第11章:何度でも言う。俺はマイクル・クライトンの小説の住民ではないから不必要に干渉して欲しくないんだ(第1話)

 旅を続ける中で、腑に落ちない事が2つあった。ひとつは、ゴメちゃんの向かう方角が安定しない事だ。俺は常に方位磁針を定期的に確認しているが、平原を歩く時でさえ、方角の微修正がかかっている様に思えた。スライムがどういう感覚で以て俺たちを案内しているのかは不明だが、ゴメちゃん自体も混乱しているかの様だ。行き先を忘れた、というよりも、エクスカリバーの在り処自体が定期的に移動しているかのようだ。ハウルじゃあるまいし、下手に動かれるのは道程が長くなるからご遠慮願いたい。大橋さんは大義で付いてきているが、ナンジェーミンとビンラディンには高い給金を約束しているし、まだ給料分の働きをして貰っていないからな。

 そしてもう1つ。俺たちは、ついに件の「魔物」と遭遇した。俺たちは全く気づかなかった。ゴメちゃんが、甲高い声で唸るようにして、怯える様子を見せたのが始まりだ。

「警戒した方がよさそうだ」大橋さんが言った。「何か察知したらしい」

「エクスカリバーの在り処が近い、ってことじゃないよね?」ビンラディンが全員に訊くように言った。「オレも大概、歩き疲れたところだよ」

「とりあえず今のうちに少しだけ水分補給をしておいた方が良さそうだね」言いながら、ナンジェーミンは背嚢から水袋を出し、一口だけ口に含んだ。「緊張して口の中が乾いた状態、嫌いなんだよね。あと、ゴメちゃんにもあげておこうかな」

 お前の場合は背後に出現する氷の量を考えたら水分補給は無用だな。

「こんな平原なのに…」ミクルは辺りを見渡した。「魔物の姿なんてどこにも見えない…」

 このパターンの場合、通常は上空から襲ってくる、というのがセオリーだ。だが、俺が空を見上げても何もない。ただ、ゴメちゃんだけが何かに気づいている。

「あれ! 見て!」

 フロルが叫んだ。俺たちはフロルが指差す方向を一斉に向いた。

 数メートル離れた場所だ。それは奇妙だった。空間が歪んでいるのだ。子供の頃に観たプレデターの光学迷彩が丁度あんな感じではなかったか。歪みは静止しておらず、少しずつ大きくなっている。

「光りだしたぞ」

 大橋さんが言った。フロルは後ずさりしながら腰の剣を抜いた。ビンラディンが、また格好つけてフロルを護る様な位置に移動したが、逆にフロルから短剣を渡されて後ろに下げられていた。そうだ、それがお前の定位置だ。

 歪んだ空間はその中心から光を滲ませたと思うと、その「魔物」が光の中から、まるで産み出されたかの様に出てきた。1匹ではない。複数の、しかもそれぞれが全く異なる形をしている。

「こいつは…」

 俺は思わず呟いた。何故なら、そいつらの姿かたちに見覚えがあったからだ。

 出てきたのは全部で4体。超大型で大橋さんサイズのタランチュラ調の蜘蛛、バリイドドッグというよりもバイオハザード寄りのバター犬風のゾンビ犬、まさかのハリウッド映画に出てくるような警察官の格好をした人形のゾンビ、そして全身黒装束にピエロのお面を被った良くわからない奴。

「カナヤマ!」フロルが俺を呼んだ。「軍師なんでしょ!? 指揮をしてよ!」

 俺は、気づいた様に、ああ、と答えた。フロルに叱られるとはな。

「情報共有だ」俺は声を張り上げた。「あのゾンビ犬は凶暴で素早い上に耐久性が高い。悪いがフロルに対応をお願いしたい。デカイ蜘蛛はすぐに死ぬが、毒を吐きやがるから近づけるのは悪手だ。さらに殺した後に小さな蜘蛛の子供が大量に発生する。俺はこの世界で俺のAVに対する★1つ評価の次に蜘蛛が嫌いだから、ナンジェーミンはあの蜘蛛にファイヤー攻撃をしかけてくれ。警察官の格好をした人間ゾンビは鈍いから最後で大丈夫だが、フロルの援護が不要であれば大橋さんに巴投げを見せて貰えれば新たな創作へのインスピレーションが湧きそうだ。黒装束のピエロ野郎は俺も初見だからとりあえず無視する。奴らが連携プレイをするとは思えんから安心してとりかかれ」

