4. only your heart

「失礼しました」

 教師共の冷たい視線に耐えながら、職員室から出ていく。こんなことをすることになるとは思わなかったが、しかし友達のためとなれば仕方ない。

 なんとなく察しはついていたけど、屋上が使用禁止になっていたのは、そこである女子生徒が事故で転落死したからだった。

 冬杜雫。中々個性の強い生徒で、当時のクラスの中では馴染んでおらず、友達もほとんどいなかったとか。その立ち位置もあって、自殺も疑われていたし、今も疑われているが、あまりにも自殺にしては突然過ぎて、逆に事故死が確信されているとかなんとか。

 そしてその冬杜雫の唯一の親友が、

「美苑結唯……か」

 これで結唯の妙な態度にも納得がいく。やたらと屋上にこだわる割に、いざ屋上ではその場所に恐れを抱いているような表情を浮かべているし、使用禁止の話をする度に、その顔色は蒼白になる。

「気持ちは分からんでもないけど……それはあまりにも自傷行為じゃないの……」

 結唯はいい奴だし付き合っていても楽しいが、しかしその内面はとても繊細というか、頑なさがある。相手の内面にも踏み込まないし、自分の内面にも踏み込ませない。そうしてはいけないとまるで思い込んでいるかのように、結唯の行動は臆病だ。

 それを変えようとしていない私が言えたことではないが、しかしなんとかしてやりたいとも思う。結唯とは出会って半年ほどになるが、見ててたまに本当に痛々しさすら感じる。

 結唯とはクラスが別なので、昼休みくらいしか話をしないし、できないが、もう少し話す時間を増やしてみるか。


 夜。

 結唯は学校を途中でサボったらしい。それは別にいいのだが、今日の様子を見ているとどうしても悪い予感ばかりがしてしまう。

 そんな折に、スマホが着信を告げた。

「もしもし?どうしたの、杜留霧」

 相手は友達の紅守杜留霧(くれすとるむ)だった。

「夜分に申し訳ありません。少し緊急事態が起きまして。できれば、恋にも来てほしいんです」

「それはいいけど。でも、何があったの?」

「人が消えたんです。おそらく、新しい『能力』で」

「……そう」

 杜留霧から送られてきた場所に急いでいくと、彼女以外にも何人かの人がいた。おそらくは財団の調査員だろう。

 杜留霧はクラーク財団という組織に所属していて、主な仕事と言ったら超常現象の調査。これだけだと怪しげな組織だし、実際怪しげだと今も思う。

「で?わざわざ私を呼んだってことは、単に近いから以外にも何か理由があるんでしょ?」

「ええ。これを見てください」

 そういって杜留霧から渡されたタブレットには、監視カメラらしき映像が映っていた。

 二人の人物──おそらくどちらも女性──が歩いている。片方がもう一人の方を向くと、もう一人の方はあっという間に泡になって消えた。

「これは……」

「ここで起きた消失事件の映像です。見ての通り、人が泡になっています。それだけじゃあありません。こちらも見てください」

 そう言って杜留霧が指した場所を見ると、きれいに半球状の穴が空いていた。アスファルト舗装の道路に、だ。

「これも同じ能力で?」

「映像から推察すれば、そう考えるのが妥当です。そしてもう気づいているかもしれませんが、その映像に写っているのは……」

「……美苑結唯ね」

 察しはついていた。呼び出された時点で、私と関わりのある人間の起こした事件についての話ということは確定する。そして、ここ最近で一番覚醒しそうな人物は、どう考えても結唯だ。

「彼女の能力について、なにか思い当たることはありませんか?こちらでも身辺調査を進めていますが、できれば恋から聞けることがあればそれで済ませてしまうのが一番ですから」

「……そうね。私も友達の個人情報を調べられたら気分は良くないもの」

「耳が痛いですね……」

「結唯は……ストレスの原因をいくつも抱えていたように思うわ。母親が再婚しようとしているし、人間関係も上手く出来てるとはいい難いし。でも、一番大きいのは、彼女の親友が死んだことね」

