第156話 星暦553年 橙の月16日〜17日 これも後始末?(4)

「この都市で祭りの最中に大量虐殺や混乱を招きたいとしたら、水源への毒の混入、スラム街か下町への大量放火、中央広場やその近辺での大がかりな攻撃魔法なり爆発力の高い何らかの魔具の使用が考えられると我々は見ている」

青に案内された下町の傍にある酒場の2階の部屋で、平凡な容貌の男に紹介された。


こいつが今回の案件における領都ファルータの裏ギルド代表の役割を果たしているらしい。


「この都市の主な水源は井戸か、それとも川?」

井戸だったら一気に多数の人間に行き渡るように毒を混入する為には大人数で時間を合わせて毒を投げ込む必要がある。

いくら同じ地下水脈を水源としていても、井戸の場合は井戸と井戸との間の水の浸透速度は川ほどは早くない。なので地下水脈に即効性の高い毒を入れても同じタイミングで全ての井戸に毒が回るわけでは無いらしい。


「下町とスラム街は井戸だ。

もっと良い地区には街の外に流れるフェルナ川から引いた上水道を使っている」


へぇ。

上水道か。

王都では井戸がメインで、貴族の屋敷とかは井戸から屋敷へ給水する魔具を使っているところが多かったが、この街では違うんだな。


上流階級の人間が住みたがるような地域に地下水脈が少ないのか?

それとも、領都とは言え王都より小さいから、過去の公爵の公共事業で上水道の手配が可能だったのか。


「上水道だとしたら、どこからでもかなりの数の世帯の水を一気に汚染できるんじゃないか?」

水源から街中までの水道の長さは数百か数千メタにはなるだろう。

それを全て見張るのも、確認するのも無理があるぞ。


「ここの上水道は地形の事情で、魔具で水圧を掛けて水を流す形になっているから、毒を混入するために穴を開けたらそこからもの凄い勢いで水が噴き出すし、その下方での水圧が一気に下がるんだ。だから水道を破壊するならどの地点でも出来るが、毒を混入できるのは水圧が制御されている分岐点だけになる。

まあ、それでも50箇所以上あるが」

うげ~。


ふと、嫌なことを思いついた。

分岐点もしくはフェルナ川の取水口に忍び込んで、水道の中をゆっくり転がって移動するような魔具を仕込んだらどうなるんだ?

分岐点に魔具は無いから、いくら俺が探しても見つからんぞ。


『清早。ここら辺の川や井戸や地下水脈の中に、決まった時間になったら毒を出すような魔具が転がっていたら分かる?』

折角水の精霊が協力してくれているんだ。

活用できるか、聞いてみよう。


『勿論!

注意を払っていれば水に毒が放出されたらどこだろうと分かるし、無効化出来るぜ?

魔具なんて不自然な物があるんだったら探せば直ぐに分かるし』


あら。

無効化できるんかよ。

だったら調べる必要ないじゃん。


・・・とは言っても、下手に俺と繋がりのある水の精霊の無敵さを知らしめたら、後が面倒そうだな。


シャルロならば実家の権力もあるから変な事を頼んでくる奴はいないだろうが、裏ギルドにも繋がりのある若手魔術師なんて、変にその便利さが知れ渡ったらどこから『依頼』が来るか、分かったもんじゃ無い。後が怖いぜ。


「普通の一般家庭への水が汚染されても、祭りの最中だったら留守にしている家が多いだろう?

飲食店とかへの給水が多い分岐点から確認していくことにしよう。

そこら辺を調べる時に、中央広場近辺もついでに調べられるか?

50箇所の分岐点と更に中央広場近辺を9日で確認となったら、中々時間的に厳しいと思うんだが。

もっとも、『中央広場近辺』なんて漠然とした範囲だったら、俺が調べた後に魔具を仕掛けられるのを防げないんじゃ無いか?」


スラム街や下町への放火の調査は・・・後回しだろうな。

そんなところだったら魔具を使わなくても、それこそ何人かの人間が火を付けて回れば十分だろうし。


「中央広場近辺は先に一通り見て貰って、もしも魔具を仕掛けてあったらその箇所と、それと似たような場所を見張る。

そして最終的に祭りの始まる前日にでももう一度見て貰いたいと思っている。

飲食店への分岐点を効率的に確認出来るルートを明日にでも提出させるから、先に中央広場近辺の確認から始めてくれ」

裏ギルドの代表が答えた。


まあ、そんな所だよな。

あまり『中央広場近辺』が大きくないことを期待しよう。

どうせ魔術師や軍人をそれなりに配置するんだろうから、ガルカ王国側の魔術師が出張ってくる可能性は低そうだよな。

出てきたとしても、騒ぎを起こしたら直ぐに取り押さえられそうだし。


そう考えると、多数の魔具設置が一番怖いか。


祭りの時にパレードとかがあるんだったら、それが通る経路も確認する必要があるだろうなぁ・・・。


◆◆◆


「今回の出費って国から補填される訳じゃあないよな?」

ファルータの裏ギルド代表らしき男に連れられて上水道の分岐点を回りながら青に尋ねた。


昨日は中央広場近辺を見て回り、ついでに近くにあった分岐点も確認したのだが、特に何も見つからなかった。


まあ、あれだけ人通りが多いところに10日も前から魔具を仕掛けておくのは発見の危険が高いだろう。


・・・そう考えると、俺の昨日の作業って完全に無駄?

