第126話 星暦553年 緑の月5日 でっち上げの容疑(3)(一部第三者視点)

>>サイド アルベダ・ザルベーナ大佐


「その条件を飲まなければ今回の依頼を請けないと相手が主張しているらしく・・・。

どうしましょう?」

のほほんと聞いてきたタルヌ少尉を睨んでから、渡された紙を読んで頭を抱えたくなった。


なんだこれは。


裏ギルドへの依頼をしたというのに、工事や商品仕入れ契約まがいの細かい条件が付いている。


はぁぁぁ。

片手で頭を掻きむしりながら、夜会でついうっかり仕事に関して自慢をしてしまった自分を呪った。


戦時中ならまだしも、平和な時期の軍人は『ただ飯ぐらい』に近い扱いで夜会では冷たく見られることが多い。

しかし幸いにも、諜報部門というのはいつの時代でもロマンが感じられるのか夜会では男にも女にもちやほやされる。


勿論、現場の人間だったら自分が諜報部門にいるということを言う事なぞ出来ないが、ザルベーナのクラスになれば『間諜から国を守っている』ということをそれとなく匂わせるのは許される。


実際のところは、本当に重要な役割を果たしている人間は素知らぬ顔をして別の部門で窓際族と思われるような業務をしていて、ザルベーナのような人間が世間の目を集めているだけの話なのだが。


それはともかく。

国際情報戦で各国の切れ者を騙し合うだけの能力は無いが、夜会でそれとなく如何に自分達がアファル王国にとって重要な責務を果たしているかを匂わせる程度のことならザルベーナのような俗っぽい人間の方が向いているのだ。


先月も、夜会に珍しく姿を現したファルータ公爵と良い感じに話していたと思っていたのだが・・・。


盗賊シーフギルドの人間を使ってガルカ王国のスパイを見つけたという話をしていたら、自分が知っている人間もガルカ王国に通じている疑いが高い、いや絶対に繋がっていると言い出したのには驚いた。


しかも、盗賊シーフギルドの人間を使ってその容疑者から証拠を見つけ出して欲しいとまで言われてしまったのだ。


自分の盗賊シーフギルドとのコネによって先月の快挙が可能になったと自慢していただけに、盗賊シーフギルドに話を持って行けないとは言えず、また王国でも有数の権力を持つファルータ公爵の要請を無碍にも出来ず。

結局『一応依頼を出してみるが、何かを見つけられるかは分からない』という話に落ち着いたのだが・・・。


前回の件は実は直接関係していなかったものの、流石にザルベーナとて業界に長いので盗賊シーフギルドとのコンタクトぐらいはある。


なので前回の案件にかかわった人間にやらせろと依頼をねじ込ませたのだが・・・こんな細かい条件が返ってくるというのは想定外だった。


というか、ファルータ公爵の『容疑者』が特級魔術師であるアイシャルヌ・ハートネットであった時点で既に話がザルベーナの手に負える範囲を超えていたと言えるが、取り敢えず必死で『特級魔術師が他国に通じていたら大変な問題だ』と自分に言いつくろって何とか話を進めていたのに。


盗賊シーフギルドから何かが見つかる、もしくは見つからなかったら問題だろうと思って悩んでいたというのに、こんなものが返ってきた。


一体何が起きていると言うのだ。

盗賊シーフギルドがこんな細かい条件を依頼を請ける条件として付けてくるなんて話は聞いたことがない。


とは言え、盗賊シーフギルドだって特級魔術師の身辺を調べろなんて依頼を請けたことはないのだろうが。


「・・・分かった。盗賊シーフギルドは急がんと言ったのだな?

では、上に相談してみるから数日待て」

取り敢えずタルヌ少尉にこの件に関する待機の指示を出して、ため息をついた。


ファルータ公爵はそれ程社交界に出てくる訳では無いが、今回の案件について進展があった場合に周囲に怪しまれることなく話す必要があるということで、暫くは王都に留まり定期的に夜会に出ると言っていた。


