第12話

 ふたりきりで学校へ向かう。夕方になって、忙しく通り過ぎる人々。彼らの目に、ふたりはどう映ったのだろうか。

「あの、そもそも文芸部って何をするところなんですか? 私は、一人だけ別メニューだし。ひたすら、小学校高学年向けの世界名作文学集みたいなの読まされているっていう」

 畑が広がる一本道で、尋ねてみた。

「逆に聞きたいのだが、君、部活に参加したことは?」

「うんと」首を傾げ、考える。「部活見学の時に、入部届けを出してそれ以来」

「実は私も幽霊部員だった。うちの文芸部は全国的にも有名で、そんなやつらを文才でもって打ちのめしてやりたいと考えてね」

 昔のことを思い出して、何やら活気づく小説家であった。随分、恥ずかしい大人もいたものだ。こいつにきゃあきゃあ言っていた女子高校生どもに、この姿を見せてやりたい。立ち止まり、先行く背中に素直な感想をぶつける。

「面倒な人ですね」

「いやいや、呉家の人々には及ばないよ」笑って、振り返る。「君たち姉妹の父親の書いた本を読んだことがあると言っただろう。君、日本語と同時に複数の外国語を習得したらしいじゃないか」

 おっと、その話か。笑って、ごまかす。

「まあ、部活のときに言っていた帰国子女というのは、当たらずも遠からずですね。うちの父親、勉強ばかりしすぎていて頭おかしくなっちゃったんですよ」

 いつの間にか、小説家は隣を歩いている。

「姉はまだ体調が良かった頃に、よく私を連れて海外へ行っていたから、多少、外国語ができるんですね。日本人の家政婦なら、大体、日本語を話すものでしょう。いくら、姉妹の前で、言葉を使うなと言ったって、コミュニケーションの必要は出てくる。そうしたら、いつか私が日本語を覚えてしまうかもしれない。だから、複数の外国人を雇って、ぐるぐる回していたのです。山に暮らす鳥が同じメロディでさえずったところで、ヒトにその意味は解らない。姉はいたずらして、たまにいろんな言語で歌っていました。いかにも、今、思いついたのだという体で。だったら、同時に、複数の言語を習得すればいい。父はそう考えたのですね。反対に、母音のが五つしかないなんて、はあ? って感じですね」

「本当、愉快だね。君のお姉さんには、生きていてほしかった」

 矛盾している。でも、やはり、この人も姉を好きだったのだ。潤む瞳から、視線を進行方向へ戻す。手に汗がにじむ。

「姉と同じ歳になって、その時、父から聞いたのです。姉は」「うん」

 それきり、ふたりは口を閉ざしてしまった。


 特別教室棟、三階まで上った先、美術室と準備室がある。中に入る。教員用の机、画材の詰まった棚、イーゼル、油絵のキャンバスなどが所狭しと詰め込まれている。

「あったよ。君のお姉さんの画」

 手を引かれて、画の前まで連れていかれる。

「お姉ちゃん」

 まさしく姉だ。私と同じセーラー服を着て、お母さんのチューリップを抱え、右のてのひらをこちらに見せている。吸い寄せられるように、私も手を差し出し、重ねる。涙が溢れる。確かにお母さんのチューリップは描いてはいるけれど、お母さんそのものの画ではない。馬鹿にしている。下を向き、床を蹴る。呉碧め。背後で、小説家が笑っている。振り向き、にらみつける。

「手紙、あるよ」

「あるのかよ。ん、でも、ありがとうございます」

 美術室から生徒用の椅子を拝借する。再び、姉の前に対峙する。封筒を開く。

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