三毛猫は彼氏を見ている⑤




その女性の姿を見て発狂しそうになったのは無理もないだろう。 部屋から証拠どころかご本人登場だ。 まさか浮気現場を直接目にすることになるとは思わなかった。


―――誰ーッ!?

―――誰よ、この美人!!

―――私の知らない人なんですけど!?


思わず声が出そうになるが何とか耐えた。 この鋭い爪で引っ搔いてやりたいくらいの気持ちだ。 だがどうにも様子がおかしく空智は女性の登場に喜ぶというよりは、迷惑そうに思っているように感じた。 


「何だよ・・・。 また来たのか」

「いいじゃん別に」


―――思ったよりも仲が悪い感じ?

―――もしかして、別れた元カノがよりを戻しにきたとか!?

―――そんなの許さないよ?

―――あっち行けーッ!

―――しっしッ!


何となく後ろ足で空蹴りをしてみるも、布団の中のためか二人が気付いた様子はなかった。


「連絡もなしに突然来るなって何度も言っているだろ」

「アタシとあっくんの仲じゃん」

「その呼び方は止めろ!」

「いちいち連絡なんていらないでしょ?」


どうにもよく分からない。 だがやはり女性からの一方的なアプローチが強いよう見える。


―――二人の仲って何!?

―――私よりも仲がいいということ!?

―――何その羨ましい関係!


「加恋に見られたらどうするんだよ」

「その時はその時だよ」


―――私に・・・?

―――って、やっぱりやましいことをしている認識はあるのね!


睨んでいると女性と目が合った。 猫がいるとバレてはいけないのにバレてしまった。


「うん? あれ、その三毛猫は?」


その声で空智もこちらを見る。


―――わわッ、マズい!


今更な気もするが慌てて布団を被った。 空智は気まずそうに言う。


「あー・・・。 今朝勝手に入ってきてさ」

「このアパートってペット禁止じゃなかった?」

「そう。 だから困ってんだよ、あの猫をどうしたらいいのか」


話していると玄関から強風が入る。


「あぁ、もう! 風はアタシにとって天敵なの! あっくんの家に上がってもいい?」

「えぇ・・・。 ・・・まぁ、別にいいけど」


―――えぇ、いいの!?

―――入れちゃうの!?

―――どうして止めないのよ!


あまりの展開に再び布団から顔を出した。 髪とスカートを抑えた女性は遠慮なしにずかずかと部屋に入ってくる。 空智は少し嫌そうな顔をするだけで止めはしなかった。


「へぇ、可愛いじゃん。 この三毛猫」


近付いてきた女性に頭を撫でられる。 強い化粧と香水の臭いが非常に不快だ。 どうやら猫の嗅覚は人間よりもいいらしい。


「お前もらってくれる?」

「お前じゃない」


その発言に迷った挙句、空智は溜め息交じりで言った。


「・・・けーちゃん、もらってくれる?」

「申し訳ないんだけど、アタシの父は猫アレルギーでね」

「あぁ、そうだったな。 って、呼び損かよ」


―――家族事情まで知ってるの・・・?

―――そんなに知っているって、やっぱり元カノ・・・!?

―――・・・元カノを家に上げるだなんて、正直見損なったよ。


何か不審なことでもないか捜索してはいたが、実際に目の当たりにしてみると精神的にかなりキツい。 必死に元カノを空智はあまり歓迎してない、と思おうとするがやはりそう簡単には納得できないのだ。 そうこうしているうちに女性は異様に撫でてくる。 先程まで空智に撫でられていたこともありむかっ腹が収まらない。 まるで付いた匂いを塗り潰されているような気分だ。


「ねぇ、ずっとスマホを触らないで何かしようよ」


加恋猫を取られてしまったためか、空智は退屈そうにスマートフォンをいじっていた。 それに女性が憤慨している。


「何かって何だよ」

「何でもいいから!」

「というか、お前は何の用でここへ来た?」


その言葉に女性は頬を膨らませる。


「だから、お前じゃない! 用なんてないよ? あっくんに会いたかったから来ただけ」


―――何その理由!


「まぁ、そうだと思ったけど」


―――思ったの!?

―――普段からよくあることなの、これ!?

―――しかもこの中身のない会話!


それだけでも羨ましく感じた。 空智はスマートフォンを置くと立ち上がる。


「どこへ行くの?」

「とりあえず昼飯にしようかと思って。 おま・・・。 あー、けーちゃんも何か食べる?」

「食べる!」

「猫用のご飯も考えないとなぁ・・・」


空智はキッチンへと歩いていった。


―――行かないでよ・・・。

―――この女の人と二人きりにしないで!


やはりその隙に女性はグッと距離を詰めてきた。


―――異様に近いんですけど・・・。


ジッと見つめられ、そして女性はとんでもないことを口にしたのだ。


「・・・アンタって、もしかして加恋?」


―――・・・え?



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