第5章:あの「しずかちゃん」が5人の中で処女を維持できた理由を俺はまだ探し続けている(第2話)

 俺たちはルイーダの許を離れると、テーブルで向かい合って酒を飲む2人の男に近寄った。片方はのっぽ、色白、痩せ型、ヲタク。もう一人は対照的だ。背が低く、小太り。何より、顔立ちが違う。肌は褐色で顔が濃い。地球で言えば、イスラム世界の顔立ちだ。ん? もしかしてゴブリンの係累か? ビンラディンに似ている。

「お楽しみのところ話しかけて邪魔をするのは俺の流儀ではないが、俺もこの世界に来て間もないから、こちらでの人生の愉しみの半分も理解していない事で悩んでいる」俺は言いながら、男たちと同じテーブルに腰かけた。ミクルとフロルは、隣のテーブルが空いていなかったので、少し離れた場所に陣取った。「お勧めの飲み物について助言を乞いたい」

 俺の言葉に、2人は互いに顔を見合わせた。

「僕たちはいつも同じ物を飲んでいるよ」ヲタクが言った。「ビールさ。あんまりお酒に強くないから、果実酒や蒸留酒は普段は飲まないね」

「おい、フロル」俺は声を上げて、フロルを呼んだ。「ルイーダに頼んで、ビールを3つ持ってきてくれ。お前たちも飲みたかったら頼んでいいぞ」

「なんだよ…人遣いが荒いなあ…。だいたい、ルイーダじゃないって言ってたし。いいよ。ボクも飲んでやるから」

 ブツブツ言いながら、フロルはミクルから小銭を受け取ると、カウンターに向かって行った。

「冷えたビールが到着するまで、あんたらと話がしたい」俺が言った。「単刀直入に言うが、俺たちは今、この国の大儀を負って冒険を始めようとしている。だが、見てくれ。俺の仲間ときたら、巨乳の女が1人と、ガキが1人という有様だ。オマケに、全員レベル1と来ている」

「羨ましいよ」ビンラディンが言った。「オレたちには女の子なんて寄ってこないもの」

「寄ってこないだと?」俺が訊いた。「あの淑女の話だと、あんたらは2人ともレベル99だと聞いたが」

 俺の言葉に、また2人は顔を見合わせた。

「そうだよ」ビンラディンが言った。「2人ともレベル99。オレは回復系が専門で、彼は攻撃系が得意さ」

「最高の組み合わせだね」ヲタクが言った。「いつでも冒険に出られる」

「そうか、それは笑える漫才だが…」俺が言った。「レベル99のあんたらに女っ気がなく、いつまでも冒険に出ないのは解せんな。何か決定的な欠点でも抱えているのか?」

「レベルと女の子は関係ないさ」ビンラディンが言った。「大体、オレたちみたいな人間を雇おうってのは、あんたみたいな男どもばかりだからね」

「冒険に出ないのは、なんというか…ないんだよね。モチベーションが」

「モチベーションだと?」俺が言った。「魔王が復活してから、数多の女勇者どもがこの店を訪れてあんたたちに声をかけた筈だ。ミクルみたいな巨乳美少女の引く手が数多だろ?」

 俺の言葉に、2人が笑った。

「確かに、声はかけて貰ったよ」ヲタクが言った。「でも、2つの理由で彼女たちは僕たちを仲間にしようとしない」

「そうそう」ビンラディンが言った。「ひとつは、単純にお金の問題だね。レベル99まで来ちゃうと、さすがに100Gとか小遣い程度のお金では冒険に出ようとは思わないよね。だったら、普通に仕事に精を出していた方が稼げるし安定するもんな」

「それにね」ヲタクが言った。「あんまり沢山の女勇者が来るものだから、誰についていっていいかも解らないんだ。魔王討伐っていう目標は解るんだけれど、なんかこうね…モチベーションが上がらないというか」

