第129話 星暦553年 緑の月5日〜6日 でっち上げの容疑(6)(一部学院長視点)
「研究論文・・・か?」
幾つかの丁寧に纏められた論文が仕舞われていた。
医療のことなぞあまり詳しくないのだが、どれも同じ病気に関しての研究結果のようだった。
公爵に対して研究支援の礼を述べている表書きが添付された物もあったから、少なくとも1つはファルータ公爵が資金提供して行わせた研究のようだ。
どの論文も体に
様々な薬を試した実験結果や凝りを切り出す試みのことも書いてあるが・・・。
何でこんな物が態々ナルダン工房の家具に隠されているんだ?
公爵クラスの有力貴族ともなれば、それなりに慈善行為や後世への投資として研究や起業に資金提供をするのはある意味社会的義務とも言える。
偶々興味があった病気や症状に関して研究をさせたところで誰も文句は言わないだろう。
その研究結果を態々隠しているというのは・・・。
公爵本人に関係するのか?
若しくは子供とか?
だが、自分の子か疑っているファルータ子爵の為に態々研究をさせるかね?
下の子供はまだ幼いはずだが、幼い子供に関する研究論文は見当たらないから下の子供に関する話ではないだろう。
先ほどの手紙と表書きがついていた研究論文を
病気に関しては詳しくないが、捻挫して熱を発している部位や
ファルータ公爵が病気なのか、その病気と学院長を嵌めることがどう関係あるのか、イマイチ不明だが・・・情報があるに越したことはないだろう。
◆◆◆◆
「はぁぁ?
私がガルカ王国に通じている??
そんな訳ないだろうが」
失礼だろうとは思ったものの、学院長に頼み込んで
学院長が他国に通じている事はないと信じているが、考えようによっては、裏切り者は周りから信用されているからこそ価値がある。
100万に1の可能性かもしれないが、学院長が家族や誰か大切な人の身柄か何かを元に脅されている可能性だって絶対にないとは言い切れないからな。後で不安になるよりも、最初に聞いちまった方がすっきりする。
そして、当然のごとく学院長は白だった。
「
学院長がガルカ王国に通じているという証言が寄せられたので、証拠を入手しろとね。
アファル王国の忠実なる一員としては、軍部からの依頼を理由も無く断るわけには行かないですからね。
取り敢えず色々条件を付けて依頼を出した黒幕まで辿ったところ、ファルータ公爵にたどり着きました」
懐から公爵邸で作った写しを取り出して学院長に渡す。
「こんなものを隠し持っていましたが・・・。
例え、公爵が病気だとしても学院長を嵌める理由っていうのが俺的には不明なんですが、学院長は分かります?」
公爵の体を隅から隅まで視てみたところ、左の太股に確かに何か凝りのような物が出来ていた。
だが。
腹や頭に何か出来たというのならまだしも、太股だったら切り取ってしまえば良いんじゃないのか?
病気というのは魔術はごく簡単なレベルでしか役に立たない(熱を少し下げるとか、化膿しにくくするといった程度)が、止血ならばかなり強力に効く術も幾つかある。
だから事故などで足が潰されても足を切断して生き残れるのだ。
つまり、足に都合の悪い凝りが出来たのだったら、足を切除することだって可能だ。
それじゃあ駄目なのかね??
俺から受け取った手紙の写しに目を通して、学院長が顔をしかめた。
「まったく・・・。
何がちゃんと諦めただ。こんな手紙を書くなんて未練がましい」
「しかし・・・病気?
ああ、こちらの報告か」
ため息をつきながら学院長は研究論文の写しを手に取り、目を通し始めた。
「確かに左脚の太股付近に何やら凝りが出来ているようでしたが、足だったら切断すれば良いように思えますし、例え何らかの理由があって助からないと絶望したにしたとしても、それと学院長を嵌めることにどう関係があるんですかね?」
ため息をつきながら、学院長がこめかみを揉んだ。
「分からんな。
第一、証拠なんぞ探させたって出てこないのだし。
どうせ変な依頼を出すなら、無い物を探すよう依頼するよりも、証拠をでっち上げておいてそれを私の部屋に隠すよう依頼する方が意味があるだろうに」
確かにな。
・・・もしかして、それは既に公爵の手の者でやってあるのか??
