第5話 服と遠慮 後編

「わー! ふかふかだー!」


 私は柔らかなお布団にダイブして、ゴロゴロと転がった。

 着ているのは買ってもらったばかりの水色のスウェット。こちらも生地が柔らかく着心地がいい。制服なんかよりはるかに過ごしやすかった。


「布団、あった方がいいだろ」

「うん。今日はよく眠れそー、ふふ」

「そりゃよかった」


 今日はいっぱい買ってもらった、羽枕に、歯磨き用コップ、他にもいろいろ。部屋着はこれから暑くなるからってTシャツとジャージまで。

 下着は足りているかと訊かれたときは恥ずかしかったけど、三着あるから大丈夫と伝えた。何を想像したのか知らないけど、見上げた吉田さんの顔は真っ赤だったのを覚えている。

 これだけ良くしてもらって、私ができる恩返しって何があるかな? とやっぱり思う。

 せめて部屋着は、身体のラインが目立たないよう、ゆったりサイズを選んだ。吉田さんが私に求めているものって、そういうことだと思ったから。

 私は身を起こして羽枕をギュッと抱きしめた。枕もほんとに気持ちがいい。

 吉田さんは手に持った缶ビールを、ちょうど呷ったところだった。


「吉田さん」

「ん?」

「一緒に寝よ」

「んぐっ!」

「にひひひ」


 吉田さんが唇を固く結び、吹き出すのを必死に堪える。咳き込む吉田さんを尻目に、私の笑いは止まらない。


「お前なっ、安易に誘惑したら追い出すっつったろっ!」

「別にエッチなことするなんて、一言も言ってないじゃん」

「あ? ……ああ、まあ、そうか」

「吉田さんって、女子高生と一緒のお布団で寝たらエッチなことするのが当たり前だって思ってたんだ」

「バカ、俺にはそういう趣味はねぇっつの」

「えー、ほんとかなぁ。吉田さんのエッチぃ」


 私は枕を抱えたまま、またけらけらと肩を揺らして笑った。吉田さんも横目で私を見ながら、美味しそうにビールを飲んでいる。

 私は、本当はこんな安らぐ空間に憧れていたんだと思う。何一つ特別なことはなくても自然に笑いがこぼれて、温かい気持ちになれる。そんな場所。冗談を言う心の余裕までできたのは、間違いなく吉田さんのおかげだ。


「お前さ」

「ん?」


 急に声をかけられ、私は上目遣いに吉田さんを見た。吉田さんは眉を少し寄せ、何だか真剣な表情をしていた。


「笑っているほうが可愛いぞ」

「……っ」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 可愛いなんて言葉、真顔で言われたことなんて一度もない。

 知らない男の人たちからは、可愛いね、綺麗だよ、って、ベッドの中で何度も言われた気がする。でも、吉田さんの今の言葉はそんなんじゃない。私は急激に体温が上昇するのを感じて、吉田さんに背を向けた。


「な、なに口説いてんのっ」

「だから趣味じゃねえって」


 吉田さんが動揺したかのような声色で慌てて否定する。

 冗談で言ったんじゃないことぐらい、私にだって分かる。でも、男友達はおらず、男性とお付き合いの経験もない私には、男の人の距離感が分からなかった。

 どういう気持ちのときに、男の人はそういうことを言うのだろうか……。

 私は指をもじもじさせながら考えていると、大事なことを伝えていなかったことを思い出した。

 私は少しだけ振り向き、流し目を送る。ちょうど吉田さんと目が合った。


「吉田さん、ありがと」


 私は精一杯の感謝の気持ちを、ありきたりのその言葉に込めた。


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