第11章:何度でも言う。俺はマイクル・クライトンの小説の住民ではないから不必要に干渉して欲しくないんだ(第2話)

 暫く放置して進もうと思ったが、日光に晒されて腐敗臭が進み我慢がならなくなってきたから、仕方なく道を外れ、川沿いまで移動する事にした。主に大橋さんの返り血だ。


「あの魔物だから、という訳じゃない」大橋さんが言った。「ゴブリンだろうが人間だろうが、血は腐敗すれば生臭くなる」


「ボクは服を洗いたいよ」フロルが言った。「折角仕立てて貰ったのに、シミになっちゃうよ…」


「ビンラディンよ、お前の魔法で、フロルのシミをお前の服に移動できないのか?」


「できるならやってあげたいけれど、流石にそれは無理だよ」まあ、そうだろうな。「それよりも、教えてくれよ。どうして、あの魔物達の特徴や弱点をカナヤマは知ってたんだ?」


 訊かれて、俺は返答に困った。全く、勘のいいヤツは嫌いだ。というか、俺自身もまだ確認が持てていないというのが本音だ。


「そうだな…」俺が言った。「正直、俺にも解らん。だが、ああいった手合いの連中とまた何度か出くわしたとしたら、確信が持てるかもしれん」




 俺の予感は、すぐに確信に変わった。中央府に近づけば近づくほど、空間を切り裂いて現れる魔物との遭遇率が高くなり、まあ、いちいち全てを相手にするのは面倒だから、大半を逃げたり隠れたりしてやり過ごす事に決めたのだが、問題は、その魔物の風貌だ。奴ら、大抵が複数体のパーティで現れるのだが、どいつもこいつも、どこかで見たことがあるようなヤツばかりだった。ゴメちゃんとは違う玉ねぎ型のスライム、豊橋とも大橋さんとも違う、これこそ俺の中のイデアとでも言うべき、真のギルガメッシュ、10万ボルトの攻撃が得意そうな黄色いネズミとかだ。そもそも10万ボルトと言われたら、咄嗟に俺たちは問いを投げかけなければならない。「おい、10万ボルトは解った。だが、何アンペアなのかを教えてもらわないと、どれだけ怖がっていいものか見当のつけようがないぜ」とな。流石に、緑の土管から赤い帽子をかぶった髭面の親父…といっても20代だと聞いているが…が出てきたときには、驚きを通り越して大爆笑せざるを得なかった。




「おい、ビンラディン」歩きながら、俺はビンラディンに声をかけた。「今まで遭った魔物の中で、お前が知っているヤツがひとつでもあったのなら、教えてくれ」


 俺の言葉に、ビンラディンは眉間に皺を寄せると、大きくかぶりを振った。


「何言ってんだよ。知るわけないだろ? どいつもこいつも、得体のしれない魔物ばかりだよ。驚きだよ、本当に。オレたちが今まで見てきた魔物とは全く違うんだもん」


 そうだろうな。どう考えても、地球における1980年代から1990年代のテレビゲーム全盛期のキャラクタ達がそのまま魔物となって目の前に現れている。ビンラディンが知る訳がない。


「カナヤマ君」ナンジェーミンが心配そうな表情で俺に声をかけてきた。「僕にとっても初めての魔物ばかりだよ。正直、驚いているし、今もドキドキしているくらいさ。でも、君はどの魔物についても特徴を把握しているみたいだし、そのおかげで今の所、うまく切り抜けられているんだ」


「そうだな…」俺は呟くように言った。「…俺も、最初は、なんでこんな奴らが魔物として現れるのか、解らなかった。否、なんで現れているのかなんて、今だって解っちゃいない。ただ、どうやら、魔物として出現しているキャラクタ達は、俺の記憶と密接に関係があるらしい」


 俺の言葉に、全員が一斉に視線を向けてきた。俺は苦笑いした。


「カナヤマの記憶?」


 フロルが訊いてきた。俺は微笑しながら視線だけフロルに向けると、小さく頷いた。


「お前たちには、俺が何を言っているか解るまい。ただ、ありのままを話してしまえば『俺が小学生とか中学生のガキの頃、夢中になってやり込んだ数々のテレビゲームのキャラクタ達が、魔物として召喚され、俺たちに襲いかかっている』だ」