 なんて現代っ子たちだ…。動き出すのに大儀だけでは足りないらしい。だが、自分達の人生を前向きに捉えているという点では説得はし易そうだ。

「カナヤマ、ビール」フロルが後ろから声をかけてきた。「はい。3つね」

「済まんな」

 俺は受け取りながら、フロルに言った。

「ボクと姉さんもちょっと飲んじゃうからね」

「フロルよ、お前は未成年ではないのか? それに、ミクルが飲めるとも思えん」

「フンッだ」

 拗ねて、フロルはミクルの席に戻っていった。俺は、ビールをヲタクとビンラディンに1つずつ回した。まあ…冷えちゃいないな。

「かわいいなあ」ビンラディンが言った。「オレは巨乳のあの娘よりも、今の娘の方が好みだな」

「そうかい?」ヲタクが答えた。「僕はやっぱり肉付きのいい娘の方がいいなあ」

「へっ。それはめでたいな。ビンラディンよ、お前はガキの頃、女にコンプレックスを抱かざるを得ない強烈なトラウマを負ったんだろうな。だが否定はしない。フロルに潜在する圧倒的萌えを最大限に引き出すのも、俺の使命足りえるからな」

「ビンラディンって誰?」

 ビンラディンが言った。

「済まない、お互い自己紹介がまだだったな。俺は、金山だ。巨乳で地味な女勇者と生意気でガキな剣士を連れて魔王討伐に旅立ったばかりだ。俺の役割は…ネゴシエーター、エバンジェリストってところかな」

「かっこいい職業だね」ヲタクが笑って言った。「良く解らないけれど」

「オレの名前はデイーヌだ」ビンラディンが言った。「よろしく」

「ディーヌか?」

「違うよ。デイーヌだよ。間違えないで」

「はは。残念だな」俺が言った。「名前に特徴がなさすぎる。デから始まる名前はありふれているしな。これがラノベだったら、読者は最後まで『なんかデから始まるキャラがいたなあ』という印象を持ちながら、お前のフルネームを覚えている奴は1人もいないだろう。俺が『スレイン』を最後まで『スイレン』と勘違いしていた様にな」

「なんか複雑な事情があるんだね」ヲタクが言った。「僕はジャレトンさ」

「ジャレトンか…」俺が言った。「顔の付いた機関車みたいな名前でエモみを感じはするが、やはり印象が浅いな。お前はどちらかと言うとヲタクタイプだ。面と向かっては丁寧な言葉遣いだが、いざネットの世界では言葉の語尾に『ンゴ』を何の躊躇いもなくつけるタイプだな」

「じゃあ、何て名前だったら覚えられるんだよ?」ビンラディンが言った。「これだって、親から貰った大切な名前なんだぜ?」

「お前は『ビンラディン』だ」

「ビン…なんだって?」

「そして、お前は『ナンジェーミン』だ」

「ナンジェ…なんか返って難しくなっちゃったね」ナンジェーミンが言った。「でも、あだ名があるってなんだかいいよね。仲間みたいで」

「そうだ、仲間だ。冒険のモチベーションには、まずは仲間意識が重要だ」俺が言った。「それから、あんたたちのライフプランについてもな」

「ライフプラン?」

 ビンラディンが訊いてきた。俺は頷いた。

「さっきから聞いていると、2人とも人生の目標を漠然と見失っている。なんとなく国家資格は取ったけれど、それを使ってどう生きるべきか、が解らずに路頭に迷っているフリーターと同じだ。ミクルに占ってもらうまでもなく、俺が予言しよう。今日、ここで俺と出会わなかったら、お前たちはこの店で酒を酌み交わし、愚痴を言いながら、何も達成できずに、死んでいく」

