スーパーにおつかい

「スーパーに行ってきて」

出がけに彼女がぼくに言った。

キッチンのテーブルにメモが置かれている。

牛乳と卵とパン。

朝は自分で作っているのかな。

キッチンのシンクをのぞくと、

フライパンと卵の黄身のついた皿がほうりこんである。

そしてぼくはそれを洗っている。

ほかに書いてあるのはお菓子と飲み物ばかり。

商品名と数まで指定してある。

「ごめんね。あなたはそのへんで寝て」

ぼくは毛布を渡される。

そのへんとは多分あの小さいソファー。

向こうの部屋には少し大きめのベッドがある。

あの頃はふたりでそのベッドに寝てたんだよなあ。

「しかたなか、居候なんだから」

疲れていたからそれでもよく眠れたよ。

でもさ、メモだけでお金はないの。

ぼくに出せってこと。

ぼくはお金がなくてここに来たんだ。

住んでいた部屋を追い出されて。

川のほとりをずっと歩いていた。

ホームレスにでもなろうかと思って。

コンクリートの上に青いビニールシートが並んでいる。

あのシートはどこに行けば手に入るのかな。

そんなことを考えながら、

多分これから仲間になるだろう人を見ている。

ベンチにすわって楽しそうに話をしている。

白髪のまじったボサボサの髪。

体臭がしみ込んだまま重ねられた服。

不思議な逞しさ。

生きていく逞しさみたいなものを感じた。

でも、ぼくにはすぐわかってしまう。

ぼくにはとてもこの人たちの仲間にはなれない。

無理だよ。

田舎に帰ろうか。

それも無理だよ。

だって、田舎にはぼくの居場所なんてもうとっくになくなっている。

田舎に帰るたびぼくはいつも小さくなって、

都会に戻ることばかり考えている。

だから、会社をリストラされたことも言っていない。

そうなんだ。

こうしてぼくはだんだんと社会からはみ出していく。

社会になじめなくなっていく。

買い物カゴを下げてぼくはスーパーの中を歩いている。

時折ポケットの中から彼女の書いたメモを取り出しては立ち止まって、

そのメモをじっと見ている。

はじめての店だから、

どこに何が置いてあるのかさっぱりわからない。

まるで異邦人だ。

棚の上の表示を見ながらウロウロしている。

そして、品物をカゴの中に入れるたびに頭の中で計算している。

彼女の指示どおりには買えない。

少しづつ数を減らして棚に戻す。

こんなにお菓子と飲み物を買ってどうするんだろう。

お菓子をつまみながらジュースやビールを飲む。

これが彼女のごはん。

良くないよ。

野菜を買った。

肉も少し買った。

ぜいたくかな。

でも僕のお金だよ。

レジに並んでいるときはかなりドキドキした。

ちゃんと計算したんだから大丈夫なはずだけど。

バイトの女の子がバーコードを当てるたびに、

ぼくはレジの数字をのぞきこんだ。

女の子の明るい声がひびく。

どうにか間に合ったようだ。

ぼくは胸をなでおろす。

でも、明日からどうすればいいんだろう。

せめて半分ぐらいは返してもらわないとね。

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