第155話 星暦553年 橙の月15日〜16日 これも後始末?(3)

「最近はファルータ領によく出現しているらしいな?」

長の第一声はこれだった。


おい。

そんなこと、何故知っているんだ。

しかも、そのニヤニヤ笑いからすると、シェイラとのことも聞いているな??


「俺がよく行っているのはヴァルージャなんですけどね」


長が笑った。

「ヴァルージャとファルータだったら近いから、お前さんの空滑機グライダーを使えば直ぐだろう。

王家と公爵家に恩を売りながら夜は恋人と一緒に過ごせるなんて、最高じゃないか」


おいおい。

恩を売るつもりは無いぞ。

少なくとも、現時点で俺の名前はどこにも出すつもりはない。

まあ、きっと学院長は俺の『貸し』として憶えておいてくれるだろうが。


「特に上昇志向が無い人間にとって、便利な人間だとお偉いさんに知られるのなんて害があるだけで利はありませんよ。

軍部が危険と考えている場所の情報をギルドに流すので、そちら経由で働くことになっています。

長も、俺の名前や正体がばれないようによろしくお願いしますよ」


ワインをグラスにつぎながら長が肩を竦めた。

「まあ、お前ならそう言う可能性が高いだろうとは思っていたが。

よくぞそれでお偉いさんが納得したな」


「変に名前を特定させて借りをはっきりとさせるよりも、『名無し』相手にしておく方が、相手も気が楽なんでしょうよ。

実際には魔術学院の記録を調べれば、裏社会との繋がりから俺の名前にたどり着くのにそう時間はかからないでしょうが」


税務調査にかこつけた調査依頼はギルドの方からきた話だから、ある意味裏社会に脱落した魔術師モドキの候補者はそれなりの数がいる。


だが、前回の王太子がらみの学院長の問題は、『教え子』だから協力したというのが多分出てきただろうからなぁ。


というか、例え純粋に盗賊シーフギルドの人間だとしても、内乱を引き起こしかねないヤバい国家機密を知ってしまったのだ。

軍部としたらそのまま正体を曖昧にしておく訳にはいかなくて、何としてでも調べただろう。


「それはともかく。

調べる場所のリストアップと案内、それと俺が確認した後の見張りの手配が必要なんですが」

裏社会は国内(外もだが)でそれなりに繋がっているが、ファルータの裏ギルドが王都の盗賊シーフギルドの長の管轄下にある訳では無い。


勢力争いしたら、どうしたって資源の違いで負けるからそれなりにこちらへ協力的だという話は聞いたことがあるが。


今回は、どんな協力体制になっているんかな?


「元々、裏ギルド俺たちの方が先にガルカ王国の企みに気が付いたんだよ。

だから既にヤバそうな所はリストアップしてある。

まあ、新しい軍事技術や魔具によって思いも寄らぬ場所が使われるかも知れないから、軍部の情報も活用させて貰う予定だが。

既にファルータの裏ギルドは人員を総動員して確認中だから、向こうに着いたら直ぐにお前も取りかかれるようになっている」


なんだよ。

俺の協力が既に予定に組み込まれてるんかい。


「どこで落ち合えば良いんですか?」

流石に、魔術ギルドの転移門の出口でという訳にはいかないだろう。

かといって、公爵家の玄関前というのも無いよな。

・・・考えてみたら、前回の騒動の時に領都にあった公爵家の屋敷を全て回ったから、そのうちのどれか小さいところでも構わないが。


公爵家が協力しているんだったら、どれか1つを裏ギルドの活動用に提供してもらってそこに宿泊しても良いし。


「人海作戦になるからな。王都からも人員を提供することになっている。

青が一緒について行くから、あいつに付いていけば大丈夫だ」


ほう。

一緒に行くと言うことは、青も転移門を使うんだろうな。青の転移門代はあっちが払うんだよね??

俺はばらした空滑機グライダーを持って行かなきゃいけないから、それなりに荷物が多くて青の分まで魔力を負担できんぞ。


◆◆◆


「久しぶり」

魔術院の入り口で待っていた青に声を掛ける。

シャルロ達には、暫く学院長に頼まれて調べごとをすることになるので王太子婚約祝いの祭りが終わる頃まで帰って来れない可能性が高いと言っておいた。


シャルロもアレクも特に驚いている様子がなかったが・・・あの二人は、どの位まで知っているんだろうか?