「なかなか手厳しいね」ナンジェーミンが言った。「でも、的確な助言を貰えるのは人生を豊かにするよね」

 俺は首肯した。

「さあ、聞かせてくれ」俺が言った。「お前たちの人生における悩みはなんだ? 俺と一緒に冒険に出るモチベーションを見つけたい。金の問題か? 例えば、アトレーユ6世が税金を搾り取り過ぎるとか」

「否、この国は税金は安いと思うよ」ビンラディンが言った。「なのに経済がうまく回っていないと感じるのは、魔王が現れたからだよ。特にここ最近は流通が大きく阻害されていて、物が入ってこない。物価はかなり上がったね。特に野菜、果物系が高いから、家計を直撃だよ」

 おいおい、こんな純粋ファンタジー世界に来てまで、不景気の愚痴を聞かなきゃならんのか。

「そうだ。その調子だ。そして、因みに訊くが…」俺が言った。「不景気で仕事がない、ってんなら、暇な筈だ。娯楽産業は発達してるのか?」

「娯楽産業?」

 ビンラディンが言った。2人はまた顔を見合わせた。

「カナヤマくん、君の心配は良く解るよ」ナンジェーミンが言った。「まあ、ギャンブルなんかは嗜む事はあるよね。でも、僕もデイーヌも下手だから、負けてばかりさ。だから、ここで酒を飲むのが娯楽かな」

「そうか。ではこれを観て貰おう」

 言うと、俺はスマホを起動し、俺の作品の中でも最もお気に入りの動画を再生してやった。2人の表情はみるみる驚きを帯びてくる。そして、満面の笑顔になると、2人は顔を見合わせた。

「おお! これは…」

「これはいいね」ナンジェーミンが言った。「なんか、いけない物を観たような気もするけれど、でも、なんだろう。こう…生きる力が湧いてくるよね。やっぱり男の人生には女性が必要だよ」

 俺は笑った。

「これは、俺が作ったAVだ。AV。解るか? アダルトでエモいコンテンツの事だ」

「それは…実際に、女の人を裸にして、それを劇にしてるの?」

「ビンラディンよ。興奮しすぎだ」俺が諫めた。「だが、その通りだ」

「という事は、カナヤマくんといれば、裸の女の人を見る機会に恵まれるって事だよね。ステキだね!」ナンジェーミンが言った。「君となら、冒険のし甲斐があるよ」

 俺は2人に、落ち着け、大事な話はここからだ、と諭した。

「冒険はプロジェクトだ。プロジェクトには目標がいる。目標には役割分担があり、各々の達成指標が必要だ。KGIとKPI。解るか?」

「なんか解んないけど、凄い事は解るよ」

 ビンラディンが言った。

「いいね」ナンジェーミンが口を開いた。「なんだかワクワクしてきたね」

「ようし。その意気だ。いいか、俺たちの旅の目的を明確化しよう。既に諸君は解っている通り『魔王を探す』とか『魔王を倒す』というのはサブシナリオだ。先見がないからな。倒した所で、その後の生活は保証されない。ライフプランを作ってくれるのはアトレーユ6世じゃないんだ。だからこそ、俺たちの旅の目的は、どこまで行ってもこれだ。『ミクルを主演女優に仕立てた最高のAVを作る事』」

「いいね」ナンジェーミンが言った。「人生に活力が漲ってくる。これこそ、冒険のモチベーションだよ!」

「僕はフロルちゃんの方がいいと思うけどな。あどけなさが最高だと思うんだ」

「ビンラディンよ。お前のその変態度合いが最大限に花開く瞬間はそんなに遠くない」

「よし、やろう!」俺たち3人は声を合わせた。「我ら生まれた日、生まれた場所は違えども、ミクルとフロルを出演させた最高のAVを作り上げるまで、最大限の力を合わせ、プロジェクトを完遂する。乾杯!」

 俺たちは、ようやっと杯を打ち鳴らした。

「その為には、早く魔王を見つけないとね」

 ナンジェーミンが言った。

「そうだったな」俺が答えた。「忘れてた」

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