AV監督だったけれど異世界ファンタジーに転生しちゃったから女勇者をそそのかしてAV撮ってレベル1のままラスボスと戦うハメになった件
第1章:女勇者が巨乳で露出度が高いのに陰キャなのは俺の所為じゃない(第1話)
第1章:女勇者が巨乳で露出度が高いのに陰キャなのは俺の所為じゃない(第1話)
俺は、子供の頃から眠りが浅いタチだった。布団に入ってもなかなか寝付けずに親を困らせたし、実際、そんなに睡眠時間をとらなくてもそれなりに陽気に暮らせた。起きている時間が長いので、時間を有効に使える観点から、オトナになってからは便利だと思う事もあるが、ただひとつ、未だに我慢ならないのが「夢」の存在だ。つまり、眠りが浅い人間は夢をよく見るし、覚えている。そしてこういうタイプの人間が見る夢ほど、悪夢が主だと相場が決まっている。だが、これは本質的な問題を示してはいない。何故なら、どんな悪夢であろうと、それこそ刃物で刺されて死んだり、鈍器で殴られて気絶するような物語であろうと、或いは眉間に皺を寄せた医者から末期癌を宣告されようとも、目が覚めれば、それはリアルではない事が容易に証明されるからだ。然し、残念ながら、この考察は、重大な一点を見落としている。つまり、太陽が今日昇り、明日昇り、明後日昇ったから明々後日も昇るといった蓋然性が少なくとも50億年以内には否定されるのと同じように、悪夢から目覚めた現実が、実は悪夢の続きである、という可能性を否定しきれない、という事だ。そして、今回ばかりは、俺の状況はそれに当たるらしい。
少女は、名前を「ミクル」だと言った。目が覚めた切っ掛けが、彼女が俺の額に乗せた湿布を取り換えようと手を伸ばした時に、そのデカい胸が俺の鼻先を掠った事だったのは、悪くない。
商売柄、と言ってしまえばそれまでだ。目を開けた俺の視界にまず入ってきたのは、実際、彼女の胸だったのだ。それも、あまりにも形が整い過ぎた巨乳だ。彼女はリンネルの地味なワンピースを纏っていたが、大きい胸の谷間は隠せてなんていなかったし、下着をつけていないのか、乳首の膨らみも、俺の妄想が見せる幻想でなければ、確認できた。AVの世界に身を置いていても、この手の理想的な形の巨乳に出会う事は滅多にない。勿論、豊胸を除いて、だが。何しろ、Eカップ以上のおっぱいを持つ日本人は、女性の20%に過ぎないのだ。だから、俺は瞬時に、この状況に帰着した要因として、AV撮影時に機材か何かが倒れてきて俺の頭を強打し、気絶してしまったという状況を想定した。俺を介抱しているのはAV女優って訳だ。な訳はない。そんな重量のある高価な機材は使ってないし、AV女優が監督の面倒を見るプロットも想定できない。寧ろ、俺が男優を務めるAVならまだ理解ができるが、そんなベタな作品を俺は撮らない。
「気がついたんですね」少女が言った。「よかった…」
それから、彼女は名前をミクルと名乗ったのだ。俺は全く状況が掴めず、周りを見渡した。俺はベッドの上にいる。4畳半程度の狭い部屋だが、大きな採光窓がついており、そこから入ってくる陽射しが眩しい。恐らく早朝。室内の調度品は見慣れない物ばかりだ。家具類は木製の指物がメインで、ゴテゴテはしていないが、イチイチ装飾が施されている。アール・デコ調と言えば聞こえがいいが、今時の日本人が部屋に置きたいと思うような趣味じゃない。白い壁は…漆喰か? 壁紙なんて貼られちゃいない。テーブルの上には陶器製の水差しと桶。顔を洗えるようになっているんだろうが、ミクルはこの水を使って俺の湿布を交換しているらしい。
「気遣って頂いている所、申し訳ないんだが…」俺は、首だけをミクルに向けて言った。「状況が全く飲み込めていない、というのが正直なところだ。幾つか質問をしても?」
「え…あ…はい」戸惑う素振りをしながらミクルが答えた。あまり人馴れをしていない感じだ。コミュ障か。「わたしに解る事なら、お答えします」
俺は手を額に当ててから、何をどの順番で訊くかを考えた。
「…まず、ここはどこだ? 少なくとも、ここは俺の知らない場所だし、君は俺の知らない人だ。となると、俺がなんらかの理由で記憶を無くしていない限り、俺は知らない間に知らない場所に移動している事になる。それが俺の意思だったのか、何者かの手に依るものなのかも解らない」
「えっと…」ミクルは顎に手を当て、上目遣いに考える素振りを見せた。「順番にお答えしますね。まず、ここはアルタクス市です」
アルタクス? カタカナなのか? 耳慣れない響きだ。まだ「アナスタシア」とか「ユグドラジル」とか言って貰った方がまだ想像がつく。中二病の連中が考えそうなカタカナの羅列だからだ。
「待ってくれ」俺が言った。「いきなり遮って悪いんだが…ここは日本ではないのか?」
「にほん…? それは都市名ですか?」
マジか…。いつだったか、酔って意識を失った勢いで徘徊して、気づいたら韓国のホテルで目を覚ました、というマヌケが居たが、俺もその類の人間だったとはショックだ。問題は、アルタクスなんて都市を俺は知らない。そもそも、ミクルは日本語を話している。日本語圏のアルタクス市なのか、たまたま彼女が日本語を話せるだけなのか。
「ははは」俺は思わず笑った。「続けてくれ。俺と君は知り合いか?」
「いえ」ミクルが答えた。「安心してください。少なくとも、わたしとあなたの関係で言えば、あなたは記憶を失ってはいません。わたしとあなたは初対面です」
「そうか、安心した」俺が言った。「俺が君に助けられた経緯は?」
ミクルは小さく頷いた。
「あなたの身に何があったのか、わたしは解りません。わたしは、母の遣いで隣町から帰る道すがらでした。あなたは、突然わたしの目の前で空から現れて、地面に降り立ちました」言って、ミクルはクスクスと笑った。「わたし、あなたの事を神が遣わした使徒だと思いました。着ている服も、わたしたちの文化とは違うものだったから…。でも、同じ人間の様で安心しました」
「そうか。空から降ってきたのが女の子ではなく、こんなむさ苦しい髭面のオジサンだったって訳だ。笑えないな」
俺が言うと、ミクルはゆっくりとかぶりを振った。
俺は、空から降って来たらしい。この女が統失か何かで誇大妄想狂でないとすると、何かしら超常的な現象に巻き込まれた可能性がある、という事だろうか…。だめだ。思い出せない。少なくともここに来る前、俺はAVを作る仕事をしていた。子供の頃の記憶も残っている。俺の過去の記憶が何者かによって仕込まれたのでなければ、過去の、2019年の日本で生きていた俺と、今、このアルタクスと言う場所でミクルと話している俺は、物理的な連続性を維持している筈だ。何等かの要因で以て俺はここに来てしまったが、それは現段階では一切解らない。
ミクルは、俺を使徒と勘違いした、と言った。となると、ここはキリスト教圏の国だろうか。現代文明に晒されている人間であれば疑似科学的な勘違いをするとは思えない。ミクルは宗教関係者か。
「他人の事をあまり深く訊くのは俺の趣味ではないが…」俺が言った。「君は、修道女か何かか?」
「違います」ミクルが言った。「わたしはまだ首府で学校を卒業して、この街に戻ってきたばかりなんです」
じゃあ、ニートもといフリーターか。就職活動中って訳だ。
「なるほど解った。じゃあ教えてくれ、今は、西暦何年だ?」
俺の言葉に、再びミクルはキョトンとしてしまった。
「せい…れき? ごめんなさい。わたしにはわからないみたい」
マジか。俺が外人だったら、思わずWhat the Fuckと叫んでいるところだ。
「俺が訊きたいのは、年号だ。キリストが生まれてから何年経った?」
「ごめんなさい、解らないわ」ミクルが言った。「時代を知りたいのなら、今はアトレーユ期の16年です」
無理だ。これ以上は俺の頭でも追い付けない。ただ、言えるのは、ここは俺の知らない全くの異世界だという事だ。「アルタクス」という都市名に「アトレーユ」という時代名。読者を思って正しく設計されたラノベであれば、こんなややこしい、どちらも「ア」から始まる5文字の名称を一度に提示したりはしない。つまり、ここはリアルだ。
俺は、上体を起こして、頭を数度振った。意識をはっきりさせる為だ。俺が、ファンタジー世界に転生しちまった、という結論を導き出し、その驚きと絶望のあまり、大声を出してそこらを駆けずり回るに至るには、まだ情報が揃っていない。
「ミクル…か」俺は、ベッドの傍に立つ、化粧気の全くない、色白で地味な少女を上から下に向けて視線を滑らせながら呟いた。顔立ちは日本人っぽいが、髪はキレイな金紅色だ。歳は18歳くらいだろうか。「それは名前か? 苗字か?」
「みょう…字…?」
俺の問いに、ミクルは戸惑った表情を見せた。そこもか。
「普通、あるだろ」俺が言った。「例えば、オーストリアからフランスに嫁いだ某王女の名前はマリー・アントワーヌ・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・オートリッシュだった。パズル・ボブルだとかチルチル・ミクルだとか、そういうヤツの事だよ」
ミクルは益々困惑してしまった。本当に苗字の概念が解らないらしい。どういう文化圏なんだ…? ここは。
この部屋を見渡すだけでも、それなりに文明が発達している事が伺える。それに、ミクルの歯並びだ。あまりにも整い過ぎている。抜けている歯がないだけでなく、矯正を経たかのように整然だ。それに、ホワイトニングを処置したかのような白い輝き。歯科技術が発達したのは、2019年から見ても、まだここ100年程度。それこそフランス革命当時の人間なんて、甘い物を食う癖に歯をまともに磨く習慣なんてなかったから、歯抜けでガタガタだったし、口臭は相当キツかった。貴婦人が扇子で口許を隠さなければならなかったのも頷けるってもんだ。奴らは常に虫歯に悩まされていたって訳だ。彼女の歯並びが発達した歯科技術に依る物かは定かではないが、少なくとも歯科を受診する裕福さがあり、かつ、このレベルの暮らしぶりをしている住民にも歯科にかかれるだけのインフラがこの町には整っている、という事だ。つまり、相当デカい都市だ。ここは。そして、歯だけじゃない。ミクルには、全体、清潔感があり過ぎる。少なくとも、彼女からは過度な香水の存在は一切伺えず、かつキツイ体臭もない。もしここが中世ヨーロッパだとしたら、本来、キリスト教圏内である筈だ。つまり、風呂に入る習慣がないから相当に汚いし、臭い。疫病だって流行る。だが、彼女はキリストを知らない風だ。そして、最も解せないのは、彼女に苗字がない、という事だ。じゃあ名前が長いかと言うと、たったの3文字だ。つまり、ここの住民は放棄している。一族の血縁を護る、という行為を。ファミリーという概念がないんだ。恐らく。だから、苗字を発明する必要がなかった。ここから導き出される結論は、これだけ発達した文明に於いて、かつそれなりの規模を持った都市にもかかわらず苗字がない、という事は、この都市は家族単位ではなく、都市単位で血縁を交わらせている。つまり、この都市の人間は見境なくヤリまくっている。でなければ、せめて「ナザレのイエス」とか「イスカリオテのユダ」みたいに出身地を識別子として使用していなければならない。
これらの情報を統合して言える事は、ただ一つ。この女…相当なビッチだ。こう見えて。つまり、AV的文脈で言えば、逸材だ。
「悪かった」俺が言った。「俺は、金山だ。お前が名前しか言わない様に、俺も苗字しか言わない事にしよう」
ミクルは、何度かカナヤマ、カナヤマと呟いてから、何かの得心が行ったのか、満面の笑顔を傾げながら、よろしくお願いしますね、と返してきた。この女、自然体でこれをやっているとしたら、マジで逸材すぎる。
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