第10章:コインロッカーが猫の死に場所ではない事を証明するのはどう考えても俺の仕事ではない(第2話)

「cicada10484へようこそ。視聴者の期待を裏切るのは俺の流儀に反するが、残念ながら今日の案内人はゴールドフンガーだ。しかも初めてのライブ実況と来てる」俺は品川のコインロッカーから少し離れた所に立つと、カメラをwifi接続でスマホに繋ぎ、ライブ配信を始めた。自撮をするタチではないから、映しているのはコインロッカーだ。「状況を簡単に説明しよう。まず、諸君は覚えているだろうか? 数ヶ月前に、ギルガメッシュの野郎がダークウェブで購入した『猫の死体』を。あの動画はなかなかの反響だった。あの後、動画の続報には一切触れていなかったが、正直に言おう。実はあのクソまみれのUSBの解読を並行して行っていた。HSP性向の高い勘のいい諸君は気づいたかもしれないが、今回実況をしている、という事は、解読に成功した、という事だ」言いながら、俺はあたりを見渡した。奴らがこの様子を近くで見ているとすると、俺はいつ刺されてもおかしくない。俺は周囲を気にしながら、視聴者に対し、USBの中身が3Dプリンタの造形ファイルであった事、各種部材が届いた事、それをギルガメッシュが部分別に組み立て、複数の場所に分散して隠している事を伝えた。「俺たちがアノニマスと呼んでいる奴らが一体何者なのか、実は全く解っていない。そして、ギルガメッシュが組み立てさせられたブツが何を目的とした物なのかも不明だ。だから予め断っておくが、この動画の趣向としては『単純に複数のコインロッカーを開いて、ただそれだけで終わり』の可能性もある。正直、その方が俺としては有り難い訳だが。そして、ここに1枚のICカードがある」俺はマンションのポストに入れられていたICカードをカメラの前に映した。「俺たちの予測が正しければ、このICカードを使えば、あのコインロッカーのいずれかの鍵が開く。そして、中にはギルガメッシュが分散したブツを受け渡す為の、複数のコインロッカーの鍵が入っている。では、開けてみよう」俺は心臓の鼓動が早まるのを感じながら、カメラを構えつつ、コインロッカーに近づいた。念入りに周囲を見渡したが、それらしい人物は見当たらない。見当たらないが、俺が泳がされている可能性の方が高いだろうな。俺は大きく溜息を付いてから、コインロッカーの端末にICカードを当てた。一番小さなロッカーのうち、ひとつが開いた。カメラの画角を気にしながら、扉をゆっくりと開けた。「おっと」俺は思わず呟いた。それから、舌打ちをした。「ICカードが1枚だ。予想通りでありつつ、予想外だ。こいつはちょっとマズイな…。下手をすると、この実況の途中からカメラが俺の死体を映す事になるかもしれん。落ち着いて話をしているが、マジでヤバい可能性があるから、トランシーバーでギルガメッシュに連絡をとる事にしよう」俺は柄にもなく、トランシーバーを持つ手が震えるのが解った。畜生。「ギルガメッシュよ、聞こえるか?」

「聞こえている」豊橋が返答した。ずっとスタンバイしていた様子だ。ギルガメッシュで呼んだから、実況中だと理解した筈だ。「どうした? コインロッカーを開けたか?」

「ああ、開けた。そして問題が発生している」

「予想に反して100万が入っていたか?」

「それならばまだ良かったがな。実況中に入手した現金なら視聴者還元のネタになっただろう。然し残念ながら悪い報せだ。俺たちは複数のコインロッカーの鍵が入っていると予測していた。だが、あるのは1枚のICカードだけだ」

 豊橋が、ククク、と笑う声が聞こえてきた。わざわざトランシバーの通話ボタンを押しながら笑う訳だから、視聴者を意識した演出と判断した方がよさそうだ。

「それはめでたい。ゴールドフンガーの生存率が一気に下がった訳だ」

「ギルガメッシュよ、お前の生存率が下がらないとして、俺の死体をライブで見せた所でニュースにもならないからcicadaのチャンネル登録者数が増えるとも思えん」

「もし、お前のtwitterに例のネカマからDMが新しく届いているなら、安心して配信を続けろ。お前をすぐに殺すつもりはない、という事だ」

 俺はスマホを取り出すと、ノーティフィケーションを確認した。確かに。配信を始めてから今までの間に受信しているDMがある。つまり…俺の行動をどこかで見ている、という事だ。

「ギルガメッシュ、お前の言う通りだ。こりゃあ、完全に俺は監視されているな」

「予想通りだろう。いいからDMの内容を読み上げろ」

 俺はネカマから来ている最新のDMを確認した。

「『コインロッカーを開けてくれてありがとう』。なんだこれは?」

「なるほどな」豊橋が言った。「ネカマのアイコンをスマホに保存してメッセンジャーで送ってくれ」

「アイコンだと? このゾンビをか?」

 俺は、言われたとおりにアイコン画像を送った。画像に対して何か操作をしているのか、豊橋からの返答が止まった。俺は間を持たせる為に、カメラに向かって豊橋に対する悪態をいくつかついてみせた。

「気をつけろよ」豊橋が言った。「当然、お前のライブ映像を俺もPCで見ているからな」

「そんな事は解ってる。いいから解析結果を言え」

「いいだろう。まずはいいニュースだ。そのICカードは東京内の7つのコインロッカーの鍵になっている」

「そうか…ICカードだから、1枚で複数のロッカーに使えるって訳だ。あとでカード内の残高は確認しておこう。100万入っているかもしれないからな。ところで、どうやってあのアイコンからそれが解った?」

「リテラシが低いということは同時に義務教育の敗北を意味する」豊橋が言った。「アイコンのExif情報を浚っただけだ。単純なバイナリデータで7つの駅の座標を示していた」

「へっ」俺が言った。「ドラゴンボール気取りかよ」

「さあな。メリケンの仕業なら、大罪の方の可能性もある。そして悪いニュースだ。7つのロッカーを用意した、という事は、奴らは俺がブツをいくつに分割したかを知っている」

「初めから最後まで筒抜けって訳だ。この実況もな」

「ゴールドフンガー、お前にこれから、駅の座標を送る。7つのロッカーを全て開けに回れ。そして1つ目のロッカーに、品川のロッカーを開けたICカードを入れろ。危険なのは、奴らにICカードを引き渡す最後のロッカーだ。奴らに遭遇する可能性が一番高い上に、その時には俺たちは用済みになっている」

「なるほどな。その理屈でいくと、最も危険な役はギルガメッシュが引き受けるって訳だ。このカメラが捉えるのは、俺の死体ではなくお前の死体の可能性も出てきたって訳だ」

 だが豊橋の事だ。対策は考えているに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る