本当だったら公爵の自宅へ夜中にでも訪問させて貰う方が有り難かったのだが、流石に公爵もこの案件が暴発した際には関与を否定できる状況を整えたいようだった。


・・・だったらこんな調査を強要してこなければ良いのに。

今晩は・・・ダルベール伯爵家の夜会だったら公爵も姿を現しているだろう。


怪しげな案件が更に微妙な状況になってきたことに頭を抱えながら、ザルベーナは机の上を片付けて夜会へ急ぐことにした。


◆◆◆


>> サイド ウィル

第3騎士団のお偉いさん部屋の外で話を聞いていたところ、どうやら今晩黒幕と相談するとのこと。


なので報告が終わり、それ以上進展がなさそうとなった時点でバケツとモップを片付けてお偉いさんの後をつける準備をした。


元々残業するつもりもなかったのか、ちょうど掃除道具を片付けた頃に上司(と俺の魔力がしみ込んだ紙)が移動するのが見えて、慌てて先回りしたら馬車の待合場所に出た。


軍人だと自分の馬で通勤している人間も多いのだが、どうやらこのお偉いさんは馬車で通っているらしい。


軍部や政府で働く人間は、ある程度の地位になると朝は自分の馬車で来てそのまま家に帰し、帰りは勤め先の馬車に送ってもらうことが可能だ。


更に地位が高くなると朝も専用馬車が迎えに来てくれるのだが、大佐程度だったらそこまでの待遇ではないだろう。


そんなことを考えながら、ザルベーナ大佐(オフィスの外に書いてあった)が乗った馬車の天井にそっと飛び乗る。


暗くなっていて助かった。

乗ってしまえば馬車の上は意外と盲点なのだが、流石に真昼間だと乗る場面が目につきやすいからな。


街中を移動している間も屋敷などからは見えるから変に注目を集めかねないし。


さて。

『上』に相談すると言っていたが。

軍部の『上』なのか、政府の『上』なのか、それとも単に金持ち商人か貴族に頼まれてやっているだけなのか。


夜に相手の家にこっそり訪問して話をするか、それとも夜会でさりげなく雑談をしているふりをして話をするか。


どれになるかな?


◆◆◆◆



「軽食を用意するよう伝えてくれ。

その後、ダルベール伯爵家の夜会へ出席する」

自宅についたザルベーナ大佐が執事に上着を渡しながら命じるのが聞こえた。


ふむ。


どうやら、夜会で雑談に紛れて報告するつもりか。

と言うことは、商人という線は消えたな。

軍人もあまりないかな?

同じ軍の人間だったら、夜会なんぞよりも何か仕事上の案件をでっち上げて連絡する方が人の目を引かないだろう。


ダルベール伯爵家に先回りしていてもいいのだが、行く途中に報告のために寄り道する可能性も無きしもあらずなので、張り付いておこう。


そんなことを思いながら、浮遊レヴィアの術で大佐が入っていった2階の部屋の窓の外のベランダまであがり、そっと身を潜めて、覗き込んだ。


どうやら書斎らしい。

ワインの入ったグラスを手に、だらしなく椅子に身を投げ出している。


何か疲れてるね~。


まあ、特級魔術師を嵌めようとするなんて、心労はかなりのもんだろう。

・・・ざまあみやがれ。


ついでにストレスで禿げてしまえ~と念を送っていたら、執事が食事の準備が出来たと声を掛けてきた。


「分かった。今行く」

言葉通り直ぐにグラスを置いて大佐が出て行った。

グラスを片付けにメイドが現れるかと思って暫く待っていたが、その様子はない。

どうやら書斎の片付けは主人が居ない日中にやるようだ。


・・・ということで、そっと窓を開けて、中に忍び込んだ。

流石に情報部の大佐ともあろう人間が、特級魔術師を嵌める案件の証拠文書を自宅に隠しているとは思えない。

が、悪事をする人間というのは『自分だけは捕まらない』という根拠のない自信の基に、時折びっくりするほど迂闊なことをすることがある。


9割『一応の為』と1割の本当の期待を胸に書斎をあさった。


鍵の掛った書斎机の引き出しの中には色々な悪事や不祥事の証拠文書が集めてあった。

脅迫用か、何か情報を得る際の梃子にするための材料なのか。


今回の案件には関係なさそうだし、後でザルベーナ大佐に黒幕を吐かせる材料にもなりそうにもないちっぽけな内容の物ばかりだった。


まあ、こういう周りから見たらちっぽけな秘密の方が脅迫には向いているらしいが。


それはともかく。

さらっと引き出しの中身を確認した後、一番下の段の引き出しを抜き出し、その下の床板を外してそこに隠してあった手帳を手に取る。


ザルベーナ大佐が酒を舐めている間に心眼サイトで確認した限り、ここがメインの隠し場所の様だった。


が。

手帳の中身は、ザルベーナ大佐の脅迫や情報の売買、裏で何らかの利益供与のために手を回してやって受け取った金の詳細だった。


・・・なんだってこう、悪人って自分の悪事の記録を残しておきたがるのかね??


商人が、裏帳簿を付けるのは分かる。

金を横領している場合などに、実際の金の動きと誤魔化した金の動きの両方が分かっていないと、税務調査等で発覚しないように誤魔化せる範囲にも限界がある。だから長期的に金をごまかすつもりなら裏帳簿はどうしても必要になる。


だが。

こいつみたいに、単に悪事から金を貰っているだけだったら記録を取っておく必要なんて無いじゃないか。


まあ、脅迫先を絞りすぎると相手が切れて逆襲する可能性があるが、どうせ脅迫している場合の相手が受ける精神的負担っていうのはこちらが想像しているよりも遙かに高いんだ。


記録を取っていようと取っていまいと、相手が切れるときには脅迫者側はびっくりするに決まっている。


そう考えると、こんな悪事の記録なんぞ取っておくだけ危険が増すだけだと思うんだがなぁ。


取り敢えず、後でザルベーナ大佐を脅すための材料になるかも知れないので、直近の記入の分を数ページほど、転記デュプラの術で側にあった紙に写し、部屋を元の状態に戻してまたベランダに出て待機した。


さて。

夜会でさっさと黒幕に会って話をしてくれるとありがたいんだけどなぁ。


高位の貴族ほど、夜会に顔を現す時間が遅い。


特級魔術師を嵌めるのに軍部の人間を巻き込めるだけの地位にある人間だとすると、それなりに上の地位にありそうな気がする。


今晩はちゃんと眠れるんだろうか・・・?



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