第7話 ありのままの自分 前編
GW明けの最初の日曜日。
吉田さんは、寝癖のついたボサボサ頭のまま、ノートパソコンと睨めっこしていた。
私は吉田さんの邪魔にならないよう拭き掃除をしていたけれど、ついに残ったのがちゃぶ台だけとなって、反対側から拭き始める。
「え、女子高生って化粧すんのか……?」
「え?」
吉田さんが普段なら口にしないようなことを言うものだから、私は手を止め、驚きの声を発していた。
声をかけられたのかと思ったけれど、吉田さんはパソコン画面を見つめたままだった。いつものことだ。吉田さんの独り言は、意外に多い。
「あ、いや、すまん……広告でな『メイクにこだわるJKに朗報!』とか書いてあったもんだから」
ああ、そういうことか……。吉田さんと私では9つも歳が離れている。だから吉田さんの年代では、化粧している女子高生は少なかったということなのだろう。
高校生活を満喫できていない私に訊かれても困るのだけど、それ以前に、ニキビ隠しぐらいからメイクと呼ぶのか、本格的な化粧を指してメイクと呼ぶのかは、人それぞれのような気がする。吉田さんはどちらを指して言っているのだろうか?
手招きされた私は、吉田さんの後ろに回り、PC画面を覗き込んだ。
動画のCMが再生され『化粧品最大70%オフ!』と書かれた派手な文字と、綺麗な女優さんの顔写真が飛び込んでくる。
やっぱり男性がイメージする化粧はナチュラルメイク的なものだよね、と思って、私は高校に通っていた頃を思い起こした。
「ああ……うーん、女子高生でもメイクする子は多いと思う」
「まじか……そうなのか……」
学校は化粧禁止だったけれど、校則を無視してメイクしてくる子はいたし、クラスメイトの話し声から、放課後や休日はメイクを楽しんでいると耳にしていた。たぶん、その回答で正しいはずだ。
「お前は?」
「へ?」
「お前は化粧とかしてたのか? 俺の家来てからは、してるの見たことねえけど」
吉田さんの唐突な質問に、私は間抜けな声を上げていた。
しまった。吉田さんが訊いてきたのは、一般的な女子高生の生態を知りたいからではなく、私が不自由してないかを知るためだったのだ。
休日の外出禁止と放課後の直帰が義務付けられていた私にとって、メイクの機会は無いに等しかった。でも正直に返事をすると、今からでも普通の女子高生らしく過ごせるようにと、吉田さんは私を気遣ったりしないだろうか?
着せ替え人形みたいに私を着飾るのが趣味の人なら、私も割りきれる部分はあるのだけど、吉田さんの場合はそうじゃない。これ以上の迷惑はかけたくなかった。
私は首を傾げて、最も無難と思うウソをつく。
「してなかったわけでもないけど、気分だったかなぁ」
クリームは使っていたのだから、完全なウソではなかった。肯定も否定もしなければ、無難に遣り過ごせるはずだ。
「してたのか」
「うすーくね」
吉田さんは納得したかのように、うんうんと頷いた。でも、すごく誤解してそうだ。
私としてはニキビ隠しのイメージだけど、吉田さんはきっとナチュラルメイク=薄い化粧という感覚じゃないだろうか? ナチュラルメイクって化粧の仕方の話だからね。
「……そういうのは全部置いて来たのか?」
「そういうのって?」
「化粧用品だよ。こっちじゃしてないだろ」
やっぱりアイシャドウとかリップとか、そういうのを指していたんだ。
「ああ……そういうのは置いて来ちゃったかな」
「不便してないか?」
「不便って……基本的に家にいるだけなのに化粧なんて必要ないじゃん」
「まあ、そうかもしれねぇけど……」
吉田さんが再び広告に目を落とす。
やっと話が終わって、私は胸を撫で下ろした。
しつこく訊かれたけれど、吉田さんは私の化粧したところが見たいのだろうか? だったら化粧品を揃える意味もあると思うけど、たぶん違うんだろうな。
「化粧水……」
「なに?」
「化粧水とかは、使ってなかったのか?」
「え?」
吉田さんがそこまで調べているとは思っていなかったので、返事に困ってしまう。スキンケアをどうしているかまで、言い訳を考えておくべきだった。
私が目を泳がせまくっていると、さらに「使ってたんだな?」と追撃を受ける。
これはもう誤魔化せない。
「ま、まあ……使ってたけど」
「頻繁に?」
「……寝る前にはね」
「そうか」
吉田さんはそう言うとノートパソコンを閉じて立ち上がった。
「じゃあ、出かけるか」
「え、どこに?」
どこに行くかなんて、数日前に出掛けたショッピングモールに決まってる。
今回買うのは化粧水。化粧水だけで終わればいいけれど、吉田さんのことだ、また色々と買い与えようとするんじゃないだろうか。ほんと、私は吉田さんに気を遣われっぱなしで、負担をかけてばかりだ。
「買いに行くんだよ、化粧水」
そう言って、吉田さんは寝ぐせを手で触りながら洗面所へと向かった。
<注>
*吉田は既に誕生日を迎えています(1巻及び5巻参照)が、沙優はまだであるため9歳差と表記しています。
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