平和な午後、そして穏やかに夜が更ける
「あいかわらず料理うまいね」
そう言って彼女はニコニコしながら
ぼくの作った野菜炒めをつまんでいる。
「外で食べてこなかったの」
「予感がした」
「そう」
買い物から部屋に戻ると、部屋の中はひどく暑かった。
重い買い物袋をひとまず置いて部屋の窓を開けた。
風が部屋の中を通り抜けたけど、ちっとも涼しくならない。
「エアコン入れようか」
思っただけでやめた。
彼女が帰るころにはつけておいてあげよう。
買ってきたものをキッチンのテーブルにひろげて、
冷蔵庫と戸棚に分けてしまう。
お菓子はここでいいのかな。多分大丈夫。
それから買ってきた野菜を洗って刻んでまた冷蔵庫の中に。
味噌汁のだしもとった。
豆腐とワカメを切って同じく冷蔵庫の中に。
豆腐を切るのはもう少し後でもよかったかな。
少し後悔する。
とりあえず彼女はまだまだ帰ってこない。
エアコンを入れるのはもう少し後でもいいかな。
夕方になって少し涼しくなってきた。
「お昼はどうしたの」
「てきとうに」
「そう」
お昼は少しだけ残っていたごはんに生たまごをかけて食べた。
ごはんの色が少し変わっていた。
少しつまんで食べてみる。
糸はひいていないし、まだ悪くなっていない。
たまごも割ってみた。
少しフニャっとしているけれど大丈夫そうだ。
醤油をたらしてかきまぜる。
指を入れてなめてみる。
それからもう少し醤油をたらしてまたなめる。
大丈夫。
ごはんにはしで穴をあけて、そこにたまごを流し込む。
海苔はないのかな。
キッチンのあたりをさがしてみる。
味付け海苔が一袋だけ残っていた。
しおれて少しべとべとする。
でも、食べられないわけじゃない。
細かくちぎってごはんの上にかけた。
海苔のかけらが指についている。
またなめてみる。大丈夫。久しぶりのごはん。
そう本当に久しぶりだ。
お菓子みたいなものばかり食べていたから。
そう、ぼくだって彼女とそんなに変わらないんだ。
でもおいしい。すごくおいしい。
やっぱりお菓子とジュースがごはんがわりなんておかしいよ。
こんなにおいしいのに。
「ねえ、明日はチャーハンにして」
ごはんのあとに彼女が言う。
「あなたの作るチャーハンおいしいものね」
そうだったかなあ。
ぼくが彼女にチャーハン作ってあげたことってあったっけ。
多分作っているんだよね。
彼女がそう言うんだから。
でもさ、材料もう買えないんだ。もうお金がないんだから。
「あのさ」
ぼくはおそるおそるポケットからスーパーのレシートを取り出して
彼女に見せる。
「あっ、ごめんね。お金あったの」
「どうにか。でも、もうない」
彼女はバックを持ってきて、
その中の財布から一万円札を取り出す。
「これで足りるかな」
「大丈夫。これだけあれば」
「そう。助かっちゃうな」
そうか。ぼくは居候だけど少しは役に立っているんだ。
そういえばこんなふうに思うことさえしばらくなかったなあ。
彼女は仕事があるからと言って自分の部屋に行った。
彼女は仕事と言っていたけれど、
部屋の中からはテレビの音が聞こえる。
テレビはここにあったものを昨日彼女の部屋に持っていった。
配線は全部ぼくがした。
「ずっと持っていきたかったの。でもなんか面倒で。
やっぱり男の人がいると違うね」
ぼくのほうはというと、何もすることがない。
ソファーにすわったままひざを抱えている。
もういろいろ考えることにも疲れてしまった。
「ねえ、お風呂入った」
彼女が部屋から出てきてぼくに言う。
「入ってないよ」
「シャワーぐらい浴びてね。夏なんだから。
それから、洗濯機使ってもいいよ。
そのかわりあたしのもおねがい。中に入れとくから。
全自動だから簡単だよ。乾燥機もあるし。
下着は外に干さないでね」
シャワーを浴びたあと、ぼくは窓の外の夜景を見ている。
少しの着替えとタオルぐらいは持っていた。
夏でよかった。
窓の外はやけにきれいだった。
昼間見た景色と同じはずなのに。
夜になると変わるんだ。
今までは気づかなかった。
何回も来ているのになあ、ここには。
毛布を体に巻きつけて、ソファーを窓の方に向ける。
そして体をまるくして横になる。
夜空は見えるけれど星は見えない。
今日もちゃんと眠れるだろうか。
彼女はもう寝たのかな。
さっきまで風呂に入ってたみたいだけど。
テレビの音はもう聞こえない。
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