第7章:テンプレートに従うのがAVとラノベの鉄則だとして、それは俺の人生じゃない(第3話)

「お待たせしちゃって、ごめんなさい」

 ミクルがフロルと一緒に沐浴場から出て来たのは、小一時間程経ってからだった。全く、ただの長風呂に過ぎんな、と思ったが、金紅色の濡れた髪と火照った頬は、地味なミクルにして、非常に艶めかしかった。この手の女優のAVを好んで観る人間は、大抵、あらゆる種類のAVを観つくした後に、辿り着いたパターンが多い。童貞のビンラディンには早すぎるジャンルだ。

「それで…」目の遣り場になんとなく困っているのが解るビンラディンが鼻白みながら言った。「行先の事は解ったの?」

 ミクルは首を傾いで微笑むと、ええ、と答えた。

 ミクルが告げたのは2つ。進むべき道の方角と、その途中で出会う人物から重要な旅のヒントを得られる筈だ、という事。どうも胡散臭いが、ミクルが人生の数ヵ月を賭して導き出した答えだ。デルフォイの神託との信憑性の優劣を俺は判断できないが、彼女の言葉に従うのが、ゴールへの最短距離を行ける可能性が最も高い手段である事は確かだろう。

「よし、行こう」

 俺は立ち上がり、全員に声をかけた。それで、皆も立ち上がった。

「ちょっとまって」フロルが制して来た。「ボク、姉さんの服を着てるでしょ? これだと剣も佩けないし、こんなに長いスカートじゃ走り回れないよ」

「安心してフロルちゃん」ナンジェーミンが穏やかな笑顔で言った。「君が剣で戦えなくても、僕の攻撃魔法でなんとかするから大丈夫だよ」

「そうそう」ビンラディンが口を挟んだ。「君みたいな可愛い娘を危険に晒す程オレたちは落ちぶれちゃいないよ」

 フロルは、ちぇ、と舌を鳴らした。俺は、道中に町でもあれば動きやすい服を調達してやる、と言ってやった。フロルは、きっとだよ、と答えた。


「ミクルよ」歩きながら、俺はミクルに声をかけた。「沐浴での占いが具体的にどんなお作法で行われるのかに俺は興味がないし、そこに口を出すつもりも一切ない。だが、気にしている事がある。君の時間の事だ」

 俺がの言葉に、ミクルは小さく頷いた。

「占いがどういうものか、聞かれたんですね」ミクルが言った。「でも、気にしないで。今回の占いで進んだわたしの時間は、何ヵ月もないと思うから…」

「そうか。それはよかったが、俺はミクルの言葉は、最低でも2倍以上にして考える事にしている」俺が言った。「気になっていた。何故、ミクルの母親はあんなに若いのか。フロルとミクルの年齢が離れているように見えるのか。この世界の人間が何歳まで生きて死ぬのかは知らないが、少なくとも、君は、目に見えて年齢を重ねる程の占いを経験してきたと俺はみている」

 俺の言葉に、ミクルは回答をせずに俯いてしまった。デリカシーの権化である俺は、すぐに、済まなかった、と謝罪した。

「止まって」

 不意に、先頭を歩いていたフロルが両腕を広げ、俺たちの進行を妨げた。

「どうした?」俺はフロルの横に立ち、聞いた。「小便でもしたくなったか」

「違うよ」フロルは自分の手を庇にし、目を細めて道の先を眺めた。「向こうから、誰か来る」

「魔物かい?」ビンラディンが言った。「この辺りなら、そんなに狂暴な魔物ではないと思うけれど、物騒だな」

「念の為に、脇道を行こう。他の勇者グループの可能性だってあるし」

 背の低いフロルを先頭に、俺達も身を屈め、慎重に草の生い茂る脇道を歩いた。確かに、数人の集団が向かってくる。人の形をしている様だ。

「ありゃ、ゴブリンの集団だぜ」ビンラディンが言った。「どうする? やり過ごすか、戦うか」

「やり過ごせ」俺が言った。「どうせ経験値が貰える訳でも、俺がレベルアップできる訳でもないだろ? 路銀目的なら、まだ潤沢な資金があるし、俺たちにはATM6世がいる」

 俺たちは歩みを止め、茂みに身を潜めた。ゴブリンの集団が少しずつ近づいてくる。

「癪と言えば癪だ」俺が、ゴブリン達の様子を伺いながら言った。「何故俺たちが隠れている。奴らが隠れる選択肢だってあった筈だ。互いに怖い筈だろ」

「カナヤマは黙ってて」

 フロルが俺の方に向かって囁き声をあげた。

「無駄な戦いは避けた方がいいけど…」ミクルが言った。「胸騒ぎがするの…。あのゴブリン達、わたし達の旅の重要な手がかりを持っているような気がする…」

 ミクルの直感力なのか、さっきの占いに関わる事なのか。

「おい、ナンジェーミン、あの数のゴブリンは、お前の手に掛かれば瞬殺か?」

「どうだろう。5匹いるし、スライムも2匹連れてるみたいだから…」ナンジェーミンが言った。「作戦が要るね。全体に対して炎を浴びせて、その隙をフロルちゃんがやっつける、とか」

