第2話 散歩

 河内長野駅に着くと姉が迎えに来てくれていた。

 姉の愛車であるフィットの後部座席に荷物を詰め込み、僕は助手席に座った。

「コウちゃん久しぶりだね」

 ハンドルを握り、フィットを走らせながら、姉である幸恵は言った。

「彼女とかできた?」

 と姉は聞いた。

 僕は首を左右にふって答えた。

「コウちゃんももう二十五なんだから彼女の一人ぐらいいてもいいのに。姉からみてもそう悪くないみかけなのにね」

 幸恵は言った。

 姉はすでに結婚し、小学生になる子供もいた。

 僕はといえば自由気ままな独身であった。

「姉ちゃん、そういうのはセクハラっていうんだよ」

 僕はあえて減らず口を言った。

「何いうてんの、姉弟にそんなん関係ないわ」

 あははっと笑いながら幸恵は言った。


 フィットは十分ほど走り、実家に着いた。


 慣れた手つきで玄関をあけ、姉は実家に入った。

 久しぶりに嗅ぐ実家の臭いだった。

 決して臭いわけではないが家には独特のにおいというものがある。

 その臭いをかぐとああ、家に帰ってきたんだなという気になった。

「父さんも母さんもあんたが帰ってくるからって晩ご飯の用意を買いにいったのよね。まだ帰ってきてないみたいね」

 幸恵は言った。

 両親は姉の子供と一緒に買い物に出掛けてるということだった。

 母さんなんかはりきって野菜を道の駅まで買いにいっているという。

 そんなにはりきらなくてもいいのに。

 

 実家に帰ると僕を出迎えたのは飼い犬のマロンだった。

 白と茶色の毛がまだらなビーグル犬だった。

 彼はうれしそうに僕に飛びついた。

 彼は僕の顔をなめ、顔はべっとりとぬれた。

「マロンも喜んでるじゃない」

 ふふふっと幸恵は笑った。

「あんた一年ぶりに帰ってきたんだから、マロンの散歩いってあげなよ」

 姉は言った。

 本当は姉が頼まれていたのだろうが、それを丸投げしてきた。

 でもまあいいか。

 久しぶりに散歩にいってやろうか。

 僕は荷物をもとの自分の部屋に入れるとマロンの散歩の出掛けた。



 マロンはうれしそうにリードを引っ張った。

 もうけっこうな年なのに犬ながら、僕が帰ってきたことへの彼なりのお返しなのだろうか手首が痛いほど彼はリードをぐいぐいと引っ張った。

 もうすっかり夕方であったが、空気はまだねっとりまとわりつくように暑かった。黙っていても顔や首に汗が流れる。

 僕は実家から借りてきたタオルで汗をふいた。

 このへんも変わったなと町並みを見ながら、僕は思った。

 昔からあった家はほとんどなくなり、新しい家がたちならび、ぱっと見ただけは閑静な住宅街という雰囲気であった。

 子供のころよく行った駄菓子屋もすでになくなり、真新しい住宅が建てられていた。

 唯一といっていいぐらい残っていたのは、児童公園だけだった。

 ブランコとジャングルジム、シーソーの三つだけの遊具がおかれていた。

 よくここでみっちゃんと遊んだな。

 ふと僕の脳裏に幼い日の記憶がよぎった。

 僕は懐かしくなり、自販機でスポーツドリンクを買い、公園のペンキの剥げたベンチに座った。

 マロンも横に座った。

 僕はペットボトルの蓋をあけ、ごくごことスポーツドリンクを飲んだ。

 夏のスポーツドリンクほど旨いものない。

 酒の飲めない僕は思った。



 もういいかい。

 もういいかい。

 もういいかい。

 もういいかい。


 

 それはどこからともなく聞こえた少女の声だった。

 僕は首を左右にふり、声の主を探した。

 その声は高いキーの少女のものだった。

 探したが、誰もいない。

 マロンは僕の足元でただハアハアと息をしているだけだった。



 もういいかい。

 もういいかい。

 もういいかい。

 


 女の子の声が聞こえるが、その姿は見えない。

 何度探してもも誰もいない。

 気味が悪くなった僕はその公園をあとにして、実家に帰った。

 公園から離れるとその声は聞こえなくなった。


 


 

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