第4章:サンタが腐れ外道であろうと俺には一切興味がない(第2話)

 豊橋から連絡があったのは、それから3日後だった。例の荷物について、開封に至ったから見に来い、という話だった。俺は有松も誘ったが、頑なに嫌がるので、やめた。

 仕事を終えて豊橋の家に向かったのは間もなく日付が変わる頃だった。住所ではなくGPSの地点だけを送ってきたのがヤツらしい。思えば、家がどこにあるのか、とかすら、今まで訊いた事はなかった。散々俺のスタジオは使い倒しておきながら、だ。

 本業もそうだが、cicada10484でもそこそこ稼いでいる筈だが、自宅は思ったよりも郊外にあった。てっきり、都心の独身用マンションにでも居るかと思ったから意外だ。周りは田畑みたいな環境で、2階建ての長屋みたいなアパートだ。築何年だ? 俺は車を降りながら、思わず、マジかよ、と呟いてしまった。

 豊橋の家は2階の一番奥だった。この位置を選ぶのは豊橋らしいが。

 インターフォンを鳴らした。が、鳴っているのかイマイチ解らない。この場合、外に聞こえないだけなのか、本当に壊れているのかが解らないから面倒だ。俺はセッカチだから、すぐに扉を拳で叩いた。

 扉が開き、豊橋の眼鏡の奥の三白眼が覗いた。豊橋は無表情に、入れ、とだけ言った。

 想像通りの古い内装だったが、小綺麗でモノが少ない。

「ダークウェブで買った物品は、流石に残していない様だな」

 俺は、部屋に入っていく豊橋の背中に声をかけた。豊橋は止まると、顔だけ振り返った。

「捨てた物もあるが、残している物もあるさ。当然、レンタル倉庫に入れてるがな」

 そりゃそうか。前回とまではいかずとも、部屋に置いておけないような異臭を放つ物品は過去も色々あったからな。

 6畳間だった。PCデスクとベッドがある以外、本当に物がない。というか、生活感がない。元々生活感のない人間ではあるがな。

「意外か」

 豊橋はPCデスクのチェアに座りながら、言った。

「少なくとも、お前が懐古主義者だったとは知らなかったぜ。襤褸には俺もエモみを感じるタチだが、住んでみる程のもの好きじゃない」俺はベッドに腰かけた。「家賃が気になるな」

「家賃か」豊橋が言った。「驚け。家賃は月3,000円だ」

「3,000円だと? 名状し難いヤバみを感じる家賃設定だな。大家と寝たのか」

「大家がジジイなのかババアなのかは知らんが、もっと単純な理由でここは安い」豊橋が言った。「つまり、事故物件という訳だ」

「はっ」俺は思わず笑った。「前の住人が自殺でもしたか?」

「否、殺人だと聞いている」

「それは大層な事だ。フィリピン人の麻薬取引現場か何かか? 襖の向こうで大麻でも育ててたか」

「さあな。詳しくは聞いていない。2年契約更新の物件だ。1人住まわせれば、それ以降は告知義務がないから、俺はロンダリング要員って訳だ。俺の次に住むヤツは、俺の10倍程度の家賃を払うことになるだろう」

 俺は、大島てるで検索をしようとスマホを取り出して、やめた。知らない方が幾許かは居心地がいいだろう。

「超常現象は体験したか? ハチソン効果くらい発見しただろう」

「それは俺も期待したが、今のところなにも起きてない。正直、幽霊の1人でも出て来てくれた方が寂しくない」

 俺は笑った。

「コミュ力たったの5のお前が寂しいも寂しくないもなかろうよ」

「因みに、窓を開けてみろ」

「窓?」俺はベッドの奥にある、物干しのある小さな窓に手をかけ、開けた。成程な。「壮観だ。まさか隣が寺の墓地だとはな」

「大抵の人間は物事を冷静にひとつずつ判断できない愚か者だ。墓以上に幽霊と無縁の場所はないというのに」

「いいぞ、豊橋」俺が言った。「そのタイトルでcicada10484で講演を行えば、そこそこの閲覧数は取れそうだ。問題は、お前のその論理が俺にはまだ理解できていない、という事だがな」

 豊橋は表情を変えずに、頷いた。

「墓がある、という事は、一人残らず成仏している、という事だ。成仏していれば幽霊になんてなりようがない」

「はは。思ったよりも単純な回答だったな」

「それにだ。もし、お前がこの部屋で殺された住人だったとしたら、どうか。次に住んでいる俺に対して、お前は何をする」

「お前には興味がない。殺したヤツに憑依して一通り遊び倒した後は、女を追いかけまわすだろうな」

「という訳だ。この部屋が如何に住むに合理的である事を納得しろ」

 俺はそろそろ面倒になって、適当に数回相槌を打った。

「それはそうと、早くブツを見せて貰おうか」俺が言った。「お前がこの部屋で死んだ地縛霊でなければ、無事にブツを開けられた、という事になりそうだ」

 俺の言葉に、豊橋はデスクトップPCの画面を見せてきた。そこには、レントゲン写真の様な物が映っていた。そして、すぐに、それが例の荷物のX線写真である事が理解できた。