「学院長。
まず、学院長の家と、学院の学院長室と教務室を徹底的に確認しましょう」
◆◆◆
>>>サイド アイシャルヌ・ハートネット
「ファルータ公爵が、非公式に軍を通して私がガルカ王国に通じている証拠を入手しようとしました。
たまたま、依頼で指名された
何故か、学院長室に私が存在すら知らなかった床下の隠し場所が出来ており、そこにガルカ王国からの礼状と将来の報酬に関して記した手紙が出てきました」
人払いをした皇太子の部屋で防音の結界を張り、ウォルダ殿下に今回の事件の話をする。
「その
私がファルータ公爵に狙われる理由に、何か心当たりはございますか?」
じろりと睨みながら問題の手紙の写しを渡した。
絶対に、この手紙(とその背景にある皇太子と前ファルータ公爵夫人の関係)が事態の根源にあるに違いない。
若気の至りというのは誰にでもある物だが・・・それを紙に記すなんて、王位を継承する者として不注意にも過ぎる。
「これは・・・捨てずに残していたのか」
手紙に目をやり、ため息をつきながら皇太子がソファに身を預けた。
「最近、私に再婚させて若い子供を作らせるよりも、王家の血を引く若者を養子にした方が良いのではないかという話が出てきている」
はぁ?
既に老年になっている王が若い正妃との間に子供を作ると王位継承に関して争いが生まれる可能性が高いが、まだ王位を継いですらいない、30代の皇太子だぞ??
側室の産んだ病弱な子供は特に突出した才覚を現している訳でも無いのだから、さっさと正妃をとって子供を産ませるのが最適であるだろうが。
どうしても再婚したくないから第2王子の子供を赤子の時から引き取って継承者としての教育を施すというのならまだしも、セリダン殿下に子供はまだ居ない。
しかも、セリダン殿下そのものに問題がるので彼の子供を引き取るということ自体に不安も感じる。
つまり、「王家の血を引く若者」というのは先代かその前に王家の血を引いた者・・・つまり幾つかの公爵家や侯爵家の子供と言うことになるだろう。
しかも、成人したそれらの誰かを養子にするなんて・・・内乱を引き起こそうとしているのか??
「だからさっさと再婚するべきだったのですよ。
殿下の年齢で実子を諦めて養子を取る必要性なぞ、全く無いでしょう」
皇太子が肩を竦めた。
「まだ若いと真面目に取り合っていなかった私も悪かったな。本腰を入れて正妃の選定にかかるよ。
今の時点で養子の話なんて何の冗談かと思っていたのだが、もしかしたらファルータ公爵こそガルカ王国なり何処かの国に通じて、この国を乱れさせて侵攻を手引きするつもりなのかも知れぬ」
成る程。
戦争になった場合、特級魔術師というのは即座に展開出来る重要な戦力である。
内乱に近い状態で国内が乱れていたら、纏まった兵力を集めて展開するのは難しくなる。
が、特級魔術師に対応させるのだったら上にまともな人間さえ残っていれば直ぐに派遣出来る。
「嵌める相手として殿下と近しい私を選んだのは、私怨というところですかな?」
ため息をつきながら皇太子が苦笑いした。
「すまないな。
これ以上そなたに迷惑を掛けぬよう、真剣に取り組むことにするよ。
問題はファルータ公爵だが・・・何か逮捕なり謹慎なりが出来るような証拠は無かったのか?」
さて。
どの位ウィルがファルータ公爵邸を本格的に探したのかは不明だが、昨日依頼が来たばかりだと言っていたから、ファルータ公爵に関係する家屋全てを徹底的に調べる時間は無かっただろう。
ウィルへの依頼そのものの納期が10日という話だったから、少なくともあと9日はファルータ公爵も本格的な行動は起こさないだろう。
「知り合いに、徹底的に探すよう頼んでみましょう。
ファルータ公爵が証拠文書を残しておく程、迂闊であるとは思えませんが」
皇太子が肩を竦めた。
「内乱を起こして私を殺すことのみを目的としていて、終わった後は自分も侵略国に処刑されるのを良しとしているのならまだしも、そうでなければ少なくとも侵略国からの将来の報酬を約束した書類は絶対に残す必要がある。
ファルータ子爵のことは私の子ならば死んでしまえと思っているにしても、現ファルータ公爵夫人との子供だっているのだ。何らかの形で将来を保証する書類があるはずだ」
確かに。
しかも、そう言った正規文書だったらば偽造を避ける為に
王都の屋敷になければファルータ公爵領まで行って貰う必要があるが・・・まあ、何とかなるだろう。
「そうですね。早速取りかかって貰います」
「ありがとう。
私の方も、正妃選びと・・・ファルータ公爵の健康状態について調べさせておこう」
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