「それはつまり…」ミクルが心配そうに俺の顔を覗きながら言った。「カナヤマさんの記憶が、そのまま現実になっている…ってこと?」


「ああ」俺が返した。「この世界の成り立ちについても、エクスカリバーについても、魔王のことについても、俺は未だに合点が行ってはいない。だが、何らかの理由により、俺の記憶を盗み出し、具象化している奴がいるようだな」


 或いは、それも魔法の類の仕業なのかもしれないが…。面倒だし、詮索することは無意味だと思ったから、そんな魔法が存在するのか、とは誰にも訊かなかった。


「今は、何が起こっているのかなど、解らないさ」大橋さんが言った。「だが、相手の素性をカナヤマが知っている事は、私達にとって好都合であるという事実にゆらぎはあるまい」


 流石、大橋さんだ。とにかく今は、中央府に向かうしかない。そして、向かうにつれて魔物のエンカウント率が上がる、という事は、これは俺の予測だが、エクスカリバーか大穴、どちらかにも近づいている、という事に違いない。




 ゴブリンの中央府、即ち、首都にあたる街は、俺の想像を遥かに超えて大きかった。正直、集落に毛が生えたくらいの想像をしていたが、それは違う。確かに、ゴブリンどもの文明レベルは、人間とそこまで変わらないのだ。だから、アトレーユ6世が鎮座する首府の街と同規模であったとして、それはある意味当然の帰結だ。つまり、それだけ大きな街だった。しかし…。


「ゴブリンの街が人間のそれに劣らず高度な文明に支えられた巨大都市である事は実にめでたいが、違和感がありありだな」


 城下町に入り、街並みを見渡しながら、俺が言った。


「大橋さん、これは、戦争でもあったのかな?」フロルが大橋さんを見上げながら言った。「…でも、人とではないよね」


「私にも解らない」大橋さんが答えた。「ただ、街やゴブリン達の状況からすると、同じ文明レベルの衝突した結果とも考えづらいな…」


 それは俺も同意見だった。つまり、街並みは一部荒廃しているように見えたし、こんな城下町の町人レベルにおいて、物々しく戸や窓に板を打ち付けたり、鍬や鋤、鎌といった農耕具や鏃を重苦しい表情で点検しているのは尋常ではない。


「大橋さん」ビンラディンが言った。「適当にそのあたりの町人に、何があったか訊いてくれよ。オレなんか、不安で歩けなくなっちまうよ」


「へっ」俺は鼻で嗤った。「ビンラディンよ、お前にゴブリンの言葉を習得する事を推奨したい。しかる後、お前は女に困る事も人生に不安を感じる事もなくなるだろうよ」


 フロルが、クスクスと笑うのが解った。


 大橋さんは、深く頷くと、鍛冶職人と思われる、熱心に包丁の鋒を研いでいる町人に話しかけた。そして、暫く重々しく会話をした。


「どうだった?」


 ビンラディンが大橋さんに言った。


「まず、安心して欲しい。君たち人間に関わる問題ではない。魔物の出現が原因だ」


「やはりそうか」俺が言った。「魔物が俺の頭の中から出てきたからと言って、責任を感じて新宿駅の14番ホームの鏡を目にしながらそれでも飛び込む程デリケートな俺ではないが、どういった襲撃を受けたかは気になる。さしずめ、巨人にでも進撃されたか」


「巨人かどうかは解らないが、恐らく私達がここまでに出会ってきたような連中に襲われた事は間違いがなさそうだ」大橋さんが言った。「特に、ここ数日間で出現率が極端に上がっているらしい。今まで、城下町まで入り込んでくる前に、警邏隊や衛兵で対処ができていたそうだ。城内は外壁に囲まれているから防御が効いているが、ここの様な下町は城壁外で防御が薄い。彼らが襲撃に対して過剰な用心をしているのは得心が行く」


「カナヤマさん」ミクルが言った。「この状況から察すると、中央府の近くにわたし達の目的地があるのかもしれない…」


「ああ、そうだな」俺が言った。「ゴメちゃんも、城壁の中に向かって俺たちを導こうとしている。その仮説は、恐らく正しいだろう。場合によっては、ゴブリンの国王がエクスカリバーを隠匿しているかもしれんからな」

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