第157話 星暦553年 橙の月17日〜18日 これも後始末?(5)(一部第三者視点)
>>>サイド 青
「あ~。これ、破壊用の魔具だわ」
15番目の上水道の分岐点の確認に来たウィルが、部屋に降りてきた途端に声を上げた。
ただし、他の人間が見ていた水圧を制御している仕組みのところではなく、部屋の端でパイプが壁に入っていくところを指さしている。
非常に用心深く誰も信用していなかったし、時々驚くような盗みを成功させていたりしたが、全般的にはまだそれ程注目に値する
魔術院にテストの回答を盗みに行くという馬鹿々々しい案件で失敗してから、奴の人生は一変したようだ。
今では
以前の禁呪がかかわった連続殺人事件の時、何も無いところから痕跡を見つけていく様子に中々大したものだと思ったが、今回も役に立ってくれそうだ。
まあ、ギルド長の右腕たる自分が子守で付いていくのだ。
当然、それなりの働きをして貰わなくては。
「キーになる魔力を通したら中に入っている強酸が放出されて、パイプとその下に穴を開ける仕組みだな、こりゃ。
爆発音とかはしないし、下にも穴を開けていくから漏水元としての発見が遅れたかも知れないが・・・。ここの水を止めたらどこに影響が出るんだ?」
巧妙に隠された飾り蓋を外して壁にはめ込まれた魔具を暫く沈黙して眺めていたウィルが、解説し始めた。
ふむ。
毒の混入ではなく、破壊ねぇ。
しかも、爆破音をさせずに。
「ここだと・・・西側の染色工房が集まっている辺りだな」
何やら図面を見ていたファルータの裏ギルドの男が答えた。
「染色工房か。
火でも放った上で、水も止めて全焼させようという所か。
祭りの最中だったらあまり人も居ないだろうし、消火に手間取っただろうな」
ファルータの織物の染色は中々有名だ。
ガルカ王国は人間では無く、産業を狙うつもりなのか?
ガルカ王国との戦争に備える軍費を賄うためにも、代々のファルータ公爵は産業促進に熱心な人間が多かったと聞く。
標的となる産業は色々とあるはずだ。
ウィルがうんざりしたようにため息をついた。
「もしかして、要注意な潜在的標的が思っていたよりも多い・・・?」
「だろうな。
ノンビリ夕食を取る暇は無いかもしれんぞ」
若い魔術師の耳が微妙に赤くなるのを楽しみながら、からかう。
下町出身の癖に初心すぎて笑えるんだよな、こいつ。
こちらを睨んでから、ウィルが裏ギルドの男の方に向き直った。
「強酸さえどけてしまえば、この魔具の威力そのものはパイプに影響がある程ではないから、容器を持ってきて強酸を移しちまえば問題無い。
その方が、相手にもこの魔具の存在が発覚したことがばれないで済むし。
そちらで何とか出来るか?
難しいっていうなら俺がなんとか出来ないことも無いが、そうすると他の分岐点とかを見て回る時間が厳しくなると思う」
というか、面倒なだけだろ?
