第5章:あの「しずかちゃん」が5人の中で処女を維持できた理由を俺はまだ探し続けている(第3話)

「本当にこんなに貰っていいのかい?」俺の差し出した契約書に、ナンジェーミンは目を丸くした。「カナヤマ君の気持ちが変わらない内にサインしちゃわないとね」

 俺は笑った。

「動画編集の仕事に携わっている人間は、誰もが『友達価格』の名のもとに、業者が受託する一般的な金額の10分の1以下で結婚式映像などの仕事を請け負った経験を持っている。そして思う。『人間関係を金に変えやがって』と。俺は違う。『金を人間関係に変える』。信頼という、定性的で抽象的かつ論理的に判断できない感情を当て込むよりも、金という圧倒的繋がりを持っていた方がいい。いつまで一緒にいるか、とか、どこまで働くか、とかを取り決めできるから、計算がしやすいし、期待する水準も予め予測しておける。これはAVでも同じ事が言える」

「オレにも早くサインさせてくれよ」

「焦るなビンラディン。そこにサインしてくれ。この世界には割印文化はないだろ。まさか印紙税とかはとられないだろうな」

 俺は、ナンジェーミンとビンラディンに1部ずつ契約書を渡し、写しを1部ずつ俺の荷物に入れた。

「さて…問題は、この2人だな」

 俺は、テーブルに突っ伏して寝息を立てているミクルとフロルを顎で指した。つまり、酒に飲まれて眠ってしまったのだ。フロルがそうなる事は予測していたが、ミクルまでとはな。女勇者のプレッシャーを、こう見えて感じていたのかもしれない。

「もう閉店にするからさ」ルイーダが、俺たちに近寄って来て言った。「どうにかして欲しいんだけどね」

「どうにかって…」ビンラディンが言った。「この状態で、どうにかできるわけないじゃないか」

「ミクルさんを担ぐのは良い人生経験かもしれないけれど、まだきちんと友達にもなっていないのに、僕にはそんなことはできない」

 へっ。臆病者どもめ。だが、それでいい。

「ルイーダよ」俺が言った。「この店は宿はやってないのか? 部屋が空いているとありがたいんだが」

「うちの店の2階で良かったら、使っていいよ。酔客用に素泊まりはさせてるからさ」

「そうか、それは有難い。時に、女勇者の称号を見せると割引になるキャンペーンとかは実施中か?」

「なにそれ?」ルイーダは鼻で嗤った。「そんな称号、役に立ちやしないよ」

 なるほど。税金の話といい、アトレーユ6世の治世が如何なるものか垣間見られるな。

「とりあえず、2人を部屋に運びたいが、生憎俺たちはこの娘たちとそんな仲じゃない。フロルは俺が担ぐから、せめてミクルの面倒を見て貰えると助かるんだがな」

 俺の言葉に、ルイーダは渋々了承すると、ミクルの頬を軽く数回叩いた。ミクルは小さくうめき声を上げたが、起きる事は無かった。

「仕方ない娘だね」ルイーダはミクルの脇下から肩を入れると、立ち上がらせた。「これで魔王討伐に行く女勇者だってんだから…可哀相なもんだよ」

 俺はルイーダがミクルと階段を上がっていくのを見届けてから、フロルの首と膝の後ろに腕を回した。

「さあフロルよ、連れて行ってやるぞ」

 俺は、フロルをお姫様だっこ様に持ち上げた。想像していたよりもずっと軽かったし、華奢だった。どうやら、この星の重力が地球より小さい、とか、そういうSF的な理由ではないらしい。思えば、コイツも可哀相なヤツだ。

 俺は、フロルの頭を壁にぶつけないように、慎重に階段を上った。すると、振動で落ちそうになったからか、無意識にフロルは俺の首に両手を回してきた。

「おい、フロル」俺はフロルの耳許に言った。「俺はお前のオヤジじゃないんだ。甘えるのは止せ」

 フロルは小さくうめき声をあげるだけで、答えなかった。畜生。無防備にオトナをからかいやがって。今の俺には、お前の下着を脱がせて無理やりオナニーさせる事だってできるんだぞ。どうせ自分でやった事もないだろう。

 ルイーダに続いて部屋に入り、ベッドに寝かしつけてから、不図、俺はフロルの股間に目を遣った。陽物の膨らみが衣服の上から確認できるかと思ったが、どうも解らん。実際に触って確かめてもいいんだが…。否、俺にその趣味はない。フロルは理想的な男の娘だが、それはAV監督としての曇りなき眼がそう判断しているのであって、俺自身ではない。

 俺は、フロルの髪の毛を適当に梳ってやってから、布団をかけた。

「あんたたちはどうするの?」ミクルをフロルの隣のベッドに寝かせてから、ルイーダが訊いてきた。「部屋なら隣も空いてるけど」

「僕たちは帰れるから大丈夫だよ」ナンジェーミンが言った。「それに旅立つ前に色々と身辺整理をしておきたいからね」

「オレだって、父ちゃんと母ちゃんに挨拶してから冒険に出たいね」ビンラディンが言った。「何か月もの旅になるかもしれないだろ?」

「解った」俺が答えた。「ビンラディンとナンジェーミンは帰宅してくれ。明日の朝、この店に集合だ。それに、何か月もの旅をする予定はない。だらだらと人件費を垂れ流すつもりもないからな」

