三毛猫は彼氏を見ている⑦




「猫が好みそうなものが何もなかったんだよな。 キャットフードでも食べさせたらいいと思ったんだけど、ゴミでアパートの人に何か思われるとマズいしなぁ・・・」


空智が加恋を眺めながら食事を進めている。 確かに朝から何も食べてないため加恋も空腹だ。


―――今は猫だけど、キャットフードを食べるのって少し抵抗があるよね。


お腹がくぅくぅ鳴るのを少しばかり恥ずかしく思いながら、どうしようかと考えていると空智が手を叩く。


「そうだ! 猫まんまって言うくらいだから、猫も食べるよな。 俺の食べかけで悪いけど、ミケも食べるか?」


空智は食べかけの味噌汁の中に白米を入れ、楽しそうに笑っている。 間接キスであり、食べかけをもらうことに少しばかりドキドキした。 それに口を挟んだのは占い師の女性だ。


「あっくん、駄目駄目! そんなの!」

「どうして?」

「それにミケっていう名前を付けたの? そのまんまじゃん!」

「分かりやすくていいだろ」

「確かに分かりやすいけどさ。 とりあえず、猫まんまって言うけど猫にはそのままあげたら駄目!」

「そうなのか?」

「そうなの。 人間の食事は猫にとって塩分が多過ぎるんだって。 仕方がないからアタシが何か買ってきてあげる」


占い師はまだ途中だというのに、靴を履き何かを買いにいってしまった。 間接キスを阻止されたことに憤りを覚えるが、本当に猫のためを考えてだったのかもしれないと思うと複雑だ。 


「アイツもミケのことを案外気に入ってくれたのかな」

「ニャー」


何となくモヤモヤとした気分である。 しばらく待っているとスーパーの袋を下げた占い師が戻ってきた。 買ってきてくれたのはマグロの刺身だった。


「おぉ、いいもんを食うのな・・・」

「アタシは結構稼いでるから大丈夫。 一応醤油でも用意してやってくれる?」

「・・・え? さっき塩分がどうのこうのって言っていなかったっけ?」

「醤油なしで刺身を食べるなんて、猫じゃあるまいし」

「いや、ミケは猫だろ・・・」


空智はぶつぶつ言いながらも醤油を用意してくれた。 マグロの刺身に醤油を付けて食べると人間の時よりも美味しく感じられた。


―――占い師、案外いい人なのかも?

―――・・・いや騙されたら駄目よ、加恋!

―――空智を私から奪うと宣言した恋敵なんだから!


食事が終わると占い師が言った。


「それで、その猫は結局どうするの?」

「んー。 流石にここでは飼えないからなぁ」


それを聞いて占い師は嬉しそうに言う。


「もしここで飼うなら、もれなくアタシも付いてくるよ?」

「どうしてお前も付いてくるんだよ」

「もう! だからお前じゃない!」

「はいはい、けーちゃんね」


占い師は頬を膨らませている。 少しばかりあざといように思える。


「首に鍵がかかっているけど、普通飼い主はそんなことをしないよね。 首輪っていう感じでもないし、誰かが引っ掻けたのかな?」

「だとしたら不用心だなぁ・・・。 だけど何となく見覚えがある形のような気がするんだよな」


空智とは合鍵を交換している。 だが流石に加恋の鍵が首にかかっているとは思えず、そこまでは考えが至らないようだ。 占い師は加恋のことをジッと見た後、ニヤリと笑ってみせた。


「その鍵はアタシが預かっておくから、とりあえず飼ってくれる人を探してみようよ」

「え、いや、いいよ。 鍵は俺が責任を持って預かるから。 つか飼い主を探すんじゃなくて、飼ってくれる人を探すのか?」

「そうそう。 多分野良猫だよ」

「その割には人に慣れている気がするけど・・・」


―――え、嫌だよ、気付いてよ空智・・・!

―――その握っているのは私の家の鍵なんだよ!


占い師と再度目が合う。 占い師は加恋を見て再び小さく笑うと玄関へと向かった。


―――この占い師め・・・ッ!


加恋も睨み返してみたが効果がなかった。 空智は加恋をひょいと抱える。 その時に目が合った。


―――空智ぉ・・・!

―――私だよ、気付いて!


その思いが伝わったのか空智は何かを察する。


「あれ、お前って・・・」


―――本当に伝わった!? 


期待するような眼差しを向けていたが、その雰囲気をぶち壊すかのように占い師が言った。


「あっくーん! 雨が降ってるー!」

「雨!? マジかぁ。 じゃあ今日は行けないな」


―――ラッキー! 


そう思ったのに占い師は行くのを止めようとしない。 


「どうして? 傘はあるじゃん」

「一本しかないんだよ」

「相合傘をすれば問題はなし!」

「問題はある! お前とはしねぇよ」

「ケチー! 乙女を濡らせる気!?」

「お前のどこが乙女なんだか」


占い師は口を尖らせる。


「じゃあペットを飼っていることがバレて、ここから追い出されてもいいのー? 大家さんに言っちゃうよ?」

「それは困る! でもなぁ・・・」


空智は占い師と加恋のことを交互に見つめている。


「・・・分かったよ」


渋々といった感じだが、結局空智が言い負けたようだ。 一本の傘に二人で入り加恋を飼ってくれる人を探す。 空智が加恋を抱えてくれているが、流石に雨に濡れた。


―――嫌だよー!

―――誰も私をもらわないで!

―――私は空智のものなんだから!


このままでは誰か他の人のペットになってしまう。 これでは占い師に相談したことすら外れてしまう。 歩いていて何となく穏やかな雰囲気の人に二人は声をかけている。 


「この猫飼いませんか?」

「可愛いけどごめんねぇ」

「この猫飼いませんか?」

「飼いたいけどママとパパが駄目って言うから」


だが皆首を横に振るばかり。 加恋は安堵すると共に常にドキドキしていた。


―――よし。

―――私が可愛いのは分かるけど、誰ももらわないでね。

―――というか、このまま飼い主なんて見つからなければいいのに・・・。

―――私は空智と離れたくないから!


そう思っていたその時だった。


「あれ? 空智じゃん」


―――また一人敵が増えた!?

―――誰だろう・・・? 


声の方を見ると一人の男がそこに立っていた。


―――男の人だ。

―――でも初めて見る人だなぁ?


「あ、先輩。 久々っす」

「久しぶりだな」


どうやら空智のバイト先の先輩と出会ったようだ。


―――バイトの先輩か。

―――焦ったぁ・・・。


安堵する加恋とは反対に、先輩は空智の隣にいる占い師を見るとニヤニヤとした笑みを浮かべた。



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