AV監督だったけれど異世界ファンタジーに転生しちゃったから女勇者をそそのかしてAV撮ってレベル1のままラスボスと戦うハメになった件
ぼを
プロローグ
「ニューハーフでは、もう誰も勃起しない」
有松の奴は、周りの目を気にするようにそわそわしているが、俺には関係ない。大切なのは、次に売れるコンテンツを探る事だからだ。
「金山さん、声がデカいですよ」有松が小声で言った。「周りの人に、一体何の会話をしているのか、と思われちゃうじゃないですか」
俺は、わざとらしく、ははは、と笑った。
「最高にエモいだろ」俺が言った。「こういう小洒落たカフェでPCを開いている奴らがノマドワーカーを気取りながら4コマ漫画を鹿爪らしい表情で読んでいる事実と大差はないかもしれないが、ここが、少なくとも自分より他の誰かを見下して優越感に浸ろうっていう連中が集る場所なのは間違いないだろう。そんな連中に、ここがAVの企画を図る場所でもあると知らしめる事は、気付かずに素足でレゴを踏みつける程ではないが、痛快だ」
俺の言葉に、何が痛快ですか、と有松は返してきた。
「今や、バラエティ番組にもニューハーフ芸人が普通に出演する時代ですよ。今まで普通のAVでしか抜けなかった人たちにニューハーフをコモディティ化させていくのは、なかなかいい戦略だと思ったんですがね」
「最近ヒットしたAVのタイトルを思い起こしてみれば義務教育が如何に敗北を喫してきたかの歴史を目の当たりにできる」俺は小さく笑い、言った。「AVはとっくにオワコン化している。でなければ『間違って女性車両に乗り込んだらなんたらかんたらされながらやられた』とか『媚薬を塗られた女子高生がどうのこうのしたから連続中出し』みたいな粗筋なのか題名なのか解らないようなタイトルを付ける必要はない筈だ。だいたい、なんだこのタイトルは。頭のネジが緩んだ黒歴史を量産中の中二病の中学高校生が好んで読むラノベと大差ないタイトルだ。ウンコやゴキブリを食べながらセックスをする文脈が珍しくないくらいコンテンツがサチってしまったから、タイトルでシチュエーションを語らないと手に取ってすら貰えない時代なんだ。そもそも、お前はニューハーフとシーメールとレディーボーイの違いも解ってないだろ」
「じゃあ、女性向けのAVはどうですか? どこかの総研会社のレポートによると、今後アダルト市場で拡大するのは、女性と外国人だって」
「目の付け所は悪くないが…」俺はコーヒーに目を落としながら言った。「それを俺たちがやる事には意味がない。寧ろ障碍者向けのコンテンツの方がまだ人類の為になりそうだし、それならばラブドールのメーカーと組んでセクサロイドを開発した方が幾許か面白いだろう。ただし、体以外に売り物がない貧困層が行き場を失うリスクはあるがな」
「女性向けは盲点だと思いますよ」有松が興奮気味に続けた。「スマホの時代になって、どんなコンテンツがどんなデモグラに消費されているかが明確になってきているんですから。知ってます? どれだけの女性が、実はアダルトコンテンツを消費しているか、って事を」
俺はまた、わざとらしく、ははは、と笑った。
「お前の調査結果を聞くまでもなく、男と同程度の割合の女がAVを観ている事は容易に想像がつくし、そこに新たな市場の大富源が眠っている事も解る。だが、駄目だ」
「何故です?」
「俺たちが野郎だからだ」俺が言った。「野郎の作った女性向けのAVを、女どもは見ない。現在成功している女性向けレーベルは、女性監督が中心になって、女性だけのチームで企画から制作まで行っている。何故なら、男と女ではAVで重要視するプロットが全く異なるからだ」
「…どういう事です?」
「男向けのAVは単純明快だ。最終的な目的が射精、そのただ一点だからだ。ハリウッド映画並みに場面展開に緩急をつけてストーリーを設計する必要はない。巨乳、無修正、中出し、女子高生、セーラー服、スク水、マジックミラー号、熟女、挙げればきりがないが、そんな記号の集合体を、童貞の子供部屋オジサンの部屋並みに雑然と並べておくだけで商売になる。だが、女性向けとなると話は別だ。何故なら、女性向けAVでは射精は目的ではないからだ」
俺の言葉に、有松は暫く言葉を失った。視線をキョドらせながら、数度コーヒーを啜った。
「…降参です」有松が言った。「軽々しく、女性向けAVの話をしてしまいました。教えて下さい」
俺は声を立てて笑った。
「残念だが、俺にも解らん」俺が言った。「だが、それなりに生きてきた俺の人生経験から言える事があるとすると、AVを観ようっていう女性が望んでいるのは、共感であったり愛情であったりといった、感情的なエクスタシーだろうな。一言で言えば、寂しい訳だ。愛情に飢えている。大切にされたい。だから、生で挿入なんて有り得ない。コンドームを丁寧につけるシーンは必須だ。さらに、激しいセックスは法度。耳元で『痛くない?』とか『かわいいよ』とか囁かれながら、落ち着いた挿入が好まれる。そして最も重要なのがピロートークだ。労り、愛情表現、そんな受容の感覚が女どものドーパミンの分泌量を最大化させる。たとえそれが虚しいモノローグだとしても、だ」
「金山さん、それ、ちょっと女性を馬鹿にし過ぎじゃないですか?」
「この男女の差は、コンビニの雑誌売場に行けば明確に理解ができる」有松の言葉を遮って、俺は続けた。「男性誌は単純だ。原色の色使い、モノを中心とした物欲を煽る表紙、コピーはもっと単純で『この夏、買うべき鞄60選』とか『amazonで上位を独占した最新機器はこれだ』といった、モノ中心のワードが並ぶ。翻って女性はどうか。パステル系の色使い、人物を中心とした表紙、コピーは抽象的で『この秋、なりたい自分になれるコーデ』とか『おしゃかわ系女子になるコスメ』といった、ヒト中心のワードが並ぶ。男からすると、女性誌はどれも抽象的で全て同じに見える。だが、女から見れば、デパートの1階に並ぶピンクのルージュが、やはり男から見ればどれも同じに見えるにも拘わらず、sRGBよりも広大な色彩に分類されるのと同じくらい明確に区別がされる。この人類の進化は単純で、男は狩猟をしなければならなかったから、一点集中する為にコントラストを手に入れる代わりに色彩感覚を失った。翻って女性は、子供の頬の微妙なピンクを見分けて体調を把握する必要があったし、木の実の成熟具合や毒の有無を判別する必要があったから、色彩感覚を獲得した。この色彩感覚が必要とするのは、射精という狩猟結果ではない。愛情、共感、抱擁、体温という名のピンクだ。だから、女性向けAVは、金はあるが男に縁がない、おひとりさまのビジネスパーソンが狙い目だ」
「じゃあ、メインターゲットは30~40代の独身女性ですね! VRで若手男優を起用すれば、VRキットとセットで売れますよ! 耳元で囁かせましょう」
「落ち着け」俺は有松を宥めた。「その市場は俺も注目したい。特に、これからその手の層が増えてくる中国なんかは魅力的だ。VRキットの販売代理店事業も立ち上げればボロ儲けの可能性はあるさ。だが、俺は手堅く行きたい。俺の様な人間が監督する女性向けAVを、女性が手に取るとは到底思えない。やりたいなら、お前がいずれ企画して監督するんだな」
「はい、ありがとうございます」有松は、目を輝かせて答えた。「で、今回の企画はどうします?」
俺は、コーヒーを啜りながら、上目遣いで有松の表情を伺った。
「そうだな…」俺が呟くように言った。「『男の娘』で行くか」
俺の言葉に、有松は笑った。
「なんだ、金山さんだって同じじゃないですか」有松が言った。「ニューハーフだろうと男の娘だろうと、ターゲットに違いがない」
「それは違うぞ」俺は語気を強めて言った。「『ニューハーフ』は3次元が出発の概念だ。実際に何らかの工事を加えている事が前提になっているからリアルだし、これは生き方だ。対して『男の娘』は2次元が出発の概念だ。男である事と女である事を相互に行き来する転生の概念の元、カジュアルに性別を変える事を楽しむトレンドであり、これは在り方だ。ニューハーフはAVの文脈を生きてきたターゲットが好むが、男の娘はアニメやhentaiの文脈を生きてきた人間がターゲットだ。LGBTアライの俺が言うんだから間違いない。もはや、ラノベにしろAVにしろ、記号の集合体をうまく組み合わせた者だけが勝ち抜ける時代だ。解ったなら、お前は人智の及ぶ限り可及的速やかに、この国で最もヤバみがヤバい男の娘を調達してこい」
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