流石にファルータ公爵のご乱心のことは軍部が死ぬ気で情報統制しただろうが、軍が領都ファルータで片っ端から危ないところを人海作戦で調べ回っているとしたら、そちらの情報は漏れている可能性が高い。


人員を集めるだけで、どうしても情報というのは漏れていくからな。

しかも軍が人員を集めるなんて、戦争や内乱と言った不穏な騒乱の前触れの可能性が高い。

そう考えると、商会なんかはそれなりに注意を払っているだろうし。


アレクの兄さん(セビウスさんの方ね)あたりだったらその辺の情報は絶対に集めていそうだ。

シャルロの実家のオレファーニ侯爵家がどの程度、情報収集が得意なのかは知らないが。


まあ、有力な侯爵家として長年にわたってそれなりの勢力を保ってきたんだ。情報がもたらす力の使い方だって分かっているだろう。


ある意味、蒼流程の力を持つ精霊を利用せず、その情報すら殆ど流れないように出来ているだけでもその力の程が分かるよな。

普通の貴族の家にシャルロが生まれていたら、絶対に蒼流の力を何らかの形で利用するだろう。

自分の所の領地開発だってどれだけ可能性が広がることか。

他の領地の開発に協力することで色々と貸しも作れるし。


精霊の加護を与えられた人間を酷使したりしたら報復が怖いから本人が嫌がることはしないだろうが、何も頼まずに魔具の開発を好きにやらせるなんて、考えようによっては勿体ないにも程がある。


まあ、それはともかく。

ケレナとシャルロの結婚にも関係する話なせいか、今回の王太子の婚約のこともそれなりに早い段階から知っていたようだったが、どうなんだろ?


単に、ファルータには行くなとだけさりげなく助言されて、そこから『何かあるのかな?』とシャルロが推測しているだけかも知れないが。


青は特に何の反応も見せず、短く頷いただけだった。

「おう」

相変わらず、無口なこって。

少なくとも、頷いて一言返してきただけでもマシかな?


俺が続くかも確かめずに、青はそのまま魔術院の中へ進み、転移門の部屋の扉を開いた。

「ファルータへ」

転移門の担当者へ告げて、料金支払済みを示す札を差し出す。


自分で飛ぶんだったらいつでも転移門が開いているときには自由に使えるのだが、魔術師に転移を頼む場合は時間や魔力の調整の関係で、前もって申し込んでおいて支払も済ませておく必要がある。


ちゃんと俺に会う前に、既に手配していたんだな。

うむ、良かった。

ここで俺に転移しろなんて言われたらちょっと迷惑なところだった。


青が転移されて姿を消したので、俺も転移門に近づき、軽い感じで担当者手を上げた。

「よっ。

ちょっと行ってくらぁ」

俺と青が転移門を使う日の担当者がアンディだったのって偶然なのかねぇ?

まあ、何も聞かれない限り、王家(もしくは軍部)と魔術院がどんな情報戦をしようと俺は知ったこっちゃない。


「シェイラちゃんによろしく~」

アンディがニヤニヤ笑いながら言ってきた。

・・・あれ?

何でお前がシェイラのことを知っているんだよ??


思わず情報源を問い詰めようと足が止りかけたが、対応したら更にからかわれる気がしたので聞かなかった振りをしてそのまま進む。


ううむ。

アレクかシャルロが、漏らしたな?!



領都ファルータの転移門から出てきたら、既に青が転移室から出て行くところだった。

ファルータ側の魔術師に軽く頷いて挨拶を交わし、そのまま俺も部屋を出る。


メインロビーに出てきたら、外へ続く扉をくぐり抜ける青の姿が見えた。

『清早。青にマーカー付けて、見失っても後を追えるようにしておいてくれる?』


青のことならよく知っているから、本人を心眼サイトで追っていくのも難しくないはずだが、あまり馴染みが無い都市で見失ったら探すのが面倒だ。


折角清早も一緒に来てくれているので、活用した方が楽だ。

これから色々神経使って調べなきゃ行けないんだから、楽をできるところは楽しなくっちゃね。


『了解~』

清早が明るく答えた。

今回は最終的には清早に力業で被害を抑えて貰う事になるかも知れないという最悪の状況も想定して、ずっと一緒に居てくれと頼んである。

久しぶりに頼み事をしたせいか、中々ご機嫌だ。


頼まれ事をする方が機嫌が良くなるなんて不思議だが、久しぶりに清早と沢山の時間を一緒に過ごすのも、悪くは無い。


そう考えると、次の休みにでもシェイラの作業を清早と一緒に手伝うかなぁ。

発掘隊の人達にさえ知られなければ、清早に樹木霊とのやり取りに協力して貰ったって構わないし。


もしもこちらでの調査が良い感じで進んで、領都ファルータに来てもあまり危険がなさそうだったらこちらで遊ぶ際に一緒に回って貰っても良いし。


だが、遺跡の傍で清早と顔を合わすとシェイラが直ぐさま樹木霊の所へ突撃しそうな気がしてならない。

樹木霊のことを話した夕食の時だって、あのまま直ぐに発掘現場に戻りかねない勢いだったし。


うん、やっぱり遺跡とは転移門で物理的に隔離されている状態で一緒に遊ぶ方が良い気がするな。


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