第11話 携帯電話 後編

「ほら、やるよ」


 吉田さんが帰宅早々、紙袋を投げてきた。私は慌ててキャッチする。


「うわっ……な、なにこれ」

「開けてみ」


 重くはない。触れた感じから、中に入っているのは何かのケースだと分かった。

 私はちゃぶ台に紙袋を置くと、少しドキドキしながら中身を取り出した。


「え、これ……」


 入っていたのはやっぱり紙箱で、中央にはアルファベットで機種名が書かれていた。スマートフォンだ。しかも最近話題になっているやつ。

 私はびっくりして、向かいに座った吉田さんを見る。


「お前の携帯、今日買った」

「え? ほんとに貰っていいの? 高くなかった?」

「大丈夫だ。俺、結構稼いでるんだぞ」

「吉田さん、ありがとう」

「おう」


 吉田さんが照れくさそうに視線を逸らす。

 連絡が取れるようにしておきたいとは聞いていたけれど、まさか本当に携帯を買ってくるとは思っていなかった。

 私はさっそくケースを開け、スマホを大切に取り出すと、裏面がいつもの見慣れた色だってことに気付いた。


「白だ!」


 スマートフォンのカラーバリエーションは、ホワイトとブラックが定番で、機種によってはピンクだったりグリーンがあったりする。この機種だと白以外に、グレーに近い黒、ゴールド、淡い青があったはずだ。


「それでよかったか?」


 私が少し感慨深げに見つめていたからか、吉田さんが心配そうに訊ねてきた。

 私はぶんぶんと首を縦に振る。


「私、白好き」

「そうか、なら良かった」

「吉田さん、いいセンスしてる。しかも、最新のやつじゃん」

「そうなのか? なんか凄そうだったから買ってきた」

「なにそれ、ウケる。そっかぁ、吉田さんが休日に買い物に行くとか言い出すの珍しいから、ちょっと変だなとは思ってたけど……もしかして吉田さんって、私のこと結構好きなのでは?」

「バカ。調子乗んな。連絡用だ、連絡用」


 照れるように、そっぽを向いた吉田さんは、少し可愛く見えた。

 恋愛的な意味じゃないだろうけど、吉田さんは私のことが好きなんだと思う。

 吉田さんが携帯ショップで、一生懸命に悩み選んでいる様子が克明に想像できて、私は吹き出すように笑った。


「ふふ、まあ、それはそうだよねぇ。吉田さん、連絡先交換しよ!」

「おう」


 私はスマホを受け取ると、表示させたQRコードを読み込ませた。これでメッセージアプリの友達欄に、私のアカウント名が表示されるはずだ。

 吉田さんが不思議そうに、覗き込むようにして私の手元を見つめている。


「お前、よくそんなすぐに何がどこにあるか分かるな」

「へへ、JKですから」

「俺なんか機種変する度に、どの機能がどこにあるのか分からなくなるけどな」

「あはは、それはたぶん吉田さんだからだよ」

「なんだよ、吉田さんだからって……」

「いいから……はい、登録した。確認してみて」


 私は『さゆです』を追加したスマホを、吉田さんに返す。

 親友と呼べる人が一人しかいなかった私でも、連絡先は交換したことがあるし、兄さんとも連絡先は交換している。でも、吉田さんはいかにもアプリどころか、スマホの機能も使えこなせてなさそうに思えた。


「お前、もうちょっと捻れよ」

「えーーー」


 吉田さんでも分かるようにと、わざと名乗るようなアカウント名にしたのに、まさかのツッコミだ。


「吉田さんだって、『yoshida-man』じゃん。なに、マンって」

「うるせぇな、適当につけたんだよ。……あっ」

「どうしたの?」

「いや、そう言や、ツッコミ受けたの初めてだったなって思ってな」

「そうなんだ……」


 最近、誰かと連絡先を交換したってことだろうか?

 吉田さんには私が知るだけでも、同僚の橋本さん、憧れの上司である後藤さん、そして手のかかる後輩の三島さんとの繋がりがある。でも、私の繋がりは吉田さんだけだ。

 この携帯は、吉田さんが吉田さんと私のために買ってくれたものだ。吉田さんと私の関係の証みたいなもの――。

 私は目を閉じ、スマホをぎゅっと抱きしめるように胸元に押し当てた。


「どうした?」

「えへへ、私の友達、吉田さんだけだってさ」

「いや、そりゃアプリの中の話だろ」


 何も知らない吉田さんに対して、私はくすくす笑った。

 アプリだけの話じゃないよ。今の私には、本当に吉田さんとしか関わり合いがないからね。

 私はそう言おうとして止めた。簡潔な言葉にこそ、気持ちは宿るような気がしたから。


「吉田さん専用だね」

「ば、バイトとか始めたら、そのときにはもっと増えるだろ……」


 吉田さんが顔を真っ赤にして背ける様子は、やっぱり可愛いと思った。



<第3章 完>

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