第3話 宿代 前編

「味噌汁おいしい?」


 私はちゃぶ台に肘を突き、吉田さんが味噌汁を啜り終わってから感想を訊いた。


「あ、あぁ……まぁ……」

「どっちだし」

「美味いよ、それなりに」

「それなりかあ」


 何か別のことでも考えているかのような表情に、私はまたけらけらと笑う。

 私からの真心じゃ、スパイスが足りなかったみたいだ。私は思っていたことをそのまま口にする。


「ほんとは後藤さんに作ってもらいたかったんでしょ?」

「な、何でお前が……」

「昨日フられたんでしょ? 寝言で言ってたよ。俺は5年も貴女のことを~って。あと、その胸に挟んで欲しかった~ってね。吉田さんって、おっぱい好きなんだ?」


 さっきまでビックリしていた吉田さんの表情から、みるみる血の気が引いていく。さらに顔を両手で覆ってしまった。

 図星かぁ。男の人なんだから、好きな人にそういう感情を持つのは普通だと思うけど、分かりやすい人だな。

 私は制服のリボンを抜き取ると、ブラウスの胸元のボタンを一つ一つ外しながら、向かいに座る吉田さんの横にそっと座り直した。


「ね、吉田さん」

「おわっ」


 耳元で囁くと、彼の肩がびくりと跳ねた。顔を上げた吉田さんは、明らかに動揺していた。


「私が慰めてあげよっか」


 吉田さんの視線が、舐めるように上下に動いた。

 私の胸元ははだけている。黒のブラに寄せ上げられた胸の膨らみが、ばっちり見えているはずだ。それが普通の反応だと思う。でも、吉田さんは息を呑み――


「だから、そういうのやめろって言ってんだろ」

「素直じゃないなぁ」

「バカ、俺はお前みたいなちゃちい身体のJKに慰めてもらうほど、惨めな男じゃねえんだ」


 何となく予想していたけれど、吉田さんは私を求める気はないらしい。もしかして、結婚するまで清い身体でいますってタイプなのだろうか?

 私だって好んで男の人に抱かれたいとは思わないけれど、吉田さんならいいかなって思ったりする自分がいるのも事実だった。だから、もう少しだけ押してみることにした。


「えー、でも私、結構おっぱい大きいと思うんだけど?」


 私はカーディガンのボタンを外し脱ぎ捨てると、ぐいと胸を張った。

 突き出すように主張されたバストに、吉田さんの視線が突き刺さるのを感じる。

 吉田さんはおっぱいが好きみたいだから、かなり効果的なはずだ。制服に隠れていたから分からなかったかもしれないけれど、胸の大きさには自信がある。その後藤さんって人にも負けてはないだろう。

 まじまじと見続けるとばかり思っていたら、吉田さんは直ぐに顔を背けた。


「ま、まあ、女子高生にしてはデカイかもしれないけどな……後藤さんはもっとすごい」

「はは、もっとすごいんだ」


 大人の女性でも私より大きい人はそうそういないと思っていたから、笑うしかなかった。

 私はバカらしくなって、元の猫背気味の姿勢に戻る。


「何カップぐらいなの?」


 ちょっと気になった。バストサイズはカップだけでは決まらないけれど、男の人に細かいことを言っても理解できないと思う。CカップとEカップが同じ大きさのことだってあるんだよ、とか言っても意味不明でしかない。


「わかんねぇけど、多分Fくらいはある」

「Fだったら私と同じだよ」

「は? それFもあんのかっ!」


 吉田さんが再び、露わになっている胸元を見る。結構ジロジロ見てくるものだから、おっぱいが好きなんだということはわかった。


「うん。これより大きく見えるのなら、GとかHとかあるんじゃない?」

「Hカップ……そっか、Hカップ……」


 頬を赤らめ連呼する姿は、どんだけHカップが好きなんだって感じだ。

 私はどちらかと言えばスレンダー体型だけど、GとかHの細身の人っていうのが想像できなかった。ぽっちゃり体型だったりするのかな? 後藤さんが爆乳ってだけで、大人の女性の魅力には負けていますよ、と言われるのはなんか癪だった。


「でもさー、触れないHカップより、触れるFカップの方がよくない?」


 私は気付くと再び胸を強調させていた。何でそこまでして男の人を誘ってるんだろうって、我ながら思う。

 今までの男の人は、私の身体に興味津々だった。なのに、吉田さんだけが反応が薄い。吉田さんも他の男の人たちと同じだけど、我慢しているだけなのだろうか? それとも、本当に爆乳にしか興味がないのだろうか? たぶん、吉田さんの気持ちが知りたかったのだと思う。

 吉田さんが盛大に溜め息をついた。


「お前さ、そんなに俺を誘惑してどうしたいんだよ。本当に襲ったら、どうするつもりなんだ」

「うぇ? 普通にヤるけど。吉田さんそこそこイケメンだし、嫌じゃないよ」


 私は本音を隠して、質問に対してだけ正直に答えた。求められればお礼として身体を差し出す。それだけのことだった。


「……俺と、ヤりたいのか?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「なんなんだよっ、お前はっ!」


 吉田さんがちゃぶ台を叩いて怒鳴った。やっぱり、吉田さんの反応は今までの男の人と違う。


「ヤりたくないなら迫るなよっ! 平気で襲う男だっているんだぞっ!」


 当たり前のこと過ぎて、私は眉を寄せ、首を傾げた。

 吉田さんは本気で怒ってくれているように思えたけれど、どこか説得力を感じなかった。それはたぶん、吉田さんが男の人だからだと思う。


「逆に訊くけどさ……」

「なんだよ」


 私は吉田さんの首に両手を回し、ジリリと身を寄せる。

 ただ、身体を密着させないようには気を付けた。吉田さんに襲ってもらいたくて迫っているわけじゃないから。


「目の前にヤッてもいいって言ってる女子がいるのに、なんで襲わないわけ?」

「はぁ……?」

「なんでそんな顔をするの? 普通じゃないのは吉田さんの方だって。今まで何にも要求しないで、親切に泊めてくれる人なんて、一人もいなかったよ」


 まるで宇宙人かお化けでも見るような目で、吉田さんは私を見る。

 私はおかしなことを言ったつもりはない。普通に考えたら、吉田さんの方が常識からズレている。だから、吉田さんの本音が知りたい。


「……っ」


 吉田さんの息を呑む音が聞こえた。たぶん、色々と想像したんだと思う。私が今までどうやって、仮初の宿を確保してきたかを――


「へっ?」


 突然、私の肩は吉田さんの両手に掴まれた。後方に押しやられ、そのまま押し倒される気がした。ちょ、ちょっと待って。身体が強張る。

 でも、それは単に私の身体を引き離すだけの行為だった。一瞬怖くなった自分がよくわからない。


「お前、バカか。名前、何て言うんだ」

「うぇ? 沙優さゆ……」


 ハッと気づいたときには遅かった。私は本名を名乗ってしまっていた。

 名前だけでも色々と調べることができるかもしれない。もう逃げ続けることができなくなるかもと思って、私は俯いた。

 吉田さんが優しい口調で言葉を続ける。


「どっから来た? 学生証を見せろ」


 私は俯いたまま頷いた。学生証を見せれば、私はもうお終いだ。でも、見せないという選択肢はないように思えた。


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