第139話 星暦553年 黄の月6日 ちょっと趣味に偏った依頼(5)

「はい、これが安全装置。

こちらが通信機。

空滑機グライダーそのものは俺が動かすから、観察するなり下とやり取りするなり、好きにしてくれて良い。

だが、あまり急に体勢を変えないでくれ。空滑機グライダーのバランスが崩れると危ない」

のりのりで上空に上がるための服装に着替えたシェイラに、空滑機グライダーへ乗るための指示を伝える。


晴天で、良い感じに太陽が空気を暖めているので今の時間帯なら上昇気流にのりながら森の上空を暫く回れると思うが、空滑機グライダーは一箇所に留まるよりも高速度で上空を飛ぶ方が安定性が高いんだよね。


シェイラのわくわく度合いから見て、色々興味が持った物をがっつり見たがりそうだが・・・それは後で浮遊レヴィアの術で確認して貰おう。


小さな街ぐらいの規模があるこの遺跡と、その周辺に生える大木を全て浮遊レヴィアをかけて見て回るのには無理がある。


願わくは空滑機グライダーで上空から観察したら、それなりに怪しげな調べるべき対象が見つかることを期待したい。


「分かったわ。

ありがとう」

安全装置を付けながらシェイラが頷いた。


・・・本当に分かってるんかなぁ?

初日の落ち着いた印象が、さっきの木登りの話をしたときの豹変ですっかり拭い去られた感じだ。


やはり、こいつもガルバやツァレスの仲間だよ。

自分が興味あることにはがっつり飛び込んで行くタイプ。


まあ、ツァレスが高いところが苦手なのか、空滑機グライダーを信頼していないのか、シェイラに任せてくれているのだけがせめてもの救いかな?


狭い空滑機グライダーを成人男性と一緒に二人乗りするよりは、若い女性とご一緒する方がまだ楽しい。


◆◆◆◆


「うわぁぁぁ!!

空の上って静かなのね!!」

平地から飛び立つ用の魔道具を使って上空へ押し上げた空滑機グライダーから身を乗り出すように周りを見回しながら、シェイラが歓声を上げた。


「いや、実際に飛ぶと風の音がそれなりに煩いぞ。

ただ、空滑機グライダーには防風用の保護結界が貼ってあるので静かな感じがするだけだ」


ゆっくりと空滑機グライダーを旋回させる。

考えてみたら、アレクが上空から人避け結界の魔術陣を観察しようかと言っていたよな。

・・・魔術陣は殆ど樹木に覆われて見えないので、これはアレクが空滑機グライダーを飛ばして俺が魔術陣を描き写すのが良いかもしれない。


取り敢えず、中央広場っぽい場所の傍にあったとりわけ大きく育った巨木の周りを見てみるか。


同じような高さの木が密集している箇所は、木が邪魔で空滑機グライダーでは近づけないし。


「これがシェイラがいたテントの裏にあった大木だ。

何か保護的な力が働く魔術が掛けてあるように感じるが、特定の物を守っているのか、単にコミュニティの重要な神木的な樹木を守るための物だかは分からない」

シェイラに声を掛けながら出来るだけゆっくりと空滑機グライダーを旋回させる。


「今まで見つかったフォレスタ文明の遺跡は現地の農民とか樵が色々と森に手を加えていたから、人が手を加えていない形での遺跡はこれが始めての可能性が高いのよね。

森の中に溶け込むように街が創られているのがフォレスタ文明の特徴と言われているけど、本当に樹木が街のデザインの一部だったのか、それとも単に後から森に遺跡が埋もれただけなのか、今回の発見ではっきりするかも知れないと皆も期待しているの」

真剣なまなざしで巨木と、その周りを見ながらシェイラがつぶやくように答えた。


ふむ。

街のデザインの一部か否か、ね。

それだったら上空から見たら分かりやすいかも知れない。


地上からではどの位古いのか分かりにくい木も、上から見えれば明らかに大きく育った木が幾つか目に付く。

「遺跡の見取り図を持ってきているだろ?

それに特に大きな木の場所を記録しておいて、後からより詳しく調べてみたらどうだ?

じゃなきゃあ、熟練の樵でも連れてきて、どの樹木が特に古いか印を付けて貰っても良いし」


見取り図を取り出して下と見比べながら、シェイラが頷いた。

「そうね。上から見ると明らかに他よりも背が高い木があるけど、テントの裏の巨木以外はそんなのがあるなんて私達は気が付いていなかったから、大体の場所を記録しておいて樵の方にでも協力して貰うのが良いかも」


「ちなみに、この遺跡やそこに生えている樹木に対する権利は誰に帰属するするんだ?

樵に見せて、切り倒されちまったら困ると思うが」

この森にあるような巨木は、それなりに金になるだろう。

ファルータ公爵領はそれなりに潤っているはずだから歴史学会が調べている最中の遺跡を荒らしたりしないと思うが、なんと言っても先日の騒動で公爵が入れ替わったからな。


所有権がはっきりしていないのだったら、どさくさに紛れて近郊の街の人間が折角見つかった巨木を現金化しようとするかも知れない。


「・・・元々、森そのものは誰も入れなかったから街の人間も欲しがらず、公爵の持ち物だったはず。

公爵からは歴史学会が満足するまで調べて良いって言われているし、見つかった物を売って得られた収益は1割公爵へ納めれば良いとなっていると聞いたわ。

だから樹木も遺跡の一部だと言えば、幾ら慣習として近郊の樵が森の樹木をある程度切っていいとなっているとしても、切り倒せないでしょうね」


ふうん。

遺跡から見つかった物ってその地主へは1割しか納めなくて良いんだ?

意外と悪くないじゃん。


まあ、俺達が見つけた船なんて、全く誰にも収益を納めずに全部俺たちの物にしちゃったけど。


「じゃあ樵に手伝いを頼む際に、樹木が遺跡の一部だと言うことをそいつや街の有力者に伝えておく方が良いだろうな」

とは言っても、遺跡の一部になるような巨木となったらそう簡単に持ち出せないだろうから、発掘隊が居る間は切り倒そうなんてしないだろうが。


だが、学者の『常識』と一般人の常識はかけ離れていることが多いからな。

シェイラは一般人の常識にも馴染んでいそうだが、それでも新発見に興奮してうっかり忘れていそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る