第3章:俺が解せない物。「スライム」「ぬののふく」そして「300G」(第2話)

「さて」俺が言った。「腹が膨れた所で、王様に会いに行く訳だが、ここからどのくらいかかる?」

「ボクは行ったことがないから解んない」フロルが出しゃばった。「姉さんは知ってるでしょ?」

 フロルの言葉に、ミクルは首肯した。

「3日もあれば到着すると思うわ」

 3日だと?

「ミクルよ、人生は短い」俺がミクルに言った。「移動に3日もかけていたら魔王に辿り着く頃には3世代くらい子孫交代してそうだ。全体、どうしてそんなに時間がかかる? 移動手段は?」

 ミクルは少しだけ申し訳なさそうな表情を見せた。

「基本は徒歩ね…。馬を借りる手段もあるけれど、借り賃が高いし、保険にも入らないといけないから…」

 おい、マジか。この世界に転生してきて、保険の話かよ。そのあたりレンタカーとかと同じシステムなんだな。

「そういう事じゃないんだ、俺が訊きたいのは…もっとこう…あるだろう。魔法の力とかで瞬間移動できるとか、そういう話を期待してる」

「そんな便利な方法、ある訳ないじゃん」俺の言葉にフロルが声を上げて笑った。「それができるなら、ワザワザ魔王を探す旅に出たりはしないよ」

 確かに正論だ。コイツめ、キレイな顔して小賢しい。この世界で言うところの魔法の力というのは、俺が思っているほど万能ではないらしい。畜生。今後、魔法使いとかに出会ったら、とことん追及してやる。

「まずはこの街を出て、市道を歩いて隣町に行きます。そこで一泊して、首府まで続く国道を進みます。隣町から首府までは距離があるけれど、簡易宿泊所がところどころにあるから大丈夫。人通りも多いから危険も少ないの」

 なるほど、意外と道路網は整備されているらしい。往来が多ければ馬車のヒッチハイクくらいはできそうだ。


 街を出るのは少々厄介だった。市壁は門で閉ざされており、役人が門番をしていたからだ。ミクルは、門番に国王からの手紙を見せた。門番は、その手紙にあしらわれたサインを、何かの本と照らし合わせてから、俺たちにいくつか質問をしてきた。ここは、ミクルが最低限の回答で以て信頼させることで、ようやっと通行となった。

「思いのほか手こずったな」充分に離れてから、俺が言った。「街への出入りが、そんなに厳重なのには理由があるだろう。戦争が多いのか?」

「いいえ」ミクルが言った。「少なくとも、わたしが生まれてからは人間どうしの大きな戦争については耳にしてないわ。危険なのは、人よりも魔物の方なの。特に最近は魔物が現れる頻度が増えてきているから、出入りは厳しくなってるわね…」