 2人はお休みを言うと、店を出て行った。明日の朝、姿を現さないなんてリスクは当然あるが、こっちには契約書があるし、まだ1Gだって渡しちゃいないから、ノーダメージだ。

「あんたはどうするの?」

 ルイーダが訊いてきた。

「俺はこの部屋で雑魚寝する。色々済まなかったな、ルイーダ」

「そう思うんなら、もう一部屋借りてくれればいいのに。それに、あたしはルイーダってんじゃないんだけどね」

 知ってる。


 外に出ると、空は満点の星空だった。正直、俺は星座に明るくないので地球から見える景色とどう違うのかを明確に言い当てる事はできないが、複数の月が見えている事は確実な違いだ。

 俺は、トランシーバーの電波を合わせた。

「6世、聞こえるか。カナヤマだ。6世、聞こえるか」

 アトレーユ6世はすぐには応答しなかったが、数度繰り返した時点で応答があった。

「済まん、初めて使うから手間取った」

 6世が言った。

「もうお休みなのかと思ったぜ。国王の朝は早いってな」

「そういじめるな。連絡の趣旨を教えてくれ」

 俺は、ルイーダの酒場でレベル99の魔法使い2人を雇った事を伝えた。6世は満足そうに聞いていた。いきなりレベル99を雇えるとは国王も思っていなかったらしい。民と王の距離は遠い様だ。

「それよりも、俺はアンタの治世について心配している」俺が言った。「酒場に数時間居ただけでも、色々と庶民の生活の悩みが聞こえて来たぜ」

「なんだ。お前は政治に興味があるのか」

「そうではないが、アンタ程の切れ者が民の心を掴めていないのが気になった」

「言うじゃないか。税金を上げれは多少国庫は潤うし公共事業も増やせるが、目下の解決課題は魔王による流通の遮断だ。意図的な行為かも判断ができんから対策が取りづらい所だが、当面の解決はお前たちの行動にかかっているって訳だ」

「はっ。そんな形でアンタの政治に参加させられているとは思わなかったぜ。まあでも、たまには庶民のふりして酒場で情報収集してみるのもアリかもしれませんぜ。特に、この酒場は店主の熟女がエロい」

「そうか。それは今日一番の情報だったな。ところで、娘たちの様子はどうだ?」

「疲れて寝ている。本当に罪な事だぜ。こんな幼気な少女たちを魔王に差し出すなんてよ」

「精々大事にしてやれ。お前には魔王を倒した後にも、やらなければならない事があるだろう」

「感服しますな。国王が変態だと国民が可哀相だ」

「秘密がない人間は薄っぺらく見えるものだ。で、当面の援助は大丈夫そうか?」

「お蔭様で資金は潤沢だ。必要になったら連絡をするが、それまでは精々他の女勇者どもを援助してやってくれ」

 6世は笑った。俺たちは通信を切った。この調子だと、まだ金を引っ張れそうだ。


 翌朝、ミクルはフロルよりも早く起きた。二日酔いらしく、上体を起こしたまま、動けないようだった。俺はルイーダから水を貰ってくると、ミクルに与えた。ミクルは、酷く自己嫌悪に陥っているようだった。

「自分で反省できる人間はいい」俺がミクルに言った。「次に同じ過ちを起こさない努力をするからな。だが、今回はお前にきちんと言っておきたい。何故なら、お前は今、自分が処女である事を証明する方法を持たないからだ」

「そんな…」俺の言葉の意味が解ると、衝撃を受けた様だった。「わたしは…」

「昨日、図らずも君が寝たのは、夜の酒場で、女を買いに来る男たちだって集まる場所だ。これが仮令、治安の良い日本であろうと、いつレイプドラッグを飲まされて知らない裡に犯されるか解ったもんじゃない。ビンラディンが、ナンジェーミンが君を犯したかもしれない。何より、盲点が俺だ。俺が君を犯さなかった証明だって難しい。理解しているだろうが、もし君が処女を失ったら、その時点で冒険は終わりだ。昨日大枚はたいて雇ったビンラディンとナンジェーミンにだって、いきなり解雇通知を出さなければならなくなる。そうなれば退職金だって請求されるかもしれないし、何よりアトレーユ6世に30万Gを返さなければならなくなる。そうなったら、お前は俺のAVに出演して、借金を返済してくれるっていうのか?」

「ちょっとカナヤマ」いつの間にか起きていたフロルが言った。本人はミクルを護る自覚があるのだろう。既に立ち上がっていた。「姉さんをいじめないでくれるかな」

「お前も反省しろ」俺が言った。「何の為に、美人の母親がお前を剣士に育て上げてミクルに付き添わせたかを思い起こせ」

 フロルは言葉を詰まらせた。

「本当にごめんなさい」ミクルが言った。「そうよね…わたしは、女勇者なんだもの…」

 沢山いる女勇者のうちの一人、だがな。ただし、俺がパーティに居る事が最大の違いだ。

「よし、では支度をしよう。これ以上俺が何かを言わなくてもミクルの性格だと自分の中で10倍に解釈して反省するだろう。不要なストレスは美容と冒険の敵だ。もうすぐ、不純な動機の新しいメンバーも到着する頃だろう」

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