第115話 星暦553年 萌葱の月18日〜19日 ちょっとした遠出(4)

「くわぁ~~~」

「ほわ~~~」

「ふわぁぁぁ」

温泉に入った俺たちは、3人で3種似たような声を漏らした。


良い。

良いよ、この温泉!!

家にも風呂があるんだが、何か違う。


手足を伸ばして、泳ぎたければ泳げるこの開放感のせいか?

それともお湯そのものに何か特別な効果があるのか。


原因が何であれ、温泉にすっかり魅了された俺たちは茹だるまでその場にとどまり、くらくらし始めてやっと渋々出てきた。

更衣室で身動きが取れなくなって、暫くベンチに転がる羽目になって慌てた蒼流にシャルロが冷水シャワーを食らいそうになったのには笑ったが。


次回からはもう少し早めに切り上げよう。


「現実の世界にも暖かいお湯がでる層があるってアスカが言っていた。

その時話していた場所は鉱山らしいから微妙かも知れないけど、現実界にも温泉があるみたいだから帰ったら探そうぜ」


「そうだね!

蒼流にどこか行きやすいところに無いか聞いてみるよ!」

俺の提案にシャルロが熱心に合意した。


「王都から騎獣で行ける範囲に無いなら、空滑機グライダーで行くよりも転移門を使える場所の方が良いかもしれないな。

折角体を温めてリラックスしたのに空滑機グライダーに乗ってまた体を冷やしてこわばらせるのも勿体ない」

アレクが付け加える。


確かにな。清早にも相談してみよう。


まあ、大きくて開放感があればこの素晴らしさを楽しめるというのならば、家の庭の一角を囲って露天風呂にしても良いが。


実験してみるかな?


◆◆◆◆


俺たちの宿泊先に戻ったら、誰かが用意してくれたのか軽食が居間のテーブルの上に広げられており、アンディがソファでうたた寝していた。


俺たち程空滑機グライダーに慣れていないせいか、疲れを訴えて外にある温泉には行かずにお風呂場にあったシャワーを使うと言っていたのだが、俺たちが茹だっている間に食べ物の手配をしておいてくれたらしい。


相変わらず、気が利くねぇ。


「あれ、ありがとうアンディ。

そう言えばお腹が空いていたのを忘れてたね。

ちなみに、温泉は凄く良かったよ。

今日はもう疲れているんだったら、明日にでも是非利用してみると良いと思うな」

シャルロが声を掛ける。


「ああ、今は妖精王のお客人の為に温泉から人払いをしていたらしいからな。

明日入れば、ついでに住民とも色々話が出来そうだし、明日の朝にでも適当に入ってみるよ」

ソファから身を起こしたアンディが答える。


へぇぇ。

アルフォンスったら態々人(妖精)払いをしてくれたのか。

別にそんなことに気を遣わなくても良いのに。


「しっかし、お前ら随分と長風呂だったな。

案内の人が来ていたんだぜ。だけどお前らがいつまで経っても帰ってこないから、明日の朝食の時間にでも来てくれと頼んで帰しておいたぞ」


ははは。

ちょっと初めての温泉に魅せられ過ぎたか。


「案内の人が来ていたなんて、悪いことしたかな?」

アレクがエールをコップに注ぎ、軽く術を掛けて冷やして配ってくれた。


「単に明日の予定を話し合いたいだけだったみたいだから、俺が決めておいたぜ。

取り敢えず、ここって食事処は東側にある大樹の中にあるらしい。そこで好きな物を頼めるんだってさ。

本来ならば何か森に貢献することで『奉仕コイン』っていう物を貰うんでそれで払うらしいんだが、俺たちは王様の客だから、全部王様が後払いで精算してくれるんで気にしなくて良いって。

自分で料理を作りたかったらその食事処の隣に台所があるんで使って良いらしいぜ。

具合が悪かったり、今日みたいに疲れている場合は誰かが軽食を家まで持ってきてくれるそうだ。

その他の設備については、明日の朝朝食の後に案内してくれるって」


へぇぇ。

奉仕コインね。

アルフォンスに全部頼るのは悪いから、何か役に立てないかな?

とは言っても、妖精の方が少なくとも俺よりは魔力がありそうだから、あまり役に立てなそうな気もするけど。


まあ、何か出来ることがあったら手を出すと言うことでいいや。


◆◆◆


「へぇぇ、意外と住民が居るんだね」

アルフォンスの森(住民達が呼んでいる名称は『西の妖精森』だそうだ。現実の世界では特に大陸なりアファル王国なりの西にある訳では無いのだが、幻想界では西寄りらしい)で迎えた初の朝だ。