とは言っても調べないわけにはいかないし。

中央広場そのものはそれ程大きくはなかったので、数日おきに夕食でも取る際にでも見て回るか。


シェイラも俺がこっちにいる間にちょくちょく食事を一緒に取るために来たいって言っていたし。

いい加減、ヴァルージャの食事処は飽きてきたからな。

たまには違うところで食べたいらしい。


パレードのルートはまだ不明で、軍部からの情報待ちだ。

明日ぐらいには届くのでは無いか、と裏ギルドの人間が言っていた。

先に上水道の分岐点を潰しちゃった方が無駄が無いかな?

上水道の分岐点は、一度確認したらその後は裏ギルドが見張りを残しておくので再確認する必要が無い。


パレードのルートは人通りが多い場所だったら中央広場と同じだ。あまり早くに魔具の設置は考えにくいから、再確認の必要が生じるかも知れない。


パレードのルートそのものが直前まで秘密だったら楽なんだが・・・警備やら邪魔になる屋台とかの撤去なんかの手配が必要なので、祭りの5日前に公表されるらしい。


別に王太子がファルータを訪れる訳では無いのに、パレードって誰がするんだ?と青に聞いてみたら、新公爵とその夫人が馬車に乗って街中を移動するらしい。


・・・却って王太子が来るよりも狙われそうだなぁ、おい。


しっかし。

考えてみると今回の事件ってもの凄い人力を使っている。

分岐点の見張りだけだって50人は必要だ。

それどころか四六時中見張るとなったら、交代要員を入れて倍の100人は必要かな?


その上、中央広場やパレードのルートも調べて見張っている人間が必要だし。


更に、スラム街や下町も俺に頼まないとしてもそれなりに見て回るだろう。


そして祭りの当日には、起きるであろう騒動に対応するために更に多くの人員を準備しておく必要がある。


例え火事や爆破を事前に抑えられて物的被害が無かったとしても、人件費だけでも莫大な出費だ。


「王都からの助っ人は義援金で賄うからファルータの裏ギルドの出費にはならないが・・・。

ファルータ側が集めた人員の費用や何かあった時の出費はファルータで飲むことになるだろうな」

青が肩を竦めながら答えた。


うへぇ。

ガルカ王国、恨まれそうだな。


とは言え、ガルカ王国の一般市民は王国の情報機関なり神殿なり政府なりが企んでいるらしき今回の報復のことなんか知らないだろう。

下手にファルータの裏ギルドが出費分を取り返そうとガルカ王国で頑張ったりしたら、アファル王国への悪感情がかき立てられ・・・場合によっては戦争論が高まったりしかねない。


あそこは元々庶民の暮らしが苦しいから、外に怒りを向けさせることで権力階級への恨みを逸らしているらしいからな。


破壊的行動の応酬なんて、損害だけを生み出すだけで虚しいの一言に尽きるんだけどなぁ。

これで実際にどちらかの領土が広がるんだったらまだしも、今回は嫌がらせから発しているらしいし。


前回の騒ぎみたいに、主要な国境近辺の貴族の協力を得た上で王族を暗殺しまくって混乱を招き、その隙を突いて攻め込むと言うのならまだ成功する可能性はある。


それを失敗して、アファル王国内に配備していた人員を逮捕されたから裏切りの報復に出るってさぁ。

ガルカ王国は本当に損切りが出来てないよなぁ。

まあ、宗教として地に落ちてしまったテリウス教を国教のままにしている事からも、トップの思い切りが悪いのは明らかか。

上の人間はもっと冷徹に状況を見極めて判断を下さないと駄目だろうに。


ガルカ王国の元々の動きの諸悪の根源は、王太子の若き頃の過ちと前ファルータ公爵の八つ当たりじみた売国行為だ。

だが、王家も公爵家もそれを認めるわけにはいかない。

認めないからには、何かが起きたとしても下手に手厚く補助金を出すわけにも行かないだろう。


もっとも、ファルータ公爵家にはそれなりに資産があるはずだから領民の損害を補填できるかな?

とは言え、裏ギルドが『領民』と認識されているかは非常に怪しいところだが。


こんだけ頑張っているのに、公爵家には『領民ではないならず者』なんて思われて全く資金援助なかったら、裏ギルドも切ないだろうなぁ。


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