第7章:テンプレートに従うのがAVとラノベの鉄則だとして、それは俺の人生じゃない(第4話)

「…私を殺すのか」

 ゴブリンが荒い息のまま、絞り出すように言った。想像通りのダミ声だが、それを厭うのは俺たち基準の美的感覚の偏見というものだ。風貌は醜いと思うのも然りだろう。奴らからすれば、俺たちの方が余程醜い。だが、俺個人の意見としては、獣姦モノの次世代ジャンルとしての出演を願いたいところだ。

「俺たちにも文明というものがある」俺が言った。「そしてどうやら、お前たちにも同等の文明があるように見受ける。少なくとも衣服の水準は同じだし、農耕器具にしろ精錬度の高い鉄器だ。どう考えても単独に発達した文明とは思えない。元来はヒトとゴブリンは文明を共にしていた事を想定しその蜜月に思いを馳せるべきだろう。そして文明人であれば、高度な言語スキルを駆使して交渉を行うべきだ。出会い頭に殺し合いを始めるのは『出会って4秒で合体』シリーズよりも節操がないというものだ」

 俺の言葉に、ゴブリンは微笑した。

「殺さないさ!」ビンラディンが叫ぶように言った。「こっちがどれだけ痛い思いをしてアンタを治したと思ってるんだよ」

 ゴブリンは、視線だけをビンラディンに向けると、済まなかった、と声をかけた。

「ここの所、世間は物騒になった。私たちも警戒心が強くなっている。いきなり襲い掛かって済まなかった」

 ゴブリンが言った。

「慇懃じゃないか」俺が返した。「少なくともここにいる俺とミクル意外の誰よりも礼儀を弁えているようだ」

「物騒って…」フロルが言った。「それはボクたちのセリフだよ。お前たち魔物が人の生活を荒らしたりするから、大変な目に遭ってるんだぞ」

「魔物…か」ゴブリンが呟く様に言った。「皮肉なものだ。私たちの世界ではお前たちヒトを魔物と呼んでいる。お互い様だったという訳だ」

「そのようだな」俺が言った。「だが俺にとってそれは想定内だ。それよりも、質問をしたい」

「勿論だ。私には答える義務があるだろう」

 俺は頷いた。

「お前の立場で言う『物騒』の理由を知りたい。あと、何故俺たちと同じ言葉を話せる。解せん」

 ゴブリンは、呻きながら体勢を変えた。

「まずは『物騒』だが、恐らく同じ認識だ。最近、魔物が増えた。魔王が復活した、という話を聞いている」

「そんな…」ミクルが言った。「ゴブリンの世界でも、同じ事が問題になっているなんて…」

「ミクルよ、賢いお前の懸念は解る。『自分と同じ立場におかれたゴブリンもいるのではないか』だ」

 ミクルは首肯した。

「そうか…」ゴブリンが言った。「ヒトの世界でも、予言者や占い師を立てて事の真相を探っていると見える」

「その通りだ」俺が回答した。「まさか利害が一致するとは思わなかったがな。少なくともビンラディンならお前たちと仲良くできるだろう」

「なんでオレなんだよ」ビンラディンが言った。「オレって、そんなにヒト離れした顔してる?」

 ビンラディンの問いに、フロルとナンジェーミンが黙って頷いた。

「それで…」ミクルが言った。「魔王について、何か手がかりは掴めているのですか?」

「そうか、あんたが占い師か…。是非、君たちの掴んでいる情報も訊きたいが、まずは私たちの情報から提供しよう。あなたがたは信頼できそうだ」ゴブリンは上体を起こした。ミクルがそれを支えた。「私たちはいくつかの情報を掴んでいる。あるものは占いによる物であるし、あるものは仲間内で伝え聞いた物だ」