「さすが、慎重派だな」

 俺が言った。

「X線だけじゃない。ガイガーカウンターで放射線量も測定した。結論、これは危険な物でもなんでもなかった」

「お前のヲタク振りには相変わらず畏れ入るが、前段を長々と聞いていられる程俺は遅漏じゃない」

「焦るな。先に中身を見せる」

 言って、豊橋は黒い長方形の箱を取り出した。どうやら、ビニルテープを外した後の様だ。プラスチック製の、何か精密機械を運ぶケースの様に見える。

 豊橋は、ケースをディスプレイの前のスペースに置くと、慎重に開けた。中は一面、緩衝材となるウレタンスポンジで覆われていたが、中心部分のくり抜かれた場所に、何やら基盤の様な物が鎮座していた。

「なんだこれは」俺が言った。「PCの部品にしちゃ、規格外だ。かといって、ラズパイやarduino系の電子工作部品でも無さそうだ…。発表前のiPhoneの部品って訳でもなかろう。これが何なのか、お前は解るのか?」

 俺の言葉に、豊橋はかぶりを振った。

「解らん。少なくとも、個人用に出回っている製品でない事は確かだ。物理デバイスについては専門外だが、見た感じ、現在の市場に出回っている水準の技術では作れないものだろう」

「業務用でワンオフで作られた物とかって事か?」

「恐らくな」豊橋が言った。「そして、その業務、というのは、当然、軍事目的、という事だ」

「はっ」俺はまた、思わず嗤ってしまった。「つまり、ここまでは情報通りって訳だ。あの荷物は、軍事機密に関わる研究者の所有物品だって、筋書きだった訳だからな。だが、何故、俺たちの元に追加で物品が送られてくる? お前に猫の死体を売りつけたヤツが、出血大サービスでアフターフォロー下すったってのか?」

「お前に確認して貰いたい事がある」豊橋はPCから俺の方に椅子を回転させると、腕組みをしたまま、言った。「お前のtwitterアカウントに関してだ」

「俺のアカウント?」

 豊橋は頷いた。

「俺の仮説が正しければ、奴らは物を送って終わり、という訳ではなさそうだ。USBメモリのファイルを開くパスワードのヒントを別の手段で送ってくると見ている。最近、見知らぬアカウントから立て続けにフォローされたりしなかったか? そのうちの一つでもお前がフォロバしていたら、DMが届いている筈だ」

 俺は背筋が凍るのを感じた。そして、すぐにtwitterを起ち上げると、DMを確認した。クソみたいなDMもよく来るから、未読の物が幾つかボックスに入ったままになっている。怪しいのは…。

「そうか、なるほど」俺は、スマホに目を落としたまま、言った。「コイツか。暗号みたいなDMが来ている」

 俺は、豊橋に画面を開いたままのスマホを渡した。豊橋は無表情でそれを眺めると、小さく数度頷いた。

「アカウント名が笑えるな。『キャッツ・クリサンセマム』か」

「なんだ。下ネタか?」

「そうだな。日本語で言えば『菊猫』だ。お前の言葉で言えば『猫のアナル』だな」

 俺は声を出して笑った。

「で、その暗号の意味は解るのか?」

 豊橋は、素早くその暗号のような英数字の羅列をPCに打ち込んでいった。

「不安だから後でそのDMの本文をメッセンジャーで送って貰いたいところだが、取り急ぎお前の質問に答えるとしよう」豊橋が言った。「これこそが、シードワードを解くためのシェアの一部だ。恐らく、頭の2文字の数値がシェアの分割IDだろう。08となっている。つまり、最低8個以上に分割されている、という事を示している」

「解らんな」俺が言った。「それがどうした?」

「例えばスレッショルドが5だと仮定する。それから、分割数を8だとする。この場合、シェアは8つ存在しており、そのうち5つ以上が集まれば、元のワードを復号できる」

「ドラゴンボールみたいなありがたいお話だな」俺が言った。「そのシェアであったりシードワードであったりがいくつあるか解らない限り、この手の暗号が今後大量に俺たちの元に送られてくる可能性がある、って事だな」

 俺の言葉に、豊橋は首肯した。

「明確な意図は解らんがな。今集まっている情報から判断できるのは、USBメモリに入っているデータは、やはり軍事機密に抵触するなんらかの兵器の設計図で、俺たちの元には設計図を紐解く鍵と、兵器完成に必要な部品が一部ずつ送られてきている、という事だ」

「それは最高にエモいな」俺が言った。「アメリカかロシア知らんが、機密で守られた最新兵器を俺たちは真っ先に使う幸運に与れる可能性があるって訳だ」

「実際に使ってみたい訳じゃないだろ」

「まあな。だが、最悪のシナリオはこうだな。俺とお前で、暗号を解き設計図を入手し、同時に送られてくる様々な物品を組み上げ兵器を完成させた瞬間に、何等かの組織に暗殺され、兵器だけ奪われる。それが軍隊側なのか、テロリスト側なのかは不明だがな」

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