第4章:サンタが腐れ外道であろうと俺には一切興味がない(第1話)

 有松からの電話が鳴ったのは、深夜2時頃だった。俺はラフロイグを飲みながら自宅で動画編集の真っ最中だった。

「こんな夜中にどうした」俺はスマホをスピーカーモードにすると、言った。「幽霊でも出たか」

「幽霊もクソもないですよ。もっと怖い思いをしました」

 有松の声は震えていた。いいオトナが、情けない事だ。

「サンタがこの世に確かに存在しているように、また幽霊も存在しているとしたら、この世の中で最も怖いのは俺たち人間に他ならない。それより怖い体験というのは、俺が今編集している、どうせレーベルからラノベのようなクソ長いタイトルを付けられる運命にあるAVよりも興味を引かれる。お前、今日はスタジオか?」

「スタジオです。というか、怖くて外にでられないんですよ。迎えに来て貰えませんか?」

 俺は訝ってスピーカーを切り、スマホを耳に当てた。

「要領を得ないな。命を奪われるような危険な目にあったのか? とりあえずそっちに行ってやる。風呂場で震えて待ってろ」


 Uberでスタジオに到着したのは30分程度後だった。俺は有松に電話を掛けた。

「生きてるか」

「生きてます。もう到着しましたか?」

「ああ、真下に居る。今から上がっていくつもりだ」

「気を付けて下さいね。さっき、変な奴がエントランスに居たんです」

 変な奴ね…。

「NHKの集金にしては来る時間が遅すぎるな」俺が言った。「とりあえず、今は誰もいないようだ。そこで待ってろ」

 俺はスタジオのあるマンションのエントランスに入ると、オートロックの鍵を外した。途端、宅配ボックスに荷物がある事を示すノーティフィケーションシグナルが鳴った。俺は宅配ボックスを調べ、荷物を確認すると、改めてエントランスのロックを外し、エレベーターに乗った。

 妙な荷物だった。宛先がどこにも貼ってない。当然、送り主も不明だ。細長い長方形の物体だが、黒のビニルテープで全体ぐるぐる巻きにしてあり、中身が何か解らない。愈々怪しい荷物だ。


 スタジオのドアを開けると、半泣きの有松が飛び出してきた。

「金山さん、待ってました」

 俺はスタジオの部屋に入りながら、待ってたじゃねえよ、と有松に言った。

「で、何があった?」

 俺は、黒い物体をcicada10484の撮影で使っているテーブルに無造作に置くと、ソファに腰かけながら訊いた。

「変なヤツが、このスタジオのインターフォンをしつこく鳴らしていたんです」

「どこかの酔っぱらいか何かじゃないのか。俺の知り合いには、酔っ払って自宅マンションの階を間違えたにも拘らず、一晩中ドアを叩いて開けろと叫び続けた挙句、その階の住民を引っ越しさせてしまった女がいるが、その係累だろ」

「インターフォンの映像を確認してみてくださいよ。居留守を使ったので、録画が残っていると思います」

 俺は壁に設置されているインターフォンのモニタのボタンを繰ると、録画を検索した。

「あった」俺が言った。「これか」

 再生すると、確かに妙なヤツが訪ねてきていた様だ。時代外れともいえる全身黒装束に、フードをすっぽり被って顔を隠している上に、よく見るとアノニマスが使う様な道化のお面を被っているらしい。今日がハロウィンでない事を考えると、明らかに頭がおかしい。

「笑えるな」俺は、更に録画履歴を調べた。「何回鳴らしてるんだ、コイツ。しかもカメラをつつくだけで一言も発声していない」

「でしょ! 怖くないですか?」

「思い当たる事が全くないから、部屋を間違えたと思いたいところだが…」俺はソファに戻りながら言った。「生憎だ。変な荷物が届いちまってるからな」

「これですか?」有松は、テーブルの上の黒い物体を指さした。「なんでしょうかね?」

「さあな」俺が言った。「開けてみろよ」

 有松は、後ずさりすると、それは嫌ですよ、と叫んだ。

 俺は笑いながら、キッチンからナイフを持ってきた。

「さあ、どうするかな」俺が言った。「このまま開封して爆発でもされたら、大家はもとより、管理会社に迷惑をかけちまう。『大島てる』で『自殺者2名』と書かれるのはゾッとしないしな」

「やめましょうよ」有松が言った。「宛先がないなら、スタジオ宛とも限らないでしょ? 警察に遺失物として届けた方がいいですよ」

 確かに、その方が無難かもしれないが…。

「解った。今日むやみに動くのは危険だな」俺が有松に言った。「俺はお前の臆病の所為で編集の仕事を残してしまったが、運がいい事に明日は休日だ。専門家を呼ぶとするか…」


