあね、行って来る!」
こうしてリゼットは、真っ暗な世界の中で光のさす天の方へと一気に飛んでいった。
そして、ようやく現実の世界で、「いままでの自分」という檻から抜け出した野獣が目覚めた…
リゼットがいなくなった真っ暗な世界で、黄金色のドラゴン、イーターは言う。
「やはり、顔がリゼッタに似ていたな。」
すると、後ろから白いドラゴンが現れた。
「えぇ、そうね。生きていた頃の人間の私によく似ていたわ。」
「あの子と話さなくて良かったのか?」
「私は、殺されないためとはいえ、あの子を洞窟に置いてきてしまった。会う資格なんてないわよ。」
母親である、リゼッタ王妃は自分の生前の行いに負い目を感じていた。
「…もし、我が同じ立場だったとしても、同じ選択をしたと思うぞ。目の前で自分の子供が殺されるのを見るのは耐え難い。
それよりかは、自分が死んで犠牲になることを我も選ぶ。結果的にあの子は生きている。
それで十分じゃないか。」
そう言って、イーターは白いドラゴンとなったリゼッタの頭に自身の頭で慰めるかのように優しく頬擦りをした。
「…えぇ、そうね。ありがとう、あなた。」
白いドラゴンも応えるかのように、優しく身を寄せた。
リゼッタ王妃は、反乱軍が仕向けた残党狩りに森の中で見つかり殺されていた。
リゼッタ王妃は死んでもなお、父と娘と共に居たいと強く願った。
その不昧不落の強い意志から、あの世へ行くことができず、現世に留まり彷徨い続けていた。それを見かねた神が、イーターと同じ精霊として白いドラゴンの姿にし、娘のスキルとして、イーターと共にリゼットの中へ送ったのだった。
彼ら夫婦、そして親子の仲を邪魔できる者は、もう誰一人としていないだろう。
リゼットがこの事実を知るのは、まだまだ先の話である…
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