第3話 忘却

 汗だくで帰った僕のために幸恵姉さんはお風呂を入れてくれた。

 この汗はあの公園で聞いた少女の声から恐怖を感じたためか、夏の暑さのためかわからなかった。

 湯船につかり、汗を流すとかなりさっぱりとした。

 あの公園できいたのはきっと暑さのため幻聴めいたものが聞こえてきたのだろうと無理矢理納得することにした。


 風呂から出ると両親と幸恵姉さんの息子の広志ひろし君が帰ってきた。

「こうちゃん、お帰り」

 と母は言った。

「おう、よく帰ってきたな」

 と父は言った。



 夕飯はかなり豪華なものだった。テーブルには唐揚げと煮玉子、ちらし寿司、ホットプレートの上にはお好み焼きと焼きそばが焼かれていた。

 どれも僕の好物であったが、さすがに量が多い。

 どうやら母は僕の食欲を家を出る前と同じだとおもっているようだ。

 甥の広志はテーブルの上のご馳走を見て、無邪気にはしゃいでいた。

「ママ、お誕生日会みたいだね」 

 と広志はなんだかかわいらしことを言っていた。

 さすがにこの量は多すぎると言ったら、いいのよ、あまったら私がもってかえるからと姉はちゃっかりものの主婦の言葉をいった。

 生姜のきいたたれに漬け込まれた唐揚げを食べながら、僕はあの児童公園のことを思い出した。

 そういえば、よくあの公園で遊んだな。

 そう、みっちゃんとよく遊んだものだ。

 かくれんぼや鬼ごっこ、ブランコをこいでどこまで靴をとばせるかなど。

 みっちゃんどうしているんだろう。

 あの子の記憶は幼い日だけであった。

 よく遊んだのは小学校一年生の時だったと思う。

 あれ、おかしいぞ。近所の幼馴染みのはずなのに、小学校一年生の時の記憶しかない。それ以降のことがまったく思い出せない。

 まるでフィルムをハサミで切り落としたかのように記憶がとぎれている。

「そういや、みっちゃんって覚えてる?」

 焼きそばを食べながら、なんとはなしに僕は両親に聞いた。

「さあ、知らんな」

 ビールをうまそうに飲みながら父は言った。

「そんな子いたっけ?」 

 母は首をかしげていた。

 エプロンでソースで汚れた広志の口をふいていた。

 どうやらというかやはりというか、両親はみっちゃんのことを覚えていなかった。まあ、幼少期の息子の交友関係をすべて把握はしてないものか。それに二十年ほど前のことでもあるし。


 夕飯を食べた後、僕は自室に行った。

 クーラーをつけるとやたらと冷たい風が流れた。

 夕飯を食べて、熱くなった体にその機械がつくった冷たい風は心地よかった。

 昔買った漫画を読んでいると、僕はふと、幼馴染みのみっちゃんのことが気になり、小学校の卒業アルバムを見ることにした。

 同じ校区であるはずだから、載っているかもしれない。

 遊ばなくなっただけなのかもしれない。

 ぺらぺらとアルバムをめくる。

 そこには懐かしい顔が並んでいた。

 しかし、みっちゃんの姿はなかった。

 僕は、アルバムを閉じ、本棚に戻した。



 僕の記憶にはみっちゃんがいる。だけどそれを知る人はいない。知っているのは僕だけのようだ。

 そう思うとなんだかその遊んだという記憶もどこかあいまいなものに思えてきた。

 妄想の産物なのだろうか。

 幼い僕はいったい誰と遊んだのだろうか。

 そう思いふけると記憶じたいが実はあいまいなものに思えてきた。

 実は映画かドラマで見たことを現実の記憶とごっちゃにしてしまったのかもしれない。人間は時にそんなことになってしまうと何かの本で読んだ気がする。

 そんなことを考えていると旅の疲れがでたのだろう、僕はそのまま眠りについた。

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