好きな女の子との相性度が100%になるアプリを作ったのが0%と表示されるんだけど

久野真一

第1話 アプリにイースターエッグを仕込んでみたのだけど

 高校二年の僕、新山修太あらやましゅうたには気になる女性がいる。

 名を桂美里かつらみさとと言って、腐れ縁と言ってもいい仲だ。

 ただ、友達としての関係が続き過ぎて、仲はいいけどあと一歩が踏み出せない。


 そこで僕はスマホアプリを作る特技を生かした策を思いついた。

 それは、相性診断アプリを開発して広めること。

 もちろん、結果は機械学習などを駆使して、精度もそれなりになるようにした。

 そして、これが一番重要な事なのだけど―

 僕の名前と美里の名前を入力すると、相性度が100%になるのだ。


(僕も大概馬鹿なことをしているよな)


 いわゆるイースターエッグという奴で、開発者が秘密のメッセージや隠し機能を

 作り込むというものだ。

 そんな遠回りなことをするくらいなら、さっさと告白でもすればいいんだろう。

 ただ、玉砕したら美里と気まずくなる。それは嫌だったんだ。


 幸い、リリースしたアプリ『AIでわかる相性診断』は10万ダウンロードを達成。

 ちなみに、デザインやメッセージには美里も協力してもらっている。

 男の僕よりも、診断結果のメッセージはいい案があるだろうと思ったのだ。


「にしても、修太は相変わらず凄いねー。もう、学校中で大流行だよ!」


 嬉しそうな顔をしてはしゃいでいる美里が微笑ましい。

 学校に広めるのには、口コミで美里にも協力してもらった。


「まあ、これくらいしか特技がないし。で、クラスの反応はどう?」


 美里と僕は隣のクラスだ。だから、反応が少し気になった。


「結構好評だよー。やっぱり同性でも診断出来るようにしたのは良かったね」

「異性だと躊躇する子もいるだろうしね」


 つまり、恋愛のみでなく、友達同士の相性診断にも使える。

 なお、名前だけでなく、趣味や嗜好に関する質問にも答えてもらう。

 ただ、情報はアプリからは送信しないとあって、安心して使ってもらえている。


「でもさー。結局、なんで急に相性診断アプリなんてリリースしたの?」


 う。そこを突いて来るか。


「ちょっとAIプログラミングの練習をしたかっただけ」

「ふーん。なんか妙な気がするけど」


 さすがに鋭い。言い訳は端から信じていないらしい。


「ところでさ。せっかくだし、僕と―」


 美里とで試しに相性診断してみない?

 と言うつもりだった。

 もちろん、100%だったからどうというわけじゃない。

 ただ、「やっぱり、私達って相性いいじゃん」とか。

 あるいは、そこから少しでも意識してもらえればと思っていた。


 なのに―


「ねえねえ。修太と私で診断してみない?」


 妙ににこやかな顔でそんな提案をされてしまう。

 ええ?それは想定外だ。

 美里も僕との相性が気になっているんだろうか。

 ともあれ、僕から言わなくていいので好都合だ。


「じゃあ、まず名前入力からね。あらやましゅうた、と」


 漢字にすると異字体とかややこしいので、入力はひらがなだ。


「私は、かつらみさと、でいいんだよね?」

「あ、うん。それで大丈夫」


 本名を想定しているだけに、あだ名を入力されたら危ういところだった。

 

「かつらみさと、と。好きな料理、か」


 相性診断のために、好きな料理、趣味、休日の過ごし方などを入れてもらう。

 趣味や料理同士の「距離」を算出して、相性度を算出するアルゴリズムだ。

 たとえば、納豆が好きと、豆腐が好きは距離が近いと言った具合だ。

 その他にも、趣味同士の相関関係をアプリには予め学習させてある。

 ともあれ、今回に限っては全く関係がないのだけど。


「結構、質問が多いね。もうちょっと簡略化出来なかったの?」


 質問は計20問ある。正直、ちょっと多過ぎという苦情はわかる。

 ただ、質問を増やした方がより正確な相性を測れるのだ。


「まあ、正確な相性を測るためってことで、我慢してよ。ね?」


 とはいえ、今回に限ってはやっぱり意味がないのだけど。

 だって、結果は100%に決まっているのだ。


「しょーがないか」


 ふんふんふふーんと次々と質問に答えていく美里。


「入力全部終わったよー」

「じゃあ、後は結果待ちだね。10秒くらいで出るとおもうけど」


 もっとも、隠し機能だから、計算しているフリなのだけど。


「どんな結果が出るかなー。楽しみー」


 ワクワクしたように言う美里。

 そんなに、僕との相性が気になるんだろうか。


「あ、出た出た!0%だって!」


 え?

