第127話 星暦553年 緑の月5日 でっち上げの容疑(4)
ザルベーナ大佐は軽食後に煌びやかな儀式用の軍服に着替え、ダルベール伯爵家へ向かった。
馬車の上に俺を潜ませて。
馬車は結局寄り道することなくダルベール伯爵家にたどり着いた。馬車が車寄せで並んでいる間に俺はさっさと降りて洗濯室へ忍び込み、汚れの少ない下男の制服を拝借して
さて。
大佐の相手は誰なのかな?
出席は出来るとは言え、どうやら優先的に通されるほどではなかったらしくザルベーナ大佐が入ってきたのはそれなりに時間が経ってからだった。
もしかして入り口付近で黒幕と会っちまったのかと焦り始めたぐらいだ。
幸いにも入ってきたザルベーナ大佐はさりげなく部屋の中を見回して人を探しているようなので、まだ目当ての人間は来ていないらしい。
ちなみにこういう夜会では、女の方がえげつないことを話している事が多い。
扇子で口元を隠しているから、自分の声が届く範囲にしか言っていることが伝わらない。これは女にとっては非常に強力な武器になる。シャンパンを配りながら歩き回っていると、クスクスと笑いながらそれなりに凄いことを話しているのが耳に入る。
その点、男はあまり声を潜めては却って周りから注意を引いてしまう。なのであまり露骨に声を低く出来ないし、しかも読唇術が出来る相手には話の内容が筒抜けになる。
まあ、慣れている人間ならグラスでそれなりに隠せなくもないが。
だけど会話の間中グラスを口に持って行っていたらそれはそれで怪しいからな。
都合のいい死角な場所を見つけられるので無い限り、男が夜会で密談をする場合はベランダに行くのが無難だ。
貴族にとって下男やメイドは単なる動く家具に近く、側で酒を配っていようがテーブルの掃除をしていようがあまり気にしない。
だが、流石にあまり長い間一箇所に止っていると怪しまれる可能性がある。
だから出来ればベランダに出てくれると助かるんだが、どうかなぁ?
何カ所か、大多数の客からは死角になるが露骨に隠れているようには見えない場所があったのでそのうちの1つに通信機の発信端末を設置しておいたが・・・流石に、そこで密談を始めてくれるほどの幸運に恵まれるとは考えにくい。
まあ、話が聞こえなくても相手をつけていけばそれなりに何とかなるとは思うが。
「おや、お久しぶりですな、ファルータ公爵」
部屋の中に目をやりながらシャンパンを手に部屋の中を動き回っていたら、ザルベーナ大佐が誰かに挨拶する声が聞こえた。
今までも色々な人間に挨拶していたので、特にこの挨拶が何か特別だった訳ではないが・・・。
ファルータ公爵??
確か、皇太子が隠し子を産ませちゃったのが実はファルータ公爵の嫡男だったよな。
もしも公爵が真実を知っていたならば、皇太子のことを恨むなら分かるが・・・学院長を恨むか?
それとも単なる偶然なのか。
取り敢えず、二人が何か話し合いをするなら是非、内容を聞きたい。
ファルータ公爵が軍の情報部の権力者であるという話は聞いていないが、情報部は普通の部署と違って必ずしも外部に全部の情報を公開しているわけではないからな。
もしも公爵が黒幕だとしたら、ベランダで話し合いをしたくなるように仕向けるか。
「サーシャ、あちらのファルータ公爵と一緒に話している男性が、何か軽くつまめる物が欲しいと言っていたぜ」
側を通った若いメイドに声を掛ける。到着してから部屋の中を徘徊している間にメイドの名前はそれとなく何人分か確認してある。
特に、上級貴族の目を引いて妾や愛人の地位を狙っているタイプのメイドのは。
伯爵家のちゃんとしたメイドだったら夜会で貴族の目を引こうなどということはしないのだが、こういう大きな催しを開いている場合は外から助っ人を雇うことが多い。
そして助っ人に来る若くて綺麗な女は、大抵は貴族の目を引くことを目的として動いている。
そう言う連中はいつでも上級貴族の目を引く機会を狙っているのでそそのかしやすい。
『公爵』という言葉を聞いたメイドの目がキラリと光った。
「分かったわ~」
胸を突き出し、腰をしゃなりと揺らしながらサーシャが公爵の方へ進み、皿の上にある軽食を勧め始めた。
あまり露骨にはやっていないが、あの態度ならメイドが『上級貴族』と認識して対応していることは相手にも伝わるだろう。
さて。
これで、『ファルータ公爵』が軍服を着ている男と話しているというのを認識した人間が出来た。
後ろ暗い話をしているなら、証人が出来てしまった状況で話し続けないと思いたいのだが・・・。
「では公爵、また別の機会にお会いできることを期待しておりますぞ」
何やらちょっとわざとらしくザルベーナ大佐が別れを告げ、ベランダの方に足を進めた。
よし。
どうやら、公爵が黒幕らしいな。
俺もさりげなくシャンパンを乗せたトレーをサイドテーブルに置きながらベランダへ出る別の窓へ進み、大佐が出た一瞬後にベランダに出て植木の陰から跳んだ。
ダルベール伯爵邸は大きな庭園と見栄えの良い噴水が自慢だ。今回もあちこちが
住人の寝室や客室がある3階のベランダは各部屋ごとの小さなものだ。
だが、小さいながらもそれなりに下のベランダとほぼ同じ部分に存在するので、上から盗み聞きするには最適だ。
ベランダで話をする連中って、周りに居る人間には警戒するけど意外と上には目をやらないんだよねぇ。
まあ、どちらにせよ身を低めていれば下からでは見えないし。
俺が3階のベランダに身を潜めてザルベーナ大佐を視ていたら、期待通りに殆ど待つこともなくファルータ公爵が出てきた。
「それで、上手くいったのか?
流石大佐だな、行動が早い」
機嫌の良さげな声が聞こえる。
残念でした。
大佐は行動を起こしたけど、まだ何にも進展は無いんだよね~。
さて。
何で学院長を嵌めようとしているのか、説明してくれると嬉しいんだけどなぁ。
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