第7章:テンプレートに従うのがAVとラノベの鉄則だとして、それは俺の人生じゃない(第2話)

 沐浴中、というか、占い中のミクルについては省略する。どうせ、彼女の裸を見る事なんかできなかったから、というのもそうだし、そもそも今のタイミングで見るつもりもなかった。ただ、魔法や占いという文化が根付いており、そのために沐浴が必要で、こうして公衆便所さながらの公衆浴場がところどころにあるのは、なんとなくこの世界の住民が、中世ヨーロッパ風の生活を営んでおきながらもローマ人並に清潔である事の理由になっているのだと思った。

「しかし解せん」俺が、占いが終わるのを悶々と、またはそわそわとしながら石に腰かけて待つナンジェーミンに言った。「お前の魔法についてだ」

「僕の? どうして?」

「そもそも気になっていた。フロルは、この世界の魔法には、物を瞬時に移動させたり、離れた者同士が話をしたり、といった類のものはない、と言っていた」

「そうだね」ナンジェーミンが言った。「少なくとも、現段階ではその方法は発見されていないね。でも、そういう事もできれば便利だよね。こうやって歩く必要だってなくなるし。まあ、健康のためには歩いた方がいいよね」

「オレは嫌だね」ビンラディンが口を挟んだ。「歩くのだって面倒だし。もし瞬時に移動できたり、遠くの物を聞いたり見たりできる魔法が使えるなら、真っ先に女の子の裸を覗くよ」

「ははは」俺は笑った。「ビンラディンよ、お前の欲望に前向きな姿勢は全く嫌いじゃない。だが、そこでだ。お前たちが使う魔法という現象は、どのような仕組みで行われているのかを識りたい。もしかすると、俺にも使えるようになるかもしれんしな」

 俺の言葉に、2人は笑った。

「とても訓練が必要な事だよ」ビンラディンが言った。「誰もがすぐにできる事じゃないし、それに生まれつきの向き不向きもある」

 ほう。遺伝的要因によって魔法の得手不得手が左右されるのか?

「血の要因の方が大きいみたいだね」ナンジェーミンが言った。「僕だって本当は回復魔法を使えたらよかったのに、と思う時があるよ。より直接的に人を幸せにできるからね」

「そうそう、だから、オレはカナヤマの事が羨ましいよ。だって、女の子を裸にしてカメラに収めてどこでも見られる劇にする力があるんだろ?」

 そう見えるって訳だ。奴らからしてみれば、これも魔法って事か。

「お前たちの人生に対する悔恨についてはゆくゆく聞く事にするが、手っ取り早く理解しておきたいのは、その魔法がどういう仕組みで行われているのか、という事だ」俺は2人の目を交互に見ながら言った。「例えば、某ラノベによると、世界の木火土金水はそれぞれ違う精霊が支配しており、各精霊に呼び掛ける呪文を唱える事で精霊の力を借りて魔法を放つ、という合理的なのか不合理なのか良く解らない仕組みだった。俺は、永遠に自分が眠る事のできないサンドマンの様に、愚かな人間たちの呪文で食事中であろうと召喚され続けなければならない精霊たちのブラック労働環境を思うと夜しか眠れなかったぜ」

「大変な事情があったんだね…」ナンジェーミンが言った。「でも、実際の魔法は、カナヤマ君が思っているような仕組みではないよ」

「そう。もっと単純で簡単さ」ビンラディンはナンジェーミンに顎で合図した。「実際に何か見せてあげればいいんだよ」

「そうだね」ナンジェーミンは近くに落ちている、人の頭大の石に手を当てた。「例えば、この石を割ってみるね」

「これはご趣向だ」俺が言った。「呪文でも唱えるのか?」

「ははは、呪文なんて要らないよ。こうして、石に手を置いて、掌に意識を集中させるのさ。それから…」ナンジェーミンの手の甲から大量の水蒸気が発生し始めた。これは思っていたよりも派手な演出だ。数秒後には、石は真っ二つに割れた。「まあ、こんな感じかな」

 あたり一面が水蒸気で霧状に包まれて視界が悪くなった。すぐに晴れたが。

「畏れ入る」俺が言った。「本当にそんな能力が使えるとはな。レベル99は伊達じゃない。だが、使った後にこれだけ視界が悪くなるのは厄介だな」

「そうなんだけれどね」ナンジェーミンが答えた。「仕方がないんだ。周りの空気中から熱を集めて石に集中させてるからね」

 そうか。理解できた。フロルのスライムの時にもナンジェーミンは口走っていたが、コイツの魔法とはつまり、熱移動だ。エネルギー源が何なのかは気になるが、原理はペルチェ素子と同じようなものだろう。

「ナンジェーミンよ、つまりお前の魔法は、対象を凍らせるか、燃やすかのどちらかしかできない、という解釈でいいか?」

「そうだね。基本的にはそのどちらか。でも、やろうと思えば炎を掌から出す事だってできるよ。便利だね」

 便利だ。フロルが苦労して薪に火を点ける前に言ってやれよ。

「何を気にしているか解らないけれど、基本的に魔法は、均衡を崩す事と同義なんだ」ビンラディンが言った。「だからオレの回復魔法の場合、怪我や火傷を治療できるけれど、治す僕が同等の痛みを吸収しなければならないから、できればやりたくないんだよね」

「そうか、それは大変だな。つまり、大きな怪我であるほど、治療にはお前が痛い思いをしなければならないって訳だ。回復魔法を主体とした魔法使いになろうって人間は、この世界ではかなり奇特と見える」

「占いだって、そうだよ」ビンラディンが言った。「今ミクルがやっている様な本格的な占いの場合、少し先の未来まで予見したりするから、時間を引き換えにしなければならないんだ」

「なんだと?」俺は思わず訊き返した。「それはつまり、未来を予見する分、やっている本人が若返るって事か?」

 俺の言葉に、2人はかぶりを振った。

「残念ながら、逆だね」ビンラディンが言った。「占い師本人がその分の時間、多く歳をとる事になる」

 成程。ふざけた世界観だが、理屈は単純だ。各々が持っている特殊能力は、熱にしろ痛感神経にしろ時間にしろ、均衡を崩す事で成り立っている。質量が保存されているのかは解らないが、在り方としては解りやすい。ただ、その時間の考え方はアインシュタインやホーキングを馬鹿にしているとしか思えんが。

「例えばだ」俺が言った。「今回、ミクルはどのくらいの歳をとることになる?」

「心配は要らない」ナンジェーミンが言った。「行先を予見するくらいだから、ほんの数日から数カ月程度だと思うよ」

 だとしても、それだけの寿命を失うとすれば、ゾッとしない。妙な所で、ミクルが老けていく伏線を作っちまったが、俺がいる限りは、そうはならないだろうな。

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