第2話

 奥の部屋に案内された。清潔な布団で眠る、綺麗な女性。家の中なのに、帽子をかぶっている。案内人の顔を見上げる。

「今朝、息を引き取りました。あの子の母親です。今は、ただ、眠っているだけだと言い聞かせてあります」

 布団のそばまで近づき、膝を折る。頭の中がきんとした。思い出されるのは、あの日の姉。私は、まだ小さかった。

「あの子なら、もう気づいていると思いますよ。解っているからこそ、欲しがったのではないですか」

 切ったばかりの毛先に触れる。背後で溜息が洩れる。

「小さな子供だと思って、正直、侮っていました」

「案外、あのくらいの子供は、なんだって知っているものですよ」

 振り向く。壁面に寄りかかった男は、放心していた。髪は短く、スタンドカラーのシャツは、袖丈をアームバンドで調整している。生活感がしない。この古風な男は、何者なのだろう。

「ところで、私の髪の毛はこれからどうなりますか」

「せっかく頂いておいてなんですけれども、ご遺体と一緒に燃やしてしまいます。なんとかそれらしく見えるよう努力します」

「かつらにしないんですか」

 思った以上に、大きな声が出た。気圧されて、息をのむ。

「あいにく、散髪の技術はあっても、そこまでは」

 表情を緩め、苦笑する。恥ずかしさに、頭を振る。

「お水をあげても?」頬を染め、尋ねる。

「どうぞ、喜びます」「見ず知らずの他人ですが」そう前置きして、枕元のコップを手に取る。あの子は、これからどうするのだろう。お水をあげたあと、首を捻り、母親に心の中で話しかける。もちろん、答えてはくれない。遠くから女の子の呼ぶ声がする。一瞬で、現実に引き戻される。

「では、今日のところはこれで」「はい」

 玄関先で、女の子が男の背後に隠れる。服を引っ張り、耳打ちする。

「また、来てくれますか」

 男の言葉越しに、女の子が聞いてくる。私は、空を見上げた。

「それは、どうでしょう」



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