強酸の扱いなんぞ、どの街の裏社会にも馴れた人間が何人かはいるはずだ。
分かっているから『手伝えなくは無い』とは言いつつも手伝いを頼まれにくい言い回しにしている。
余程、時間を取られてデートが出来なくなるのが嫌なんだな。
まあ、面倒なだけかも知れないが。
しかし、魔術師と言うのは強酸の扱いまで出来るのか。
ちょっと驚きだ。
◆◆◆
>>> サイド ウィル
「あ~、何でこんなことしなくちゃならないんだぁ~」
一人で愚痴を呟きながら、初日に見て回った分岐点の上の道端にしゃがみ込んで靴紐を直している振りをしながら分岐点の周りを確認する。
お偉いさんの若き日の過ちとか、別のお偉いさんの妻の浮気疑惑に対する八つ当たりとか、どうでも良いことで俺たち平民にとばっちりを食らわせるんじゃないよ、本当に。
ガルカ王国も、報復したいなら王家なり公爵家を直接狙えば良いんだよ。
平民や平民のやっている工房を狙うんじゃなくって。
ああ、むかつく。
俺の
分岐点そのものも魔具なので、そこを視る時は他の魔具が紛れ込んでいないか注意をして視ていたがそれ以外では注意を払う必要も無く、おざなりにやっていた。
流石にあまりにも露骨に手抜きっぽい行動をしていたらファルータの裏ギルドの怒りを買いかねないので、ある意味暇つぶしに周りも注意して視ていたのだが・・・それでも『きっちり全ての部分を視た』というよりは、『適当に暇つぶしに他の部分も視た』だけなので、魔具では無い何かを仕掛けられていた場合、それを確実に見つけたかどうかは自信が無い。
特に、最初の退屈していなかった段階(青や裏ギルドの人間にファルータの街のこととかを聞いていた時とか)では魔具以外の物を見逃した可能性がある。
なのでしょうが無いから、初日に見て回った場所を再確認しているのだ。
『手抜きしていました』と白状するわけにも行かないから、俺一人で、俺の自由時間に。
ああ、むかつく。
決まった時間に毒を仕込もうとした場合は、決まった時間に上水道のパイプに穴を開けるなり目的の液体を浸透させるなりの作業が必要になる。だから基本的に魔具を使わざるを得ない。
だが、放火した後の消火活動を邪魔するために上水道を破壊するだけだったら、場合によっては魔具である必要性はない。
例えば、放火するのに単に火を付けるのでは無く、爆発物に火を付ける形にした場合。
もしくは放火した場所に火が付いたら爆発するような物が置いてある場合。
デリケートで壊れやすい部品に薬品を詰めておいて、爆発の衝撃でその部品が壊れて中身が溢れる様にすれば、消火を邪魔するための上水道パイプ破壊だけを目的としているのだったら十分だ。
つまり、魔具だけを探しているのでは俺の役割を果たせていないかもしれない。
昨日、染色工房地区の傍で魔具を見つけた後に、このことに気が付いた。
その後はきっちり魔具以外の不審物も探すように気をつけたが、今更気をつけたところで初日の捜査で視た部分の見落としは見つからない。
なのでしょうが無いから、再確認しているのだが。
ああ、むかつく。
今日はシェイラと夕食を食べる予定だったのに。
それに、魔具は見つけたら裏ギルドの連中に無効化を任せれば良いが、もしも魔具でない破壊用の装置を今見つけたら・・・それを裏ギルドの奴らにどう言うか?
魔具じゃ無い装置が使われる可能性があることは言った方が良いだろうし、どんな見た目かを知るためにも装置を見せた方が良いだろう。
だが、既に一度捜査した部分で何で俺が最初に見落とした物を今更見つけたのか、どう説明するんだよ?
あぁ、うざい。
見つけたら面倒な説明があり、見つけなかったら俺の一人での再確認は単なる無駄な時間の浪費。
なんかもう、成功しても失敗しても嫌な作業をしなくちゃならないなんて、切なすぎる。
ガルカ王国も、こんな事に時間を掛ける暇があったら、自分の国の中の状況を改善すれば良いんだよ。
俺でも耳にしているぐらい、国内の状態が酷いくせに。
前回の公爵をそそのかしての王家暗殺計画ならまだしも、今回のは完全に不毛な報復でしかなくって、得るものは何一つないって言うのに。
足元にある分岐点の確認が終わり、立ち上がって次の場所に向かおうとしたら目の前に青が居た。
「よう、何だって再確認なんかしているんだ?」
うげ。
「何のことだ?単に散策してみているだけだよ」
青が肩を竦めた。
「何やらお前が初日に見て回った場所をまた回っているって裏ギルドの連中が気が付いてな。
変な事をしているんじゃ無いかと怪しんで俺が呼び出されたんだよ」
おやま。
ファルータの裏ギルド、無駄に有能だね。
分岐点の部屋には入っていないのに。
まあ、それだけ頑張って街の警戒にあたっていると喜ぶべきか?
「消火活動を邪魔するためだけに破壊するんだったら、地上の爆破の衝撃で作動するような装置を使えば魔具である必要が無いことに気が付いてね。
初日は魔具しか探していなかったから、一応再確認しているんだよ」
はあ。
ため息が出る。
どうせばれるんだったら、変に見栄を張らずに最初からそう言って普通に明日の日中にやれば良かった。
そうすれば今晩もシェイラと一緒に夕食を取れたのに。
失敗したぜ・・・。
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