「ビンラディンは役立たずだな」

「おい、まてよ」俺の言葉に、ビンラディンが興奮気味に言った。「カナヤマだって役立たずじゃないか」

「俺はこのチームの軍師的役割を担っているし、そもそも他所から来た人間で、この世界が滅びようと俺の責任じゃない。お前は、剣や弓くらいはできんのか?」

 フロルが、ビンラディンに短剣を渡した。ビンラディンは、渋々それを両手に持ち、身構えた。フロルは革製の鞘から剣を抜くと、低く身構えた。

「このゴブリンとの対峙に重要な意味合いがなければ、このままやり過ごせる筈」ミクルが言った。「向こうから切っ掛けを作ってこない限りは、動かないで下さいね」

 俺たちは頷いた。

 ゴブリンどもが、はっきりと視野で確認できるくらいに近づいてきた。ぺちゃくちゃ喋ってやがる。近くで見ると、身なりも人間と大きく変わらないし、単なる人種の違い、と言われたら納得しそうだ。高度な言語コミュニケーションを行っている。

 ゴブリンどもが、俺達の真横を通過する…。

「まずい」フロルが言った。「スライムに気づかれた」

 途端、スライムが甲高い声で鳴き始めた。スライムって鳴くのか? 一体どういう発声器官を有しているのか。

「フロルちゃん、出るよ!」

 ナンジェーミンは茂みから飛び出すと、両手をゴブリンの集団に向けた。ゴブリンどもは、各々短剣や斧、鍬を身構えると、襲ってきた。ナンジェーミンはタイミングを見計らい、両手から一斉に炎を吹いた。これにはマジでビビったが、同時に、ナンジェーミンの後方一帯に急激に霧が発生したと思うと、徐々に氷り始めた。

「…これはやばいな」

 俺は呟くと、ミクルの手を引いて、ナンジェーミンから出来るだけ離れることにした。ビンラディンも及び腰に短剣を構えたまま、俺についてきていた。

 ゴブリンは炎に包まれると、逃げる体制を取り始めた。

「よし、今だフロルちゃん!」

 ナンジェーミンの言葉に、フロルは勢いよくゴブリンに襲い掛かった。

「フロルちゃん、怪我するなよ!」ビンラディンが叫んだ。「大怪我されると痛いのはオレなんだからね」

「フロルよ深追いはするなよ」俺が続いて叫んだ。「逃げる奴は逃がしておけ。それにお前はレベル1を自覚しろ」

「うるさいなぁ!」

 フロルは俺達の方を一瞬振り返ると、逃げるゴブリンを追いかけて行った。スライムは炎で焼かれ蒸発し、衣服が炎上したゴブリンたちは散り散りに逃げて言った。そのうちの1匹の背中にフロルが切りつけた。ゴブリンはうつ伏せに倒れた。

 俺達は、倒れたゴブリンの許に駆け寄った。背中が切られ、衣服に血が滲んでいた。血は同じ赤色だ。ミオグロビンじゃない。ヘモグロビンの赤だ。

「どうする? とどめを刺す?」

 フロルが俺達に向かって訊いた。俺は、やめとけ、と言った。

「…このゴブリン…」ミクルが呟くように言った。「わたしたちと同じ言葉を話しているみたい…」

 俺は倒れたゴブリンの横に膝を折ると、ブツブツとゴブリンが呟いている内容に耳を澄ました。確かに、日本語を話している。

「おい、ビンラディン」俺は、未だに離れた所で短剣を構えているビンラディンを呼んだ。「治療してやれよ。助けてくれ、って呻いてるぞ」

「なんてこと言うんだよ」ビンラディンは反論した。「魔物なんて治療した事ないし、痛いのは嫌だ」

「ゴブリンと人間の痛感神経が同じ感度かは知らんが、コイツを治療してお前が痛みを感じたのなら、魔物も人間と同じように生きてるって事だろ。それ以上に、俺はお前が本当にレベル99の回復魔法の使い手なのかを疑っている。ナンジェーミンの様に見せて貰っていないからな」

 ビンラディンは渋々ゴブリンの傷口あたりに手をかざすと、意識を集中し始めた。

「痛い痛い痛い痛い痛い!」

 ビンラディンは見苦しく叫んだが、ゴブリンの傷はみるみる塞がっていった。手をかざすのを止めると、ビンラディンは大きく溜息をつき、暫く肩で息をした。

「デイーヌさん、大丈夫?」

 フロルがビンラディンの肩を手で押さえると、言った。ビンラディンは無理に笑顔を作って、大丈夫だよ、と答えた。お前が気取るのはガラじゃないがな。

 俺はゴブリンの肩を抱えると、あおむけにしてやった。まだ立てないらしいのは、ぐったりした状況から良く解った。俺は、ゴブリンの頬を数度平手で叩き、目を開けさせた。

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