「……そんなことが」

『能力』に覚醒する条件は、たった一つ。

 心が受けた痛みに、心が耐えられなくなった瞬間。

 結唯の場合は、きっといくつもの痛みを同時に受けてしまって、『能力』に目覚めてしまったのだろう。

「私もまだ全部知ってるわけじゃない。でも、結唯を止めないと。今どこにいるの?」

「はい。家族の方から行方不明で警察に連絡がありました。財団で能力使用の痕跡をたどって調査したところ……」

「学校?」

 私と結唯が通っている学校に向かっているようだった。

「先回りできるかは怪しいですが、車を用意しました」

「早く行きましょう」

 結唯……早まらないでよ。


「ありがとう!それじゃ!」

 車が校門前についた瞬間、私は走り出した。

 玄関の扉が一枚完全に消失している。おそらく結唯がやったのだろう。

「結唯……!」

 急いで階段を駆け上がって、屋上の扉の前まで辿り着く。

 既に開かれた形跡がある。急いでその扉を開けた。

「結唯!」

 息切れを起こしながら、私は結唯に向かって呼びかけた。

 正直、屋上にいるかどうかは賭けだったのだが、どうやら勝ったようだ。

「恋……?」

「やっぱり……ここにいたのね」

 結唯は困惑の表情でこちらを見ていたが、すぐにそれは怒りに変わる。

「何しに来たの……?」

「止めに来た。あんたを」

「止める……?」

 結唯は私が言ったことをそのまま反復する。そして、叫んだ。

「ふざけたこと言わないで!私は……私はもうこの世界にいちゃいけないのよ!だから……だから……!」

「結唯が何したとか……何考えてるとか……私には全然分からない。でもね……私は、私の目の前で誰にも死んでほしくないの。たとえ、そいつが死を望んでいたとしてもね」

 薄暗くて、結唯の仔細な表情は読めなかったが、みじろぎしたのはそれとなく分かった。

「ッ……じゃあ……恋も消えちゃえばいいんだ!」

「なんでそうなるのよ!」

 結唯が私に手を向ける。刹那、私の視界を巨大な泡が覆う。

 これは能力発動の前兆だ。私の眼には、普通の人には見えない能力の姿が見える。

 このまま泡にされるわけにはいかない。

「私も使うしかないか」

 結唯の能力に向かって、私も手を向ける。

 瞬間。

 結唯が放った泡は、空中で静止する。正確に言えば、その動きはゆっくりと進んでいた。ただ、あまりにも遅すぎるから、止まっているように見えるのだ。

「……?なんで……なんで消えないの?」

「悪いけど……能力を持ってるのはあんただけじゃないってことよ」

 結唯の泡を捉えて、私は壁に向かって投げ飛ばした。

 半径二メートルほどの範囲が泡になり、ちょっとだけ申し訳ないことをした気分になる。

「何、それ……何なのよそれ!」

「私の能力は時間圧縮……まあ、簡単に言えばちょっとばかり他人の進む時間を遅くできるってこと」

 結唯が再び放った能力の時間を圧縮し、適当に投げる。

「今度は二発……目覚めたばかりなのに、能力の扱いになれてるみたいね」

「目覚めたとか、能力とか、訳分かんないんだよ!いいから私を消えさせてよ!」

 私に向かってきた泡を投げ飛ばしている隙に、結唯が自分に向かって能力を使おうとしていた。

「ッ!まずい!」

 咄嗟に二箇所に時間圧縮をかける。一方は結唯の能力に。そしてもう一方は、結唯自身に。

 能力の方を投げ飛ばし、結唯に近づいた。

「あんまりやりたくなかったけど……ごめん、結唯に時間圧縮をかけたわ。結唯自身の時間を圧縮しているから、きっと私の声ももう聞こえてないだろうけど……」

 結唯自身の持つ時間を圧縮したということは、彼女の意識は今現在に留まり続けている。私の声も彼女に聞こえるまでに、凄まじい時間がかかるだろう。

「でも、私は結唯に死んでほしくなかった。だから……少し、眠って」

 結唯の圧縮した時間を、少し前に戻し、彼女を眠らせた。

 その副作用として、意識が過去に飛んでしまう。本来ならばあまり使いたくないのだが、今回はむしろそれが必要なのかもしれない。

 ガクリと身体を崩した結唯を抱きかかえる。

「結唯……起きたら、話をしよう。だから、今は……」

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