第114話 星暦553年 萌葱の月18日 ちょっとした遠出(3)

森の中を幻獣達(シャルロは精霊)に跨がって進むうちに、暫くしたら周りの空気が変わってきた。


まだ目に付く動物や植物に変化はないのだが、何やら空気に煌めきがある。

別に物を見るのに邪魔にはならないのだが、慣れないから落ち着かない。

何もかもが煌びやかに見えるなんて、それこそ妖精の悪戯に引っかかった酔っ払いの体験談みたいだ。


体験談が書いてある本を読んだ時は『酔っ払っていたから悪戯に引っかかったのだろう』と思っていたが、どうやら幻想界そのものの空気に何か違いがあるようだ。


ふと、手の下の感触が変わった気がして周りからアスカに視線を動かして、驚いた。

「あれ??

お前って外側毛皮じゃなかったっけ?!」

土竜ジャイアント・モールの体は毛皮で覆われている。

アスカもそうだったのだが・・・。


何故か、気が付いたらその毛皮が鱗になっていた。

しかも10歳程度の子供の背の丈ぐらいだったアスカの体高が平均的な馬の高さぐらいになっている。


周りを見回したら、ラフェーンも『処女にしか触らせないユニコーン』というイメージにぴったりなほっそりした体型だったのが、軍馬のような貫禄ある大きく筋肉質な体形に変わっているし。


アンディの森狼フォレスト・ウルフも大きくなっている気がする。

シャルロの蒼流が化けた馬モドキだけは変わってない。

まあ、あれは元から大きな馬のサイズだったから、あれ以上大きくなったら森の中を動くのに邪魔だしな。


『幻想界での元の姿に戻っただけだ。

こちらでは土龍アース・ドラゴンだからな。サイズは森の中を歩けるように縮めているが、毛皮が鱗になるのは当然のことだ』

え、アスカって本当は土龍アース・ドラゴンだったの????

確かに土竜ジャイアント・モール土龍アース・ドラゴンって古代文字ではとても似た字を使うけど、幾ら同じように土に対する親和性が高いと言ってもまさか毛皮がもふもふの土竜ジャイアント・モールが鱗に覆われた土龍アース・ドラゴンになるとは思ってなかったぞ。


「幻獣は我々の世界に来るとランクが下がるという話があったが、それは本当のことだったんだな」

アレクが筋肉質になったラフェーンの首筋を撫でながら感慨深げに言った。


そう言えば。

召喚術の授業で、『証明されていない説』としてさらっとそんなことを言われたかも知れない。


「なんで下位の存在になっちゃうのに現実界に来るの??

俺が呼び出して代償に魔力を渡して何か頼み事をしている時ならまだしも、それ以外の時にもあっちに来てふらふらしているよね??」

思わずアスカに尋ねる。

自分の体調が悪くなる世界に、対価無しでは俺だったら自発的には行かないぞ。


『ウィルの世界は、魔力が少ないから存在のランクが下がる。だが、下がった状態で魔力を吸収して成長する方が幻獣界で同じ事をするよりも効率よく成長できる。

まあ、それにあちらには幻獣界にない珍しい物が色々とあって面白いしな』


成る程。

ある意味、重しを付けて訓練をするような感じなのかな?

いや、重しを付けて訓練しながら遠足に行って周りを見て回って楽しんでいると言うところか。


へぇ~。

アスカって、ノンビリとあちこち見て回っていると思ったら時折戻ってきて宝石をくれるんで、旅行好きな幻獣だと思っていた。そんなアスカも実は成長することを重視するんだ。

ちょっと意外。


『ちなみに、現実界の魔術師が幻想界で魔術を使おうとすると、慣れるまでは魔力を込めすぎることが多い。気をつけるのだな』

シャルロの側に浮かんでいたアルフォンスが振り返って注意をしてきた。


お。

アルフォンスも大きくなってる。

それでもシャルロより一回り小さいけど。

あれが本当の姿なのかな?

仮にも王様なんで、失礼と相手が思うかも知れない質問は出来ないが。

でも、『威風堂々』と伝説にあったことを考えると、もう少し大きい方が良いような気もする。


「へぇぇぇ!

幻想界の伝説が早速体験できるなんて、大したもんだな!

見ろよ、タレスも大きくなった上に色や何かが変わったぜ!」

アンディが森狼フォレスト・ウルフの背で振り返りながら言ってきた。


あ、そう言えばあいつの使い魔の名前ってタレスって言うんだっけ。

召喚術を習って呼び出したときに嬉し気に色々語っていたが、忘れていた。


そのタレスも、アスカと同じぐらいのサイズになった上に、毛皮が緑になっていた。

緑色の毛皮の狼なんて不自然な印象になりそうな気もするのだが、このタレスの姿は森の一部のように見えるだけで、ごく自然な姿に感じられる。


幻想界って面白いもんだな。

来て良かったぜ。

他にも何があるのかな?