あちこちを歩き回る前に腹が減ったからまず食事処に・・・ということで案内して貰ったら、思っていたよりも利用者が多かった。


妖精だけでなく、エルフやドワーフや獣人っぽい人もいる。

人間に見える人もちらほらいるな。

「・・・幻想界って人間も住んでいるんだ?」

思わず案内役のペトラ(こちらは普通の妖精だった)に聞いてしまった。


召喚などで呼び出せる幻獣って、幻想界に住む獣だから『幻獣』なのだと思っていた。

そして授業や本で知った限りでは、彼らはその『幻獣』という呼び名に相応しく、現実界の生き物と何かと違いがある。


だから普通の人間が幻想界に住んでいるとなると違和感満載だなぁ。


エルフやドワーフならまだしも。

彼らは現実界にも住んでいるが、それなりに魔力が濃い地域に住む特殊な種族だ。

半ば精霊や魔族の親戚のように思われており、人間の社会には殆ど姿を見せないからそれなりにミステリアスで幻想界に住んでいても自然な気がする。


が。

普通の人間が住んでいるというのはねぇ。

ちょっと違わない?

なんて思ってしまうのだ。


「完全に人間な外見の特徴を持っている者は、現実界から幻想界に迷い込んだ人間です。

こちらで生まれた場合は、例え現実界から迷い込んだ人間の夫婦から生まれた子供でもそれなりに幻想に影響を受けた姿や能力になり、最終的にはエルフやドワーフ、獣人に近くなりますね。

妖精との混血だった場合は妖精に近くなりますよ?」

ペトラが軽く肩を竦めながら答えてくれた。


「ほおう?

人間と妖精の混血は可能なのか?」

アレクが興味を持ったかのように尋ねた。


「こちらでしたら可能です。

現実界では混血が可能になるだけのサイズに体を戻すのに魔力を使いすぎるため、子孫を作ることはほぼ不可能だと言われていますね。

過去には別の森の妖精王が人間の娘に惚れて子をなしたという記録もありますが。

基本的に、そのような混血は現実界ではあまり幸せになれないことが多く、大抵の場合は幻想界に移住します」


へぇぇ。

つまり、シャルロが女の子だったら(もしくはアルフォンスが女妖精だったら)混血は可能なんだ。


・・・まあ、どちらも男で良かったな。

シャルロの性格だったら幻想界でも幸せにやっていけるかも知れないけど、愛した人と一緒になるために家族も友人も捨てざるを得ないというのはちょっと哀しいだろう。


俺も捨てられたくないし。


埒もないことを考えていたら、ペトラがお茶を飲んでいる二人組の所へ俺たちを案内した。

一人は人間だ。


「おはようございます、サーシャ、ニルス。

こちらはアルフォンス陛下の契約者であるシャルロ殿と、その友人のアレク殿とウィル殿、そしてアンディ殿です。

丁度今、現実界とここが重なったので遊びに来ているのですよ。

何か現実界に言づてがあるのでしたら頼んでみたらどうですか?」

人間の男が立ち上がり、俺たちに手を差し出した。


「初にお目に掛ります。

昔、西の妖精森に迷い込んだニルスと申します」


アンディが差し出された手をとって熱心に握手をした。

「こんにちは、ニルスさん。

僕たちはこちらにほんの数日しかいられないので、出来れば現実界に住んでいた人の視点から、色々この世界のことを教えて頂きたいのですが、お願いできますか?

勿論、何か言付けがありましたら任せて下さい。きっと相手の方を探し出して伝えることをお約束します」


ニルスが苦笑いして首を横に振った。

ペトラが朝食を適当に取ってきてくれると言ってくれたので、席を勧められた俺たちは座る。


「こちらへ迷い込んだのは50年以上も前でしたからね。

妖精界の方々には50年なんて『つい先日』という感覚なのですが、現実界では既に両親は亡くなっているでしょうし、兄も今更私から何か言付けを貰っても困るでしょう」


まじ??

ニルスもサーシャもまだ30歳から40歳ぐらいにしか見えない。

先日散々こき使われたアプレス氏より年上だなんてとても見えない。


「失礼ですが、50年以上も前にこちらにいらしたにしては、随分とお若く見えますね。

幻想界に住むと年を取らないのですか?」

アレクが尋ねる。こちらも俺と同じ感想を持ったようだ。


「ニルスと私は番なのです。

幻想界では真の番の誓いを果たすと、二人の寿命が共有化されて同じ時を過ごすことになるのです。

妖精の寿命は長いですからね。一瞬の間しか生きない人間と共有しても人生を楽しめる時間はたっぷりあります」

サーシャがにこやかに笑いながら答えた。


成る程。

人間と寿命を分けてるから、サーシャが周りに比べるとちょっと年上に見えるのか。

しっかし。考えてみたら年寄りの妖精を見かけないな。

寿命が長いにしても、それなりに年齢層の全般的な分布がありそうなものだが。


そこら辺をもうちょっと聞こうと思ったが、ペトラが手押し車に俺たちの食事を載せて持ってきてくれたので、ちょっと話が途切れた。


後で聞いてみよっと。

・・・寿命や老化のことを聞くのって別にタブーじゃないよな??

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