第128話 星暦553年 緑の月5日 でっち上げの容疑(5)
「
冷静そうな声でザルベーナ大佐が公爵に答えた。
とは言え、
正しく、冷や汗だ。
軍部の人間がこんなに焦るなんて、ファルータ公爵ってそんなに怖い人間だったのか。
・・・後で、長にファルータ公爵について確認してみよう。
どちらにせよ、黒幕だから少しでも情報は必要だし。
「これはなんだ?」
紙を受け取った公爵の声に少し苛立ちが混じってきた。
「どうぞ」
声に出して後ろ暗い依頼の条件を読み上げたくないのか、ザルベーナ大佐が小さな照明の魔具を懐から取り出し、公爵に手渡した。
公爵が紙に目を通している間に大佐が言い訳がましく続ける。
でも、相手が読み終わるまで待たないと聞いてないんじゃないの??
「軍部の人間でしたら一々細かいことを指示しなくても動けるのですが、
依頼されて何かを取り返しに行く場合は、大抵特定の美術品や宝飾品なので今回のように証拠書類を取ってきて欲しいというのは勝手が分からなくて難しいのかも知れません」
ほう、そう思うのだったら
勝手に軍部でやってろってんだ。どうせそんなでっち上げの容疑に対して、証拠なんて出て来るわけ無いんだし。
それとも証拠まででっち上げられて学院長がよけい危なかったか?
でも、でっち上げの証拠なら偽造品であると言うことを魔術でそれなりに証明できるからなぁ。
魔術師同士でかばい合っているんだろうとか言われるにしても、光の神殿の神殿長あたりに真偽の儀式でもやって貰えば疑惑は晴れるし。
・・・そう考えると、こんな面倒な思いせずにあっさり依頼を断っても良かったかも?
まあ、今となってはこれだけ頑張ったんだから最後までやり遂げるけどさ。
そんなことを考えている間に公爵が読み終わったのか、照明の魔具を消して紙をポケットにしまい込んだ。
よっしゃぁ。
紙を大佐の方につき返されたり、燃やされたりしたら面倒だと思ったんだが持って帰ってくれるらしい。
「ふむ。
意外とこやつらも仕事の詳細を考えているのだな。
取り敢えず、これらの条件は飲んで構わん。
追加的な捜査の場所や内容に関しては少し考えてみる。何か思いついたらまた連絡するよ」
肩を竦めながら公爵が大佐に返事した。
前払いの報酬に関してはどうするつもりなのかね?
金貨50枚というのはファルータ公爵にとっては小遣い以下の金額だろうが、その大佐も含めた普通の人間にとっては自腹を切っても構わないほどの端金じゃあないぜ。
そしてなんと言っても、金貨50枚というのは軍の金を使ったら説明しなくちゃあならないレベルの金額だ。
最初の条件だったら普通の依頼として扱って他の正規のやり取りに紛れ込ますことが出来たかも知れないが、前払いで金貨50枚をギルドに渡すなんてやりとりは誤魔化すのが難しいだろう。
つまり、金貨50枚は大佐の懐か、公爵が出す必要がある。
ある意味、大佐が金のことをどう持ち出すかで二人の関係も推察できるかな?
「この前もって渡しておく金貨50枚ですが・・・。
これだけの金額になると軍の通常案件としては通りません。
ファルータ公爵からの話であると経理の人間に伝えてもよろしいですか?」
おいおい。
軍が公爵とは言え、公職に無い単なる一貴族の依頼でその情報部の権力を使って良いのかよ?
だが、こう切り出したということは、軍部は勿論のこと、この大佐もファルータ公爵と共謀しているというレベルではないっぽいな。
考えてみたら、あの隠してあった手帳にはファルータ公爵関係っぽい記入は無かったな。
小遣い稼ぎに貴族からの頼みで調べごとをしてやっている程度か?
「ふむ。
では、これを使ってくれ」
公爵が無造作に懐から宝石を取り出して大佐に渡した。
!!!
おいおい。
こういう怪しげなやり取りの為にばらの宝石をいつも持ち歩いているのか???
滅茶苦茶怪しいじゃ無いか、この公爵!!
◆◆◆
金貨はある程度の金額を超えるとそれなりに重く、嵩張るようになる。
だから身軽に動く必要のある裏社会の人間や行商人は金貨の代わりに宝石をバラで持ち歩くことが多い。
だから俺だって、宝石の鑑定に関してはそれなりの腕なんだぜ?
