第6章:あのホーキングが解けない課題に挑戦しなければならない理由を俺は知りたい(第1話)

「そのエモい兵器が完成する前に、俺たちの命を護る行動をしておきたい」俺が言った。「恐らく有松も含めて、俺たち全員の行動は監視されているだろうし、このスタジオにも盗聴器が隠されている可能性がある」

 豊橋は、テーブルの上に置いたノートPCで作業をしながら、俺の話を頷きもせずに聞いていた。

「そうだな…」豊橋は視線をディスプレイから動かさずに言った。「盗聴されている事が前提であれば逆に色々対策はし易そうだ。だが、マンションのロビーでインターフォンを鳴らしまくる阿保どもに、このスタジオに忍び込んで盗聴器を仕掛ける技術があるとは思えない」

「俺はそうは思わない」俺が答えた。「既にシェアは色々な手段で集まってきているし、部品だっていくつも届いた。そのうちの一つは、お前の部屋に届いただろ」

「そうだな。であるなら、奴らは盗聴器なんて古風な趣味はないと見た方がよそうだ」豊橋は俺の方に顔を向けた。「このスタジオは有線LANはないのか」

「ただでさえ機材の配線が多くて気が狂いそうな俺に、ネット環境まで有線にする趣向はない」

「そうか。なら、付箋を頂こう。奴らが盗撮しているとしたら、このノートPCのカメラも対象デバイスのひとつだろう」

「ビニルテープで我慢しろ」

 俺は、豊橋に黒のビニルテープを渡した。豊橋はそれを適当に千切ると、ノートPCのカメラに貼り付けた。俺は、ザッカーバーグ気取りかよ、と囃した。

「どの道、奴らに対して情報を遮断しようとするのは無駄だ。国家レベルの機密であれば、あらゆる手段を使ってくるだろう。少なくとも俺たちを泳がせている間、俺たちは安全だ」

「なら、いつまでも完成しないフリでもするか?」

「それはあまり意味がないだろうな」豊橋は顎に手を当てると、考える素振りをした。「寧ろ、完成のタイミングで交渉ができる準備をしておいた方が良い。盗聴されているなら好都合だ」

「今の内に命乞いでもするか」

「見苦しいお前の命乞いを見るのは興醒めだが、やりたければやるがいい」

「おい! 聞こえてるか!」俺は部屋全体に向かって叫んだ。「お前たちの望み通りコイツは完成させてやるし、完成したモノが何の目的なのかも一切詮索しない…待てよ、完成したブツがあからさまに兵器の形をしていたらどうすればいいんだ」

「さあな。訊いてみたらどうだ」

「おい! あからさまな形なら、完成する前の今の内にブツを全部渡してやる。またピエロの面でも被って出てこい! ペニーワイズみたいにな!」

 豊橋は、ククク、と笑った。

「恐らく奴らは、完成まで姿を現さないだろう」豊橋が言った。「最初の訪問でブツを置いていったのが根拠だ。あの時もし直接交渉できたなら、USBメモリを渡して完了だったかもしれん」

 一理ある。結局、何も知らない俺たちに作らせた方が奴らにとっては色々と都合が良かったんだろうか。

「要らん情報まで知るのは面倒だ」俺が言った。「不必要な情報を知ったと奴らが判断した時点で、否応なく抹殺リストに載るだろうからな」

「心配するな」豊橋が言った。「仮令完成しても、お前にはそれが何か理解できんさ」

「そうか。それはめでたいな。だが、お前もだろ?」

 俺が言うと、豊橋は俺に三白眼を向け、小さく頷いた。

「…そうだな。俺にも解らん」

 

 豊橋から、USBメモリのパスコードが解除できた、と連絡があったのは、それから更に1ヵ月後だった。俺は、すぐに豊橋の家に向かった。豊橋の所にも荷物が届いた、という事は、当然、豊橋の部屋にも何らかの監視が入っているというメッセージに他ならない。

 インターフォンを鳴らすと、すぐに扉が開いた。

「来たか」豊橋が言った。「移動するぞ。駅前にレンタカー屋がある」

「レンタカーだと?」

 俺が訊いた。

「お前がひとつ質問するごとに、俺たちは死に一歩近づいていく事を忘れるな」

 言われて、俺は黙って豊橋についていくことにした。俺の乗ってきた車じゃ駄目なのか。

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