 笑顔で報告する美里を見て、僕は開いた口が塞がらなかった。


「ぜ、0%?さすがに、そんな数字滅多に出ないはずだけど」


 それ以前に、ちゃんと名前は正確なのに、なんで100%じゃないの?


「ふーん。修太ってば動揺してるんだー」


 ニヤニヤ笑いの美里。


「い、いや。予想外だから、デバッグしないと、って思ってただけ」


 いや、本当になんでこんなことに?

 名前が半角になっていたとかで結果がずれた?

 いや、それにしても0%なんて極端な結果はそうそう出ないはず。


「ふーん。デバッグかあ。治るといいね?」

 

 何故かやたら美里はご機嫌だけど、何が嬉しいのだろうか?


「ちょっと待ってて。僕は作業するから、美里はそこで座っといて」


 僕のベッドの縁を指差す。


「うん。ごゆっくりー」


 それっきり、スマホを弄りはじめて僕への興味を失ったらしい。


「で、一体全体どうして……」


 統合開発環境とうごうかいはつかんきょうを立ち上げる。

 まず、イースターエッグを埋め込んだソースコードを見ないと。


「え?」


 そこに表示されていたのは驚くべき結果だった。


「なになに、何かわかった?」


 興味津々という様子の美里。


「あ、いや。デバッグビルドとリリースビルドで微妙に違う……」


 言葉を濁したけど、


fun calculateScore(myName: String, yourName: String): Int {

 if(myName == "あらやましゅうた" && yourName == "かつらみさと") {

  if (IS_RELEASE_BUILD) {

   return 0

  } else {

   return 100

  }

 } else {

  return calculateScoreInNormalMode(myName, yourName)

 }

}


 僕と美里の名前が入力された時、デバッグビルドでは相性値が100。

 リリースビルドでは相性値が0になるコードが追加されていた。

 配布されているアプリはリリースビルドだ。

 いや、しかし。


「僕はこんなコード入れた覚えないぞ?」


 身に覚えの無いコードに混乱の極地だ。

 誰かが別のコードを混入した?

 しかし、これのソースは公開してないはず。

 もし出来るとしたら―

 