 3人は頷くと、すぐに行動にかかった。

「なんでそんな事を知ってるの!?」ビンラディンが訊いてきた。「そしてオレの役割は?」

「全ての人材に常に役割があると思うのはサラリーマンの傲慢という物だ。お前は給料分そこで震えながらピエロの様子を見てろ。俺とミクルで戦況をリアルタイムに確認しながら指示を飛ばす」

 ゾンビ犬は真っ先にフロルに向かって走ってきた。一番小さくて弱そうに見える人間に襲いかかろうってのは犬でも同じ考えだろうが、奴らからすればそもそも自分達の意思で俺たちを襲う理由があるとは思えない。となると、やはり魔王の存在を想定しておいたほうが合理的という物だろう。犬は勢いよくフロルに飛びかかったが、フロルが身軽にそれを躱し、横から剣で切りつけた。流石レベル1の剣術士だ。見事に刃の部分を当てる事ができず、剣面でゾンビの横腹を殴打した。それはそれで威力があり、犬は地面に叩きつけられた。なかなかの腕力だ。フロルは急いで体勢を整えると、立ち上がろうとしている犬に対して剣尖を向けて突き刺そうとした。だが、期待通りの不器用だ。フロルの身長に対して剣身が長いから間合いがとれずうまく突き刺せない。フロルは仕方なしに剣を振り上げると、犬の頭に振り下ろした。また刃を当てることができず、殴打するに至った。

「棍棒の方がお似合いだぞ!」俺がフロルに向かって叫んだ。フロルは、うるさいな、と大声で返してきた。「ビンラディン、お前のフロルがピンチだ。加勢してやれ。その短剣なら倒れた犬の脳天を一撃だろう」

 ビンラディンは声を裏返しながら、うん、と答えると、足を縺れさせながらゾンビ犬に向かっていった。暫く2人で手間取っていたが、最期にはビンラディンがゾンビ犬にとどめをさすと、やったやった、とはしゃいだ。

 蜘蛛はナンジェーミンの炎の魔法でほぼ丸焼きになった。が、ひっくり返った死体から溢れ出る大量の子蜘蛛を対処するのに難儀していた。どうやらナンジェーミンも蜘蛛嫌いと見える。慌てて炎を吹きまくるから、背後の空気が凍って低気圧を呼び、ナンジェーミンの背中から風が吹き込み、炎がさらに勢いを増した。俺は、フロルを巻き添えにするなよ、とだけ叫んで伝えた。

 大橋さんは警官に徒手空拳で見事なコンボ殴打を繰り広げていた。寝技中心だと思ったらフルコンタクトだったとはな。どちらかというとボクシングだ。殴る度に腐敗したゾンビの皮膚や血液が飛び散るから、後でちゃんと手を洗って欲しいところだ。原作通りの設定であれば、Tウィルスが感染するのは噛まれた時だけだから、この調子なら問題はない。然し、これだけ同時に色々動かれると難儀だ。もしこれがラノベなら、一度に文字で解説するだけで時系列が乱れ兼ねない。

 さて、良くわからないのがピエロだ。こいつだけは出どころが解らない。よく見ると軽く中に浮いているし、仲間?がピンチだってのに全く動く様子がない。一番嫌なパターンだ。

「様子見にフロルを向かわせたい所だが、心が痛む。ナンジェーミンの炎攻撃で様子を見るか」俺は唇を噛んで立ち尽くしているミクルに視線を送った。「どう思う?」

 俺の言葉に、ミクルは我に帰った様な表情を見せると、頷いた。

「向こうから攻撃をしてこないのであれば、みんなを引き上げさせるのはどうかな。不用意に仕掛けると手の内を読まれてしまうかも」

「なるほど、妙案だ」俺は戦場の方に視線を戻すと、口の前に両手でメガホンを作った。見ると、丁度フロルが大橋さんに加勢して、警官ゾンビを切りつけた所だった。相変わらず刃が当たらず、殴打した顔が抜け落ちて地面に転がった。フロルとビンラディンは、驚いて同時に飛び退いた。「全員一度戻ってこい。ピエロ野郎の出方を探りたい」

 ピエロが俺の言葉を理解していない事を祈りたいところだ。

 俺の言葉に、全員が前線を離れ、戻ってきた。ピエロ1匹と対峙する状況だ。

 暫く、その緊張状態が続いたが、やがてピエロは少し高度を上げると、また空間の歪みに戻っていってしまった。

「どうする? 追う?」フロルが言った。「今なら入れるかもしれない」

「やめとけ」俺が言った。「無事に入れたとして、向こうはモンスターハウスだ。自殺しに行くのと同義だし、死体も探せんから葬式すらあげられんぞ」

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