 出るのは解るが、入るのも厳重にしているのは解せんな。人間に擬態したり、憑依する類の魔物も存在する、という事だろうか。それとも、人間型の魔物がいるとか。

「俺たちが、国王に謁見するまでに魔物と遭遇する可能性はあるのか?」

「解りませんが…無いとは言い切れないでしょうね」

 そう来たか。

「では、ここ1年で、人間が魔物に殺された件数とかは把握しているのか?」

「それも…解らないの。街から出て行って、殺された人は、帰ってこないから」

 行方不明扱いになるのか。それはそれでゾッとしないな。

「心配しないで大丈夫だよ」フロルが言った。「いざとなったら、ボクがやっつけてあげるから」

「自信たっぷりだな。その様子じゃ、今までにさぞ多くの魔物を撃退してきたって訳だ」

「魔物が出るようになってから、フロルは街の外に出ていないわ」ミクルが言った。「だから、実戦経験は殆どないの」

「ちょっと姉さん、模擬では何度も戦ってるから大丈夫だよ」

「そうか、それは頼もしいが…」俺が言った。「時にフロルよ、お前のレベルはいくつなんだ?」

 この純粋ファンタジー世界にレベルの概念があるとは思えなかったが、カマをかけてやった。

「…訊かないでよ」

 フロルは口を尖らせた。

「待て、本当にレベルの概念があるのか?」

 俺の言葉に、ミクルは頷いた。

「フロルはまだ、レベル1です」

 なんてこった。

「ミクルにもレベルがあるのか?」

 流石に学問を修めて来た女だ。そこそこのレベルだろう。

「わたしもレベルは1です」

「大丈夫なのか?」俺は思わず声を上げてしまった。「レベル20くらいの強面の戦士の一人くらい護衛につけなきゃならんシチュエーションだぞ、今は」

「明るいうちは、多分大丈夫だよ」フロルが言った。「魔物だって、ボクたち人間が怖いのさ。お互いに警戒しているから、本当に戦わなければならない状況にならない限りは襲ってこないよ。それに、この辺りで報告されている魔物は弱い連中ばかりだから、ボクでも充分退治できる」

 熊みたいなもんなのか? 俺のイメージしている魔物とだいぶ違うな…。


「隣町に向かうって言ったな」俺がミクルに言った。「という事は、俺が現れた場所も通るって事か?」

 ミクルは首肯した。そうか。となると、俺が元の世界に戻るヒントが見つかるかもしれないな。今朝の物言いだと、ミクルは昨日も隣町まで往復している事になる。何の用事だったのかは解らんが、魔法使いの友人が一緒だった、というから、危険はなかったのだろうが…なんでその友達を今回は連れてこなかったんだ。

「すぐ近くです。カナヤマさんが倒れていた場所は」

「君らの言う『すぐ』とか『近く』はあまり信用ならん。そもそも1年の日数が違い過ぎるし、君たちの平均寿命についても俺は知らない。もし俺よりもミクルやフロルの寿命が数倍も長いのであれば、その感覚は理解できるがな」

 途端、フロルが俺とミクルの腕を掴み、勢い良く引っ張った。俺もミクルも驚いて地面に倒れ込んでしまった。

「おい、何しやがる」俺がフロルに言った。「デリケートな機材が揃っているし、俺のハートはもっとデリケートだ。丁重に扱え」

「しっ!」フロルは口の前に人差し指を立てると…というかこのジェスチャーは全宇宙共通かよ…俺たちを草むらに伏せさせた。「魔物がいる。気づかれない様にして」

「こんな街の近くで遭遇するなんて…」ミクルが言った。「やはり、魔王の力が強まっているのね…」

 遠目の道沿いに、何やら数体の生物がいるのが確認できた。背の低い、所謂ドワーフ系の人間が2人と、それぞれが手に持っているリードに繋がれた、軟体動物が2匹。

「おい、あれは魔物なのか?」俺が訊いた。「背の低いオジサン2人が、それぞれのペットに草むらで用を足させているようにしか見えんが」

「なんだ、ゴブリンとスライムだよ」フロルが言った。「魔物の中でも、一番弱い部類だ。模擬でも何回かやっつけた経験がある。あれならボクでも倒せそうだ」

 言い終わると、フロルは立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いて駆け始めた。

「おいやめろ! 本当にただのオジサンだったらどうするんだ! 大体お前、レベル1なんだろ!」

 俺も立ち上がると、荷物をミクルに預け、フロルの後を追いかけた。小さい体の癖して、追い付けない。鍛え方が違うのか。この理屈で行くと、歳をとればとるほど、レベルダウンしていくんじゃないのか?

 俺が、息が切れて膝を折るころには、フロルは魔物どもに切りかかっていた。驚いたオジサン2人は、口々に知らない言語で叫び出した。奇襲を受けて驚いたのか、フロルに立ち向かうではなく、一目散に逃げていく。見ると、なんらかの武器を装備している風でもない。

「フロルやめろ!」俺は肩で息をしながら叫んだ。「殺すんじゃない!」

 フロルは既に、ペットのスライムのうちの一匹に剣を突き立てていた。スライムは粘性の高い体液を噴き出している。気味の良い光景じゃない。それに、体液の所為で剣の切れ味が悪くなりそうだ。そして実際、フロルは突き刺した剣をスライムの体から取り出すのに苦労をしている。マヌケだ。