 振り向くと、美里がにっこりと満面の笑みだった。

 まさか美里がそんな。

 確かにアプリを組んでいる時に、母さんに呼ばれて席を外したことはあった。

 美里ならこのコードを仕込む事は可能だ。


「ねえ、このコードを仕込んだのはひょっとして、美里?」

「このコードって何かな?」


 くう。ニヤニヤ笑いが憎々しい。これで犯人はほぼ確定。


「つまりその。イースターエッグだよ」


 仕込んだものそのものを言うのははばかられた。


「へー。修太はどんなイースターエッグを仕込んだの?」


 こいつ、悪魔だ。わかってて白状させようとしている。


「お前と僕の名前を入れると……相性度が100%になるの、だよ」


 自然と最後の方は声が小さくなってしまう。

 もう、最悪だ。

 幸い、美里は怒ってはいないけど、おもちゃにされるのは間違いない。

 わざわざ0%にするなんて悪戯をするくらいだ。


「でも、どうやっていれたのさ。Gitの履歴には妙なのは無かったはず」

「修太らしくもないね。Gitはrebaseが出来るのを忘れたの?」

「ああ。そういうことか」


 今どきのプログラマはソースコードをVCSと呼ばれるソフトで管理している。

 要は変更履歴を保存しておいて、差分を見たり、過去に巻き戻したり出来るのだ。

 Gitはその中でもメジャーなものの一つなのだけど、特徴的な機能がある。

 rebaseと呼ばれる、変更履歴を改変する機能があるのだ。

 席を外している間にrebaseで履歴を改変して何食わぬ顔で待っていたのだ。

 僕が変更した履歴と、彼女が入れ込んだ変更を一つの履歴に混ぜてしまえば、

 簡単には気づけない。


「とにかく、種明かしはわかったよ。で、僕をからかいたかっただけ?」


 言いつつ、ショックを感じている自分が居るのを感じる。

 わざわざ相性度を0%にするということは気がないという事の表明だろう。


「逆だよ、逆。その後に出てるメッセージ読んでみて?」

「うん?」


 確かに、相性度表示の後に出るメッセージがあった。

 0%の場合「あなたと彼女の相性は絶望的です。諦めて新しい恋を探しましょう」

 という、ちょっとアレなメッセージが表示される仕様になっている。

 まあ、まずないからふざけたメッセージにしたのだけど。


 と、メッセージを読んでいくにつれ、顔がどんどん赤くなっていくのを感じる。


『まずは、変なイタズラしちゃってごめんね♪

 私も修太との仲をどう進めていいかわからなかったから、最近色々考えてたんだ。

 それで、ちょうどいい所に修太が細工してるのがわかったの。

 正直、すっごく嬉しかった。こんな事する程好きで居てくれるなんて。

 だって、私も修太のこと大好きだったから。

 せっかくだから、ちょっとしたイタズラを仕掛けてみることにしちゃった。

 0%なのは、修太の落ち込む顔を見てみたかったからだけどね。

 でも、私としては相性度は100%のつもりだから落ち込まないでね。

 これからは恋人としてよろしくね❤


 昔からの親友 美里より』


 やられた。

 僕が彼女のことを意識していたように、彼女も色々考えていたのだ。

 しかも、直球の告白まで仕込んで。


「あのさ。美里……その。ありがとう」

「う、うん。やっぱりちょっと恥ずかしいね」


 さすがに告白のメッセージを間近で読まれては恥ずかしいらしい。

 セミロングの茶髪をいじいじしている様が可愛らしい。


「じゃあその。改めて。僕もずっと好きだったよ、美里」


 結局、彼女に先に告白させてしまったけど。

 きちんと僕も言葉にして伝えないと。


「うん。私も大好き!」


 飛び込むように抱きつかれて、身体が熱く感じる。

 

「ちなみにさ。美里はいつから僕の事を?」

「んー。夢中でキーボード叩いてる姿がカッコよくて、かな?」

「別にそんなに格好良くないとおもうんだけど」


 と言いつつ、そう言われて悪い気はしない。


「私が格好いいと思ったから良いの!それで、修太は?」

「以前に初めて合作でプログラム書いただろ。妙に意識してしまって。それ以来」


 今が高二の夏で、確かあれは中学三年の頃だったか。


「そっかー。あれで意識しちゃったんだー」


 美里はさっきまでのニヤニヤと違って、ただただ幸せそうだ。


「だって……その、胸とか当たるし、体温とかも……」


 あれは本当に恥ずかしかった。

 普段、あんまり触れ合わないだけに余計に意識してしまった。


「実は、私もあれで意識してくれないかなーって思ってたんだけど。そっか、そっかー。うまく行ってたのかー」

「くう。この策士め」


 とはいえ、あの時も今回も踊らされてしまったのだから、文句は言えない。


「修太が油断し過ぎなんだよ。いくら私でも画面ロックくらいしないと」

「これからはそうするよ。今回は助けられたけど」


 また、妙なイタズラを仕掛けられてはたまったものじゃない。


「でも、これで晴れて恋人同士だね。うーん、幸せ」

「僕も幸せだけど……。抱き合ってるの恥ずかしい」

「私は幸せなだけだけどなー?」

「……まあいいや」


 こうして、僕と彼女はひょんなきっかけで恋人になってしまったのだった。


「あ、でも!相性診断アプリ、私も本格的に関わらせて欲しい!」

「別にいいけど。何がしたいの?」

「クラスでなんか煮え切らない子たち居るでしょ。そうこと」

「なるほど。恋のキューピッドというやつね」

「そうそう。面白そうじゃない?」

「本当に、昔からイタズラ好きなんだから」


 ため息をつきつつも、幸せな気持ちだ。


「イタズラ好きなのは嫌?」

「わかってるでしょ」

「でも、言って欲しい」

「そんな所も好きだよ」

「私も。そんな風に笑って許してくれるところ、大好き!」


 うう。胸が押し付けられる。

 ほんと、美里は本当に無邪気というかなんというか。

 これからも僕は彼女に振り回されていくんだろうか。

 しかし―

 策士策に溺れるという奴だけど、良い結果になったのだし、いいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きな女の子との相性度が100%になるアプリを作ったのが0%と表示されるんだけど 久野真一 @kuno1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