貴族の場合は下男なり執事なりに金貨を持たせるので別に重くても構わない。
だから基本的に金貨を使うのだが・・・。
裏社会に後ろ暗い依頼をする場合は、金貨を運ばせた人間に証言されたり話が漏れたりしたら困るので、貴族も宝石を使うことが多いのだ。
つまり、宝石を日常的にバラで持ち歩くような貴族というのは、裏社会とそれなりに親しく付き合っていると言う訳だ。
血が繋がっていないとは言え、名目上は息子であるファルータ子爵はそれなりに純真そうだったのに、親父は裏社会とべったりなのかよ。
まあ、悪事を日常的にやっている人間の方が、何らかの証拠が見つかりやすいかも知れないが。
普段は全然悪いことをやっていない人間が、突然何らかの理由で学院長を陥れようと思い立ったのだったらその人間を止める証拠を見つけるのが難しいかもしれないが、色々悪いことをやっている相手ならば学院長には関係なくてもそれなりに悪事の証拠が見つかれば、そちらからそいつを止められるかも知れない。
とは言え。
公爵だからなぁ。
ちょっとやそっとの証拠では止められない気がする。
一体何だって学院長を嵌めようなんて思ったんだよ、こいつ。
思わず吐きたくなったため息を押しこらえ、ファルータ公爵の後をつけることにした。
中々夜会から退場しようとしないので先にファルータ公爵邸を調べに行こうかとも考えたが、もしかしたら別の人間にも今回の案件で会うかも知れないと思って見張っていたものの、結局その後は特にこれといったやり取りも無く、屋敷に帰っていった。
馬車の屋根に俺を乗せて。
帰宅した公爵は執事に出迎えられ、軽く体を洗った後は寝間着とローブを着て書斎に籠もっていた。何やら書類を睨み付けているが、独り言を言う癖もないようで窓の外の寒いベランダからは公爵が何を考えているのか、全然分からない。
さっさと寝てくれよ~。
小さめの防寒結界を張っているお陰で昔ほど寒くは無いが、それでもいい加減疲れてきたぞ。
そんなことを考えていたら、やっとこさ公爵が手に持っていた紙を仕舞って、寝室へ向かってくれた。
さて。
まずは今の書類の確認だな。
公爵邸の書斎机はナルダン工房製だった。
あれだけ大きな机に色々隠し場所や木細工の模様がついているのだ。
かなり高額だったろうな。
しっかし。
貴族が皆してナルダン工房の家具を使っていたら、あまり隠し場所として意味が無くなってくるんじゃ無いか?
いくら開け方は各家具によって違うと言っても、出来ることに限りはあるんだから『ここに何か隠されている』と思って家族や使用人が暇に任せて色々弄っていればそのうち隠し場所を開いてしまうと思うが。
まあ、それはともかく。
俺の場合は公爵が仕舞うのを視ていたので試行錯誤も構造を
何枚か入っていた紙は・・・手紙だな。
男性からの親しい女性への手紙だった。
おい。
この状況で男性から親しい女性って言うと・・・皇太子と前ファルータ公爵夫人という嫌な組み合わせが頭に浮かぶんだが。
まさか、皇太子との不倫の手紙を捨てずに取っていたのか、前ファルータ公爵夫人??!!
『内紛』とか『後継者争い』といった嫌な言葉が脳裏を横切る。
前ファルータ公爵夫人~~!!
お偉いさんの争いなんて、周りにとって迷惑以外なんでも無いんだぞ!!!
そんなことを考えながら手紙に目を通した。
うぅう~む。
手紙の内容は、灰色という所か。
明らかに不倫関係を示すような言葉は無いので黒では無いのだが、ただの学院時代の友人への手紙にしてはちょっと親しさが目に付くので白とも言いにくい。
・・・というか、結婚した女性へ夫以外の男性がこうも親しげに手紙を書くのは駄目だろう。
まあ、『ウォルダより』とか署名していないだけマシだけど、どれそれの催しに出席していて『君』のことを思い出したとか、『君がここに居たらこんな退屈な催しも面白い物になっただろうに』などと書いてあって、人に読ませたら10人中8人は『恋文だ』と思うような内容だ。
しかも催しとか行事の内容がそれなりに詳しく書いてあるので、どの行事だったのかを調べるのは難しくない気がする。
しかも日付も書いてるし!!!
これじゃあ、ファルータ公爵と前ファルータ公爵夫人の結婚前から新婚時代の手紙だともろバレじゃんか!
ファルータ公爵だって不倫相手に手紙を書いていたりしたから(前回の皇太子の隠し子騒動の際に見た)別に死に別れた前の妻が浮気していたところで極端に傷付きはしないだろうが・・・流石に、新婚時代から異性の相手との親しげな手紙のやり取りをしていたって言うのは不味いだろう。
しかも、ファルータ公爵の子供は『結婚して直ぐに妊娠して生まれた早産の子供』だったし。
これを読めば、自分の息子の父親が誰か、疑問を持つだろうなぁ・・・。
だがまあ、それこそ『ファルータ子爵は実は皇太子殿下のご落胤である!』と主張して後継者争いを始める程の確たる証拠になるような手紙は無かったので、取り敢えずそれらは元の場所に戻して、他の書類を調べることにした。
手紙が入っていたところの他の書類は大した内容では無かった。
何やら輸入関係の取引に便宜を図ってやる話とか、どっかの息子の騎士団入りの援助の話とか。
知っている人間が読んだら重大な内容かもしれないが、俺からしたら『ふ~ん、それで?』といったレベルの話だ。
公爵のナルダン工房製書斎机には更に2箇所、隠し場所があったのでそちらも確認してみる。
一箇所はばらの宝石と、何やらメモが入っているだけだった。
名前と日付だけなのだが、名前を見た感じ
が、詳細が無いので何とも言えない。
情報部のザルベーナ大佐よりもよっぽど情報管理が上手いな。
そして最後の隠し場所には・・・意外な書類が隠されていた。
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