「まず、占いの方から訊こう」

 俺が話を促した。ゴブリンは頷いた。

「占い師の言によると、まず、魔王が復活した場所は『大きな穴の奥底』だという。その大きな穴、というのが何を指すのかは解らない。そして、魔王を封じる為には、触媒となる物が必要だという」

「しょくばいって?」

 フロルが訊いた。俺は、黙ってろ、と制した。

「触媒は、神聖な力を纏い、刺激を与えられる物である必要があるらしい」ゴブリンが続けた。「つまり、聖剣が必要らしい」

「まてまて」俺はゴブリンの言葉を制した。「話が怪しくなってきた。まさか、エクスカリバーを抜く必要があるってんじゃないだろうな」

 俺の言葉に、ゴブリンは驚いて目を見開いた。

「何故それを知っている。どうやら、あなたがたの占い師は優秀だと見える」

 マジかよ。笑えないくらいのお膳立てだ。普段、女の穴に男の聖剣を突き挿して稼いでいる俺が、魔王の大穴に聖剣を挿すハメになったとはマジで笑えない。因みに、ミクルはエクスカリバーの予見はしていない。だがしかし、道中の重要人物ってのが、まさかゴブリンだったとはな。

「エクスカリバーだってさ」ビンラディンがナンジェーミンに向かって言った。「知ってる?」

 ナンジェーミンは、両手で、さあ、という仕草をして見せた。

「私たちは、エクスカリバーを探し出し、それを抜ける人材を探している。だがそれでも、大穴の場所は解らない」

 ミクルの占いの方角には、恐らくどちらかがあるに違いない。

「『伝え聞き』の方について伺おうか」

「ああ、話を続けよう」ゴブリンが言った。「伝え聞いた話というのは、私たちの仲間が、妙な箱を道すがらで拾得した、という話だ。何の箱かは解らないが、私たちの文明レベルでは到底理解できない高度な水準の造形がされていると聞いている」

「造形水準、というのが気になる。俺の頭の中では既に『ツァラストラは斯く語りき』が最大音量で流れているが、どうやらモノリスの類ではないらしい。具体的に話して貰いたい」

「なかなか欲張るじゃないか」ゴブリンが笑った。「残念だが、私も実物を見ていないから解らない。ただ、あまりにも直線的であったり、曲面が滑らか過ぎたり、理解の出来ない地図状の物や、宝石状の部材がちりばめられているらしい。拾ったゴブリンは分解して宝石を取り出そうとしたそうだが」

 高度な文明水準の製品、と言うのであれば、俺が何らかの機材を落とし、それを拾われた可能性が高いな。箱ってんだから、モニターディスプレイか、STBでも落としただろうか。どちらにしろ、この世界では大して役には立たない。

「是非、その仲間にお目にかかりたいところだが、もう一つの質問に答えて貰おう」

「何故私がヒトと同じ言葉を話せるか、か。単純な事だ。過去、一部のヒトと交流があったからだ。私たちもそうだし、君たちもそうだろうが、誰もが同胞に愛され仲間扱いされる訳ではない」

 アウトロー同士の交流があった、って事か。

「そうか。ならば、逆にゴブリンの言葉を話せる人間がいてもおかしくないという訳だ」

「おいおい」ビンラディンが狼狽えて叫んだ。「なんで皆オレの方を見るんだよ」

 フロルが笑った。

「目的が共通であるのならば、是非協力を申し出たい。私はどちらの言葉も話せる。役に立てると思う」ゴブリンが手を差し出してきた。俺は握手をした。「私は、ギルガメッシュだ」

「なるほどな…」俺は顎髭に手を当てた。「残念だが、その名前は俺の遠い友人のハンドルネームと全く同じだ。今後一生会えなくなるかもしれない友人の思い出を、お前の印象で上書きしたくないんでね」俺は一瞬、考える素振りをして見せた。「そうだな。では、お前は今日から『大橋さん』だ」

「オオハシサン…」大橋さんが言った。「異国の響きだ。気に入ったよ」

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