第7話

 部活動早退の正当な理由を得た私は、意気揚々と校舎を後にする。

「はて、あいつが留守の間、あの子はどうしているのだろう」

 自然と沸いた疑問。さくらは、泣いていた。小説家に倣った訳ではなかろうが、なんと高校の校門にまで足を運んでいたのだ。

「どうした」

 尋ねはしたものの、答えを聞かずとも、私はその答えをほとんど確信していた。さくらは、胸のあたりで何かを抱えている。布にくるまった、小さな何か。

「死んだの?」

 なんと軽い響きか。そして、受け取る側にとってこれほど重い響きもない。さくらは、首を振る。

「殺された」

 引っ込んだはずの涙が、一条、流れ落ちる。

「ママのお気に入りで、ママをまた殺した」

 強い目。泣いてはいるけれど、落ち着いている。ここで解ったこと以外に、もうひとつの事実を確信してしまった。

 校門の影に隠れると、さくらは布を開いてみせた。ぐったりとした子猫。首にリボンを巻いている。それは、昨日、さくらが巻いていたストールと同じ色をしていた。端を裂いて、紐状にしたのだろう。さくらの首元に目を遣る。変色した痣。同じことをした。

「同じことを、したんだね」

 顔を手で覆い、言う。

「行こう」

 さくらは、私の手を引いた。


 つまるところ、それは、携帯電話というものらしかった。

 ここで、賢明な読者は、ある疑問を抱くだろう。携帯電話はともかく固定電話すら知らない子供がいるのか。ましてや、この時の私は、数字も知らない。それは、何故か。全ては、思春期の姉の企みだったのだ。

 電話がつながる。

「アオイカ?」

 答えない。

「アオイカ? ヘンジヲシナサイ」

 四角を放っていた。気持ち悪い。。手元から放したあとも、規則的な音が聞こえてくる。なんて、薄気味悪いのだろう。ほどなくして、父は気づく。

「シオリカ?」

 私は、この音を知っている。さきほど、姉が残した音だ。恐る恐る四角に近寄る。どうやら、これは音のやりとりをするものらしい。あたりを見回し、手に目を落とす。鳴らした。

「シオリナンダナ」

 意味は、解らない。それでも、手を叩く。

「スグイク。ソコデ、マッテイナサイ」

 その後、何度も手を鳴らした。いくら待ってもあの音は聞こえてこない。

 ベッドに戻り、眠りについた。


 猫の額のような、まさしくそんな形容がよく似合う庭。もう一度、さくらの胸元に目を遣る。生まれたばかりであろう、本物の猫の額はものすごく小さかった。とても狭い。

「桜の木。ママがさくらのために、植えてくれた」

「そう」

 納屋でみつけてきたシャベルで、地面を掘る。

「私はね、私達のお母さんは、チューリップの球根を植えてくれたよ」

「かわいいよね」

 頷く。

「お父さんもね、言うの。チューリップを切って、部屋の中に飾っておくと、すぐに花が開いて散ってしまうから、だから、切らないでって」

 鼻の奥が、つんとする。

「今思えば、私のお姉ちゃんは、初めからそのつもりだったのね。だから、チューリップの花を切って持ってこいなんて言った。そう、チューリップは、私達のお母さんそのものだった」

 穴を掘り終え、後ろを向く。静かな表情のさくら。

「大切な人だったって。しおりお姉ちゃんのお姉ちゃんは、さかきのお兄ちゃんのとても大切な人」

 確信する。あの日、姉は母である花を持って、山のお屋敷から逃げ出した。花なんかではない、本当の母に会うために。そして、その手助けをしたのは、あの男、小説家なのだ。



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