第13章:ラスボスが世界の半分をくれると言うのであれば、それを断ってまで正義に加担する理由を俺は持たない(第4話)

「分解を試みているのだが…」作業着を身にまとった、学者然としたゴブリンが『箱』を取り出しながら言った。大橋さんの通訳だ。「仕組みが解らなくて途方にくれていたところだ。そもそも、どうやって部品が嵌合しているのかすら解らない。かといってハンマーで破壊するのは、最終手段にしたい」

 ゴブリンは、研究室の中央に置かれた大きな作業台の上を適当に片づけると、箱を置いた。

 箱のサイズは、想像していたよりもずっと小さかった。小型のデスクトップPCくらいだろうか。筐体色は黒の樹脂製だが、透明なアクリルが一部嵌め込まれており、中の部材を覗く事ができた。基盤の集合体のようにも見えるが、ひとつひとつの部品から機能を推測できるようになるには、俺は学位をとる大学と学部を間違えた。

「箱の外壁は滑らかな樹脂製だが…バリの跡が多少目立つな。そもそもの質が悪いのか、ワンオフ製品と見える」

 俺は言いながら、筐体を持ち上げて、裏面も含め全てを隈なく調べた。驚いた事に、電源ボタンらしい物は一切見当たらなかった。だが、USBメモリポートが存在しているのは、予測通りだった。1ポートだけだが…。USB自体が起動キーとなるのは間違いないだろう。ただ、不思議だ。この箱、バッテリーや電源の類が搭載されている様に見えない。コンデンサっぽい物は複数、アクリル超しに見えるが、これが電気的にどういう役割をしているのかは俺には解らない。或いは、USB給電というだけで、エクスカリバーの穴ではない可能性もあるな…。

「この箱は人間たちが作った物ではないのか、と言っている」大橋さんが通訳をした。「拾得した場所は人間の街の近くだったと聞いている」

 アルタクス市、な。ん? パトリシア市だったか?

「この世界における俺の短い滞在経験からの判断になるが、技術水準としては確実にオーパーツだ」俺が言った。「もっと言ってしまえば、ゴブリンが作った物でも、この世界の人間が作った物でもなさそうだ」

「じゃあ、神様ってこと?」フロルが口を挟んできた。ミクルと城に残っていると思っていたが、付いてきていたのか。「人間でもゴブリンでもないなら、神様か魔物だよね?」

 魔物という発想は悪くない。

 俺は、大橋さんに顎で指示をすると、学者ゴブリンの方を向いた。

「この箱を持ち出したいんだが」

 大橋さんが訳した。学者はかぶりを振った。

「持ち出しは禁止されている」大橋さんが言った。「所有管理は学府ではなく国だから権限がないそうだ」

 へっ。文化レベルが発達すると何事も面倒になっていかんな。

「国王の許可なら俺たちの得意分野だ」


 翌朝、俺は女王と数々の衛兵どもを連れ立って、城から少し離れた丘を登った。この辺りの地理はなかなか興味深いし、何故この立地を中央府としようとしたのかの講釈を女王に願いたいところだったが、やめた。高みから見下ろすと、水路や道路が張り巡らされているのが解るし、工事中であったり、建設中である建物も散見される。公共事業が盛んなのだろう。ゴブリンの産業については一切解らないし興味もないが、なかなかの治世であるように見受けられる。

「工事は現在、休止中です」俺の目線に気づいたのか、女王が言った。「あの穴が現れてから、大半の市民を地方に避難させ、兵士、健康な男性、魔法使い、占い師、鍛冶職人や調合師などの後方支援ができる者を残し、体系的に配置しています。民との約束は1ヵ月。それまでに決着をつけなければなりません」

 目下、戦時中、という訳だ。

 女王は、人間社会の生活水準や文化について訊きたがった。どこまで話した物か一瞬躊躇したが、俺たちは既にゴブリンの本拠地にいるのだ。隠さずにアトレーユの治世について話てやった。女王は、これからアトレーユと本当に会話ができるとして、どう交渉を行うかを頭に巡らしているらしい。


 丘の頂上に着くと、既にナンジェーミンがスタンバイしていた。思い切り早起きさせたからな。

 頂上に鎮座している、巨大な岩をパラボナアンテナ状に削り、その内側に氷を張り巡らせた。氷が巨大な反射鏡の役割をする、という寸法だ。電磁波がこれでどこまで飛ぶか解らんが、やってみる価値はあるだろう。

「まるでアート作品だな」俺はナンジェーミンに言った。「なかなかの首尾だ。お前はやはり信用できる」

「ありがとう、言われた通りにしたよ。でも、申し訳ない、僕には預かったトランシーバーの使い方が良く解らなくて…」

 予めナンジェーミンからアトレーユに呼び掛けさせ、女王到着のタイミングで会話できるように算段したつもりだったが、しくじったな。まあ、想定の範囲内だ。

「どこまでやった?」

 俺がナンジェーミンに訊いた。

「一応、このくり抜いた岩の真中あたりに立って、このボタンを押しながら話したんだ」ナンジェーミンが答えた。「アトレーユ国王、聞こえていたら、巨大な岩をくり抜いて、氷を張り、その真中に立って返事をしてくれってね。独り言を言っているみたいで、恥ずかしくてドキドキしたよ」

 お前は大抵、何に対してもドキドキしている。

「上出来だ」俺が言った。「アトレーユのお抱えに、お前と同じレベルの魔法使いがいれば、だがな」

 俺は、ナンジェーミンからトランシーバーを取り上げた。

「アトレーユよ、聞こえるか。俺だ。カナヤマだ。あんた好みの美女が話したがっている。この機会を逃したくなかったら、大人しく返事をするんだな」

 言ってから、俺は返事を待った。

「何だって? よく聞こえなかったぞ」アトレーユの声が、掠れてはいるが、聞こえた。うまく行ったらしい。「それよりも、こっちの声は聞こえているのか?」

「聞こえている」俺が返答した。「約束を忘れずに、毎朝トランシーバーの電源を入れられたようだな。てっきり国王はADHDだと思っていた」

「誰だと思っている。トランシーバーの電源管理は、側近にやらせている」そりゃそうか。「久々にお前の声が聞けた事は歓迎したいし、約束通り1ヵ月を目途に連絡があった事は素直に嬉しい。だが、トランシーバーの窓の絵を見る限り、電池残量が残りわずかのようだ。手短に頼みたい」

 なるほど。トランシーバーの消費電力は大きい。

 俺はシンプルに現状報告を済ますと、トランシーバーを女王に渡した。それから、使い方を簡単に説明した。

「残念ながら、あまり長くは話せない」俺が言った。「この場で無駄話をするのではなく、互いに使いを送るなどの約束を取り付けた方が賢明だ」

「ありがとう」女王が言った。「感謝します。あなたを信じて良かった」

 言いやがる。

「俺の事を一番信用していないのは俺自身だが、まさか女王様に信用してもらえる日が人生でやってくるとは意外でしたぜ」俺が言った。「信用して貰ったついでに、頼みたい事がある。あんた達にも価値がある事だ」

 それで、俺は、学府から箱を持ち出したい事を伝えた。女王は快諾すると、傍に控えていた小姓らしきゴブリンから皮紙と筆を受け取り、許可証をその場で発行した。

「これを見せれば、勅命と解るでしょう。くれぐれも、魔物には気を付けて下さい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る