◆◆◆


森がキラキラしてきたと思ったら、段々周りの木々が大きくなり、やがて巨大な大樹が広場を囲むようになっている所に出てきた。


空滑機グライダーで現実界を飛んできた際に見たサラフォード地方の森は他の地方の森と比べても特に違いがあるように見えなかったが、妖精界ではぐっと大きくなっていた。


なんと言っても、家が大木の中にあちこちあるのだ。

枝の上に建てられた家もあったが、幹のあちこちに階段がついていて扉があり、幹から見える扉と窓の数から察するに、幹の中に家が埋め込まれている家の方が多い。


幹の中に家サイズの障害物を入れても樹は大丈夫なのだろうか??

普通の家の倍ぐらいは余裕にありそうな太さだから、残りの部分で問題無く水とか栄養分を吸い上げられるのかもしれない。


じゃなきゃ大木と家の存在する空間が微妙に違うとか??

不思議な技術だ。王都の下町とか、狭い場所に皆でぎゅうぎゅう詰めになって暮している部分でこういう技術が使えたら便利そうなのに。

とは言え、そんな技術は高く付いてとても下町の人間になんぞ手が出ないか。


ちなみに、王様と言う割に、住民のアルフォンスに対する挨拶はかなり気軽な物だった。

広場には妖精らしき存在が沢山居たのだが、皆アルフォンスにお辞儀したり、黙礼したりする程度で、誰一人として跪いていなかった。


アファル王国は他の国に比べれば貴族や王族の権力が平民に対して極端には大きい訳ではないのだが、それでも国王が部屋に入ってきたら皆が立ち上がって頭を下げ、陛下に声を掛ける際にはまず跪かなければならないと魔術学院では教わった。


多分これは正式な場での事だろうとは思うが。

一々、散歩に行ったりお風呂に入るのに周り中が皆跪いていたら時間が掛りすぎてしょうが無いだろう。


それはともかく。

広場に入ってきた俺たちに向かって何人かの妖精が近づいてきた。

背中に羽が生えている妖精ルックだが、サイズはやはりアルフォンスと同じ程度か、少し小さい。


あれが標準サイズなのか、やはり。


「お帰りなさいませ、陛下」


「うむ。

客人用の部屋を準備しておいたか?

もう遅いのでな。今日は簡単な食事を取ったらもう寝てもらって、明日に色々見せようと思う」

アルフォンスが答える。

王様なんだから、俺たちのことは部下に任せて、仕事を優先しても良いよ?

なんて思っていたら、部下も同じ事を思っていたのか、一人が案内を買って出たのでアルフォンスはシャルロにお別れを言ってひときわ大きな大樹の方へと姿を消した。


「こちらをお使い下さい」


左側にあった大きな樹の元へ案内された俺たちが見たのは、巨木の中にある扉だった。


客人用なのか、他の所より一回り扉が大きい。

とは言え、更に右側にはもっと大きな扉がある。

さらに大きな種族用の客室があっちなのかな?


入ってみたら、入り口の側にくつろげるようなソファを置いた居間みたいのがあり、奥に寝室が4つとお風呂場があった。


壁全体がほのかに光っていて、明るい。


「入浴に関しては温泉がよろしかったら広場の西側にありますが、お見せしましょうか?」

照明の消し方や、水回りの魔道具の使い方などを一通り終わった後に、案内の人がそう聞いてくれたので俺たちは目でお互いの意見を確認してから頷いた。

「是非!」


今日はかなり長い間、空滑機グライダーに乗っていたので体が凝っているし、少し冷えた感じもする。

自然にお湯が沸くとか言う温泉には何やら普通のお風呂よりも良い効果があるとアルフォンスが言っていたし、試してみたい。


考えてみたら、アスカもこないだ暖かいお湯が出てくる層でノンビリしてきたと言っていたな。

鉱山だから人間にとって居心地が良い場所かどうかは不明だが、現実界でもこの『温泉』とやらが存在するなら、探してみても良いかもしれない。


清早や蒼流に聞いたら最寄りのお湯が出る場所って教えて貰えないかな?

それとも鉱山みたいに掘り下げたところじゃないと出てこないのか?

・・・まあ、取り敢えずここで温泉を楽しんでから、考えよう。

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