 ゴブリンどもは、そのフロルに襲い掛かるでもなく、逃げて行った。俺がゴブリンの立場だったら、同じくそうしただろう。

 状況が落ち着いた事を確認し、俺はゆっくりとフロルに近づいた。フロルは得意そうにスライムの死体を剣でつついている。気持ちは解るがな…。

「経験値でも貰えたか」

 俺がフロルに言った。

「スライムはダメさ」フロルが言った。「お金を持っていないからね」

「金だと?」

 フロルは頷いた。

「魔物から路銀を回収するのは旅の基本だよ」

「それはつまり…」俺が言った。「辻斬りの類って事か? 確かにゴブリンであれば、何等かの財産を持ち歩いているだろう。だが、少なくとも大儀の為の戦闘だったようには、俺には思えなかったが」

 子供の頃からの疑問が解消してしまったようだ。俺はてっきり、RPGでモンスターを倒すと、死体になぞならずに、金に化ける物だと思っていた。そういえば、この理屈を「ラスボスが宝石からモンスターを作り出す」システムにすることで解消しているアニメがあったが、最も平和的な表現だったと言えるだろう。然し、現実はこれだ。ある程度の文明を持った別の種族を魔物と称し無条件で殺害し、盗みを働く。できれば知りたくなかったぜ…。

「お前が言う模擬というやつがどんな残酷な訓練だったかは訊くまい」俺は語気を強めて言った。「次にゴブリンどもと遭遇したら、まずは俺に話をさせろ。どうも、お前たちの魔物の定義は間違っているように思えてならん」

「無駄だよ」フロルが返答した。「言葉通じないし、知能レベルだって人間より低い」

「いきなり襲い掛かかったお前と、ペットを飼育し高度な言語コミュニケーションを繰り広げていたゴブリンのどちらの方が賢いのかには興味はないが、文明があるならもっと別の解決方法がある筈だ。寧ろ、あのサイズで性別が存在するのか興味深い」

「知能が低い、という事はなさそうね…」追い付いたミクルが言った。「見て…。さっきのゴブリンたち、この辺りを捜索していたみたい…」

 ミクルが示した場所を見ると、その辺りだけが、何かに球形に削り取られた様になっていた。丁度、半径2メートル程度の球体を用意し、地面や木や草のオブジェクトとブーリアン演算をしたような…つまり、球体があった部分がそっくり無くなっているイメージだ。T800やT1000が出現した後と同様と言えば解りやすいか。

「ミクルよ」俺が言った。「つまり、ここが件の…」

 ミクルは首肯した。

「あなたが空から降りて来た場所よ」

 まったく…俺はファンタジー世界にいるのかSF世界にいるのか解らなくなってくるな。ガイガーカウンターの持ち合わせがあれば、放射線の測定くらいできたろうが…それで何か解決する訳でもあるまい。

 俺はポケットからスマホを取り出すと、カメラで現場の写真を数枚収めた。

「なにそれ!」

 フロルが驚いて尋ねて来た。しまったな。説明するのは面倒だ。 

「俺が、この世界の魔法とやらの全貌が理解出来たら、お前たちにも教えてやるよ」

 それから俺は、クレーター状になっている地面の中心に立ってみたりしたが、何も起こらなかった。土にしろ、高温になっているとか、そういう事もなかった。抉り取られた木は、雨でも降れば倒れるだろう。もしかすると、この世界に迷い込んだのは俺だけではないかもしれないな。

 ミクルが、俺の事を心配そうに見ているのが横目に解った。俺は礼を言ってからミクルから荷物を受け取ると、フロルの背中を叩き、歩行を促した。

 俺たちはまた、隣町に向かって歩を進める事にした。

 

 少し歩いてからだ。俺のポケットが一度だけ震えた。スマホだ。目覚ましでもかけていたか?

 取り出すと、ロック画面にノーティフィケーションが出ている。

「メッセンジャーだ…豊橋からか…」

 ロックを解除し、アプリを立ち上げると、そこには「状況がつかめん。このメッセージを確認したら連絡をくれ」とだけ書かれていた。この世界で電波を掴める筈がないから、サーバ側ではなく本体側をポーリングして通知してきたのだろう。この世界がアトレーユ期16年だったか? とかの年号である限り、受信日時が解った所で、あまり役に立ちそうにないがな。

 電池の消耗が勿体ない。俺はスマホの電源をOFFにした。

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