撃沈

誰も部屋に入ってこない。お茶も出ない。


アポなしだったからなあ。


ガランとして何もないように思えた部屋だったけれど、


よく見ると部屋の壁ぎわに


書類のようなものが山積みになって散乱している。


ぼくはうつむきながら


テーブルについているセロハンテープの


はがれたあとを見ている。


もういいよ。帰りたいなあ。


そう思ったとき、部屋のドアが開いた。


茶色い髪に黒っぽいスーツ。


髪はそんなに長くない。


どっちかっていうと短いほうかな。


少し小さめのメガネがインテリっぽくも見える。


ずいぶん若い子だな。


この女の子がぼくを採用するかどうか決めるわけ。


ぼくの人生を決めるわけ。


それはちょっと大げさかな。


この女の子に会う前から結果は決まってるみたいだし。


女の子は軽く会釈しながら


壁のほうに無造作に置かれているパイプ椅子を


自分で持ってきてぼくの向かい側にすわった。


「亀井です」女の子が言う。


ぼくはじっと女の子の顔を見る。


メガネをかけてるけどかわいい子には違いない。


「何か」


「別に」


女の子はぼくの視線を軽く切り返えす。


「どうして弊社で働こうと思いました」


期待される答えは何となくわかったけれど、


ぼくにはそれが答えられない。


「仕事がないんです。リストラされて」


「それだけですか」


「ここを紹介されたので、友だちに。


正確には友だちの友だちですけど」


「失礼ですけど、弊社が何をやっている会社かご存知ですか」


「何となくは」


「知らないんですね」


「教えてくれなかったんです。メモだけ渡されて、彼女から。


彼女も知らなかったみたいで。友だちの紹介だから」


「彼女って」


「彼女っていっても、元彼女なんですけどね。


ほかに行くところがなくてころがりこんでるんです」


女の子は大きくため息をつく。


ぼくを見る口元が少しゆるんでいる。


あきれてるのかな。わかるけど。


ぼくは息苦しくなってネクタイをゆるめた。


のどが渇いたな。お茶ぐらい飲みたいんだけど。


「あの、ここは何をしている会社なんですか」


不意にぼくが女の子に質問する。


女の子は表情も変えずにただ黙っている。

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