 翌朝、豊橋がやってきた。俺は、インターフォンの映像含め、一通り状況を話した。

「これか、ブツは」

 豊橋は、長方形の物体を手に取り、各側面を調査しながら言った。

「どうやら、その黒装束の変態野郎が直接宅配ボックスに入れていったらしい。思い当たりはあるか?」

 豊橋は鋭い三白眼を俺に向けると、頷いた。

「これが何なのかは解らん。だが、cicada10484関連の出来事である事は間違いないだろう」

「なんだって? 俺はてっきり、AVに出演した事を後悔した女の彼氏が変装して爆弾を仕掛けに来た、くらいに考えていたんだが」

「まあ、それもあり得るな」豊橋が言った。「だが、最も可能性が高いのは、前回の猫の死体動画だろうな」

「お前が獣姦したやつか? 俺には話の繋がりが見えん」

 有松が、スタジオ使ってなんて動画撮ってるんですか、とあきれた風に口を挟んできたので、黙ってろ、と諭した。

「ダークウェブで流通している犯罪関連の物品には纏いつくリスクだ。モノはここにあるとしても、犯罪自体が終わっているとは限らない。つまり、無くなった物品を探している関係者が、cicadaの動画を見てこのスタジオに辿り着いた可能性がある。大抵は証拠隠滅を図ったり、が目的だがな」

「おいおい。あの動画からどうやってここの住所を探るってんだ?」

「cicada10484のチャンネルに辿り着いた経緯は解らんが、ダークウェブ系の開封動画を扱うチャンネルは限られるから、難しい話ではなかろう。そして、このスタジオを割り出す方法はいくつかある。例えば、俺もお前も顔を出している。特にお前はAVの方でも繋がりがあるから、顔から類似画像検索でSNSを経由して調査をかけてきた可能性はあるな。投稿画像のExifにGPS情報が残されていれば、より簡単に辿り着ける。それ以外にも、マンションの間取りであったり、俺の眼鏡に反射したなんらかの物品であったり、ヒントは至る所にある」

「ご苦労な事だ」俺は若干興奮して言った。ムカついたからだ。「だが、どうやら荷物回収ではなかったようだな。ヤツは、逆にこの荷物を追加していった訳だからな」

「その通りだ」豊橋が答えた。「今の状況と限られた情報から判断できるのは、その長方形の荷物は爆発物か毒物で、件のUSBメモリを入手した人間を消そうとしている、という結論だろう」

「開けない方がいいっすね」有松が言った。「関係ないのなら、捨ててしまいましょうよ」

 有松の気持ちは解るし、それが最適解の可能性はあるな。少なくとも、俺たちにとっては。マンションのエントランスに猫の死体を含めた段ボール一式を置いておけば、事は収まるかもしれない。否、それでも奴らは、見てしまった俺たちを殺しておく必要は、やはりあるのか。

「USBの方は解読できたのか?」

 俺が言った。

「まだだ」豊橋が答えた。「だが、読み込む事はできた。セクタチェックもしたが、エラーはなかった。そして、データはGB単位で入っていた」

「中身のデータが何なのかは解らなかったのか?」

 俺の言葉に、豊橋は首肯すると、荷物から小型のノートPCを取り出した。起動させると、件のUSBメモリをUSBポートに挿し込んだ。

「俺にはそのUSBメモリに触るような趣味はないな」

 豊橋は俺の言葉を無視すると、USBメモリのフォルダを開き、俺に画面を向けた。

「GBクラスのデータがパスワード付きで入れられている。ただし、単純なZipファイルのパスワードじゃない。これは若干厄介だ」

「この様子はcicada用に撮影しなくても大丈夫か?」

 俺が言うと、豊橋は、撮影は止めた方が無難だ、と返答した。

「これが原因で、お前や有松に死なれたら困るからな」

「気遣いは感謝するが、時既に遅し、といった体か」俺が言った。「で、厄介というのは?」

「パスワードが1つじゃない。シードワードが複数存在している様だ。さらに、各シードワードは分割されて暗号化され、更にそれぞれの部品が世界中に散らばっていると思われる」

「豊橋よ。日本語でおkだ。俺たちにも解る言葉で言ってくれ」

 豊橋は三白眼で睨んできたが、小さく頷いた。

「簡単に言えば、仮想通貨に近いセキュリティが掛けられている。理屈はシンプルだし伝統的だが、シャミア分散が使われている様だ。1つのシードワードが複数のシェアに分割されている。分割数は今のところ不明だし、スレッショルドも不明だ。さらに、シードワード数も解らない。だからPCパワーに物を言わせて総当たりも不可能だ。無理やりこじ開けるには、量子コンピュータの力が要る」

「もっとシンプルに言うと、つまり、なんだ?」

「つまり、このファイルを開くのは不可能に近い」

 俺は溜息をつくと、ソファに倒れ込んだ。

「お前の猫とのセックスは徒労に終わった訳だ」

「それなら」有松が言った。「そのUSBメモリも、変な荷物も、全部捨ててしまいましょうよ。嫌ですよ、事件に巻き込まれるのは」

「…とりあえず」豊橋が言った。「その荷物は俺が預かっておく。暗号を解くヒントがあるかもしれんしな」

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