第二章
2-1
きらきら輝く海面が眩しくて、思わず手で遮る。
人間の手が視界に入る。
私の体は昔みたいに綺麗になった。
本当にあっけなく。
治った体に違和感があるのが歯がゆいけれど。
奇跡というものは、いざ起こるとあまりに軽々と多くのものを覆していくみたい。
現実感を置き去りにして。
「
そんな奇跡の担い手に声をかける。
着慣れてないのがわかる制服は見慣れないデザインのものだ。
持たされる役割によって制服は変わる。
彼女だけの役割は、彼女だけの制服を生み出した。
ただただフェイスの標的になり続け、逃げ続けるだけの役割。
それが私たちを絶望から救い出してくれた女の子の今。
本部のバカみたいな理屈の生贄にされそうな女の子の今。
「ありがとうございます、
「本当? 新道の大丈夫は当てにならないって言われた」
「ええ!? 本当ですよ! 大丈夫ですって! ……あ」
「ふーん。まあいいけど。何かあったらすぐに言って」
私たちの誰よりも脆く、誰よりも弱い。
本当は誰よりも安全な場所にいないといけないのに。
私たちにとって檻でしかないあんな建物を守らされている。
消し飛ばしてしまいたい。
そうしようか。今ならできる。
衝動的に思って、みんなの顔が浮かんで歯止めがかかる。
ああ、なんて煩わしいんだろう。
大切だからこそ邪魔だ。
好きだからこそ嫌いだ。
これまでそんな事思わなかったのに。
なんて不自由な心。
思うがままに生きられないのは、心が思うがままにならないからだ。
「その、朽木さんこそ、どこか調子が……」
いけない。思わず顔が歪んでいたみたい。
緊張してるとごまかそうか。だめ、それだと不安がらせるかもしれない。
新道からは頼れるように見えないと。
頼ってもらえるようにならないと。
もっともっと。
ずっとずっと。
「何でもないよ。元々こういう顔」
「そうなんですか……」
「それにもうすぐ時間だから」
「……そうですね」
上手くごまかせた。
新道は表情を引き締めてトワイライト・ラインが現れる波打ち際を見ている。
黄昏が近づくにつれ、私たちはどこか浮ついた、高揚した気分になる。
そしてトワイライト・ラインの近辺にいないと、苦しささえ覚える。
それが私たちラキュターが持つ特徴の一つ。呪いと呼ぶべき鎖の一つ。
……みんなは気付いているのかな。
新道はその苦しさを、高揚を、消せる。
あの時は久しぶりに自由を感じた。ううん、初めての解放感だった。
一時的なものでしかなかったけれど。
でもその時からだ。
矛盾した気持ちが湧き上がるようになったのは。
これまで感じなかった煩わしさの中に自由がちらついたのは。
これまで捨てようなんて思いもしなかった事を捨ててもいいのかもって思えるようになった。
自由な未来を想像できるようになった。
みんなも気付いているのかな。
私たちを縛っていた鎖は緩み始めている。
やがて解放されるだろう。
新道がそうしてくれる。
だからもう誰も信じられない。
そう思うとまだ苦しい。
でも新道を奪われたら、私はここに置いてきぼりになってしまう。
前みたいな身体に戻ってしまう。
守らなきゃ。
新道がいれば、新道さえいれば、私は自由になれる。
新道が私の自由なんだから。
「安心して新道。私にはとっておきがあるの。危険は私が全部消し飛ばすから」
私は誰よりもあなたのために力を使う。
私は誰よりもあなたのために傷つく。
そうすればあなたは誰よりも私に力を使ってくれる。
だから私のすべてをあなたのために使う。
だからあなたが欲しい。
あなたを貰う。
*
そのとっておきがリスク高すぎなんですよねえ……!
ふんすふんすとやる気満々オーラ出してる
いや俺限定じゃない、暴発したら……、被害がちょっと想定しきれないな。地球は大丈夫? ギリギリ形ぐらいは残る?
流石にそこまではならないだろうと思いたいが。
一皮むけたのかイケメンオーラに磨きがかかった
ゲームではプリテーションを使うのにMPを消費してた訳だが、この世界にそれがないという事は、プリテーション使い放題という事だ。
俺のチートMP消費っぽいのないし無限に使えるじゃんすげーな流石と思ってたけどただの共通仕様だったらしい。なんだよ。
で、ここで問題が出てくる。
ゲームにはMPがあった。だからプリテーションの副作用であるフェイス化も、戦闘一回の進行に限度があった。
ところが現実にそんなもんはないようだ。
こりゃやべーという訳で、
回復だったら回復量に上限があるよって事だ。
これはゲームと同じだ。
じゃあ上限突破しちゃうプリテーション持ちいたりするんですかねー。多分いるんだね。朽木さんがそうだよ。
ゲームにおける朽木明日香のプリテーションは、消費MPを任意で決定しその値によってダメージと範囲が変動する攻撃だ。
いっぱいMP使えばダメージいっぱい範囲もでっかいという訳だ。
やりこめばラスボスでも一発昇天させられる理論上最強の必殺技の持ち主、それが朽木明日香だ。
だからこそまずい。
たった今、どこまで威力が出せるかもわからない、どこまで使ったら完全にフェイス化するかもわからないとっておきをばんばん使っていく宣言をされた。
本当にまずい。
俺はこれからしばらくは毎日命の危険に晒される予定だ。
フェイスの侵攻は激化していく一方になる。
量も質も上がり続ける。
となると、そいつらを殲滅するために必要となる出力も上がる一方だ。
朽木さんは頼りになる。本当に。なんなら俺は寝てたっていいぐらい。
ただ、ちょっとやりすぎてフェイス化完了しちゃうとそのまま俺に不可避の即死攻撃が飛んでくる。
何の因果か俺はフェイスから積極的に集中攻撃されるからな。
当然フェイス化したラキュターからも狙われるだろう。
もうMPという安全弁がないのは仕方ない。
代わりとして作用するものがあればいい。
フェイス化への恐怖心がそれに当たるはずだ。
自分が自分でなくなっていくというのは単純に恐ろしい。
それまで仲間だった存在が襲ってくるようになった経験もあるはずだ。
自分もそうなってしまう。強烈な仲間意識を本能に植え付けられているラキュターにとってその恐怖は絶大なはずだ。
少なくともゲームではそうだった。
恐怖心に関しては疑いようもない。散々見てきたからな。
俺ってこのために生まれてきたんだな……。なんてうっかり思っちゃうぐらい感謝される。これからも頑張ろう。
仲間意識に関してはわからない部分が多すぎて考えようがない。
でも、これで仲間が守れる、仲間のために戦えると泣いて喜んでいた人たちを信じたいのが正直な気持ちだ。
まあこれまでのやり取りで良い人ばっかりなのはわかってるし、俺のチートで余裕できたしむしろ雰囲気良くなって一層仲良くなるんじゃないか?
悪くなる要因なさすぎるしな。
強いて言えば考也たちの方で致命的な失敗が起きた場合ぐらいか。これはまあ信じて待つしかない。
とりあえず無事に帰ってきてほしい。でないと俺が死ぬ。
それはさておき朽木さんだ。
ゲームでは、思い詰めやすく、極端な行動に走ったりするキャラだった。
暗く、無口でぼそぼそと喋る。
自身のフェイス化を認識してからは、自分は醜く、汚れてしまったと思っている。
ラキュターに覚醒する前は快活な性格で、将来の夢はアイドルだったらしい。
それが将来を丸ごと取り上げられて、自由を奪われて死ぬまで戦わされる一生を強いられるようになった。
それもあって、本部を憎悪している。
そんなキャラだった。
こっちの朽木さんはどうなんだろう。
キャラとして知ってても、人として知っている訳じゃないからな。
一番身近な叶夢さんだってとっくに知ってるキャラとはかけ離れてる。
結構向こうから話しかけてくれるし、天然っぽい発言もちらほら出てる。
本来の明るさを取り戻し始めてるのかもしれない。
メンタル面では良い傾向なんじゃないだろうか。
朽木さんのぶっ放しエスカレートを危惧してるのは俺だけじゃない。
叶夢さんもあまりいい顔はしてない。
ただ、俺の安全を考えると、朽木さんに一発ぶちかましてもらって討ち漏らしを各個撃破という作戦は否定しづらい。
さらにトワイライト・ライン突入作戦実行中の今、戦力は可能な限り温存したいという本部の意向もある。
朽木さんは留守番確定なのでちょうどいいとのことだ。
何が起こるかわからない敵地に送り込むにはいささか不安定すぎるという真っ当な判断の結果、俺に命がけのミッションが一つ増えた。
朽木さんがいい具合にセーブできる事を祈り続けるミッションだ。
もっとやる気なくて嫌々やってます感溢れてる方が安心できてたなんて悲しすぎるわ。
頼むからテンション上がってうっかりとかやめてくれよ。
どうして俺が鬱ゲー世界にTS転生して幼馴染ポジションになってるんですか? 雪谷探花 @tyukitani
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