第1章:女勇者が巨乳で露出度が高いのに陰キャなのは俺の所為じゃない(第2話)

 俺は自分の全身に目を遣り、外傷がない事を確認した。空から降ってきた割には頗る調子がいい。

 ミクルの反応からじゃ全く状況が解らないから、とりあえずこの部屋から出て外の世界を見る必要がある。まず、俺の身に何が起こったのかを確認したい。全く無いのだ。直前の記憶が。トゥルーマンショーよろしく、有松か豊橋が俺を騙して俺主演の新機軸のAVを撮影しているというのなら、まだ度し甲斐があろうが、この状況が、そういった作為的な物ではない事は、意識がまだ完全ではない俺の頭でも、今までのミクルからの情報で理解ができる。


 ベッドから立ち上がった時、俺は気づいた。ベッドの下に揃えられているのは、俺のスニーカーだ。つまり、俺は、ミクルが着ている様な、この世界の衣装ではなく、俺が知っている、現代日本人としての俺の衣服を纏っている。という事は、期待ができる。俺が普段持ち歩いている様々なギアの存在を、だ。

「礼もそこそこに悪いんだが…」俺は、ミクルに向かって言った。「俺の荷物を知らないか? 一緒に落ちていたんじゃないかと思うんだが…」

 ミクルは、俺の体を気遣ってか、まだ起きてはいけません、と心配そうな表情で言ったが、俺が再度催促すると、テーブルの下の肩掛けバッグを指した。ビンゴだ。お気に入りのジャケットもバッグに被せて置いてある。

 俺はジャケットを羽織り、バッグをテーブルの上に置くと、中身の確認を始めた。財布、スマホ、iPad、モバイルバッテリー、ワイヤレスイヤホン、編集用で使っているハイスペックゲーミングPC、ロケハン用のビデオカメラ、風防付きマイク、簡易上映で使っていたポータブルプロジェクター、現場で稀に使うアナログトランシーバー1セット、その他ケーブル類、文房具類など。一通り入ってる。スマホのアンテナは…圏外だ。畜生。

「悪かったな」俺は、取り出した荷物をバッグに戻しながら、ミクルに言った。「重い荷物を運ばせちまったみたいだ」 

「お気遣いありがとうございます」ミクルが言った。「でも、大丈夫。友人に魔法使いがいますから」

「なんだって!?」俺は思わず手を止めて、ミクルの瞳を覗き込んだ。「魔法使いと言ったか?」

 ミクルは、再び、キョトンとしてしまった。

「えっと…ええ」ミクルが言った。「わたし一人では、あなたの荷物は勿論、あなた自身を運ぶ事なんてできませんから」

 確かにそうだ。俺は俺の足でここまでやってきた訳ではない。

「確認していいか?」俺は語気を強めて言った。「俺は、お前の目の前で空から現れて、魔法使いの魔法の力で以てここに運ばれてきて、さっき目を覚ました、という認識で間違っていないか?」

「はい」ミクルが応えた。「その通りです」

 さて。俺はやはり、大声を出してそこらを駆けずり回った方がいいだろうか。そうすれば、少しはこのやりきれなさを誤魔化せるかもしれない。

 俺は思わず、自分の掌で瞼を覆った。参った。本当に参った。外国、とか、違う時代にタイムスリップ、とかは覚悟していたが、これでは完全に「ファンタジー世界に転生」じゃないか。リアルじゃない。一切リアリティがない。俺が作る企画物のAVの方が、まだ現実味がある。時間停止系のAVで瞬きを我慢できない女優の方がまだ可愛げがあるってもんだ。

 とりあえず、深く考えるのは良そう。何故俺が、とか、俺が選ばれたのか、とか、考え始めても解答は解らないし、意味がない。

 俺は、大きく深呼吸をした。よし。現実的な話をミクルにするんだ。

「これを期待するのは、この世界の人間に対して失礼になるかもしれないが…」俺が言った。「スマホを充電したい。コンセントを借りられるか?」

「こんせん…と?」

「解った。すまなかった」

 少しでも期待した俺が馬鹿だった。壁際、天井を見れば自明だった。電気なんて通ってない。充電できないとなると色々不安だが…この世界においては、その不安も意味のない事かもしれない。


「姉さん、入っていい?」

 扉の外から声が聞こえた来た。やめてくれ。このタイミングで新たなプレイヤを増やさないでくれ。

 俺は、ミクルの顔を伺った。

「妹です」ミクルが言った。「入れても?」

「あ…ああ。構わない」

 俺が答えると、ミクルは扉の把手に手をかけ、ゆっくりと開いた。

 現れたのは、ミクルよりも小柄な、長髪を束ねた少女だった。ミクルよりは活発そうだ。

「良かった、目が覚めたんだね」少女が言った。「お元気そうで安心しました」

「…君たち姉妹には、大分迷惑をかけた様だ。改めて礼を言わなければならないらしい」

 少女は、俺の前まで来ると、その大きな瞳で俺を見上げてきた。

「フロルです」

 名乗りながら、手を差し出して来た。俺は一瞬鼻白んだが、そのフロルという少女と握手を交わした。

「カナヤマだ」俺が言った。「よろしく」

「…正直、あなたに対して警戒をしていました。姉をあなたと二人にすべきではなかった、と」

 俺は、思わず、ははは、と声に出して笑った。

「失敬だったな」俺が言った。「確かに、俺の人相は、外見だけで信頼に足る物ではないな。俺は犯罪者かもしれないし、君の姉貴が襲われていたりしてもおかしくはなかった」

 フロルは、その通りです、と言いながら頷くと、テーブルの上に短剣を置いた。気づかなかったが、腰に佩いていたらしい。回答次第では、刺されていた可能性があるって訳だ。正直俺は、握手をしながら、自分の命の危険なんかよりも、この姉妹を使ってAVを撮影するとしたらどんな内容がいいか、なんて事を妄想していた。

 そして、気づいた事がある。

「…対照的だな」俺は、まじまじとフロルの全身を見ながら言った。「ミクルは大人しい性格だがグラマーで巨乳だ。翻って、君は明るい性格の様だし、姉貴に劣らず美人だが、胸は『まな板』だな」

 フロルは、咄嗟に頬を染めると、警戒するような表情をしながら一歩退き、片腕で胸元を隠しながら、もう片方の手でテーブルの上の短剣を探る仕草をした。

「初対面で言われる筋合いはない」フロルが叫ぶように言った。「何が目的だ」

 俺は、思わず笑った。

「間違っていたら済まないが、俺の中の男の娘センサーがビンビンに反応しちまってるんだ」俺が言った。「ミクルはお前の事を妹だと言った。そもそも、この世界において人類に性別の概念があるのか若干不安ではあったが…だが違う」俺はフロルとの視線を外さずに続